5章-5.協力関係とは 2000.12.10
昼食後、僕たちはミヅチの店へと向かう。いつも通りであれば、応接室でミヅチと情報交換をしながら、子供達が遊んでいるのを眺めるだけなのだが。今日はどうやら、行先は応接室ではないようだった。
ミヅチの店、及び関連施設は、広大な敷地内にゆったりと余裕を持って配置されている。複数の低層建物から構成されていた。周囲は工場が立ち並ぶエリア、つまり工業団地内に位置する。駅からも遠いため、一般人がふらりと入ってくるような場所ではない。
一般人が生活するエリアとは上手く区分けされ、外観も工場に寄せておりカモフラージュされていた。
交通の便は良くないが、ミヅチの店は基本的に専属プレイヤーのみで仕事を回すスタイルのため、あまり問題にはならないようだ。非常に閉鎖的な店であり、特殊と言える。
一般的に野良プレイヤーの出入りが無いと、情報に疎くなるものではあるのだが、ミヅチはそういう訳ではない。どこか別に有力な情報網があるのかもしれないと思う。
僕達の店とは色々と勝手が異なっており、勉強になる事が多いなと感じる。
暫く屋外を歩くと、いつもとは別の建物へと案内された。
「今日は百鬼君に、見せたいものがあ〜るか〜らねっ!」
前を歩くミヅチの足取りは軽い。少し浮かれているようにも見える。
筋肉質で長身の体格と堂々とした足取りによって、相変わらずミヅチはとんでもないオーラを放っている。
また同時に、自然とついて行きたくなるような兄貴分のような風格もある。こういう人間の元には、自然と人が寄ってくるのだろうなと本能的に感じた。
事実、鬼兄弟達はミヅチによく懐いているようだった。上司と部下と言うよりは家族のようにも見える。
彼らのやり取りの様子から、鬼兄弟達はミヅチに対しては安心してついて行っているように僕には見えた。
「ここから先で見た物は他言無用でよろしく〜。まぁ、牛腸さんは既に知ってるから報告はしても平気だけど。だから、それ以外の人には言わないでくれると助か〜るよっ!」
ミヅチは建物内入ってすぐにある扉の前で立ち止まると、振り返り僕にそう言った。つまりここから先にある物は、ミヅチにとっては隠しておきたい物のはずだ。だが、それを僕達には見せるのだと言う。
そこまでミヅチに信用される要素は無いと僕自身が感じているためか、妙に緊張する。そんな強ばった僕を見たミヅチは少し笑った後、ゆっくりと扉を開き室内へと足を踏み入れて行った。
***
「グラ。これって……」
「全員鬼人」
「そっか」
僕達が踏み入れた室内には、幼い子供から大人まで、あらゆる年齢の人間が全部で15人程度いた。その全員が鬼人だと言う。室内の様子から判断するに、そこは娯楽室だろう。特に間仕切りはないが、飲食をするスペースや寛ぐスペースなどが設けられていた。
僕達がその部屋へ足を踏み入れた事で、室内に居た彼等は皆、それまでやっていた事を中断してこちらへと注目していた。
ミヅチは娯楽室の空いたソファーに座り、僕達にも向かいのソファーに座れと促してくる。
僕とグラはミヅチの正面に座った。
アマキはというと、鬼兄弟に連れられて部屋の奥の方へと行ってしまった。奥にはテレビゲーム等もあるようなので、それらで一緒に遊ぶのだろう。今までの様子から、アマキは鬼兄弟に任せて放っておいても問題ないだろうと判断した。そのため、僕は正面に座るミヅチに集中した。
「グラ君は、覚醒した鬼人だよね?」
開口一番、ミヅチは僕に尋ねる。その視線は鋭い。適当にはぐらかしたり、下手な嘘はつくべき場面ではないと直感的に感じる。
これは肯定していい物か。僕は判断に困る。
周囲を見回す限り、この部屋にいる鬼人で覚醒した者はいない。グラが覚醒した鬼人であるという事実をミヅチに明かすことでどんな事が起きるのか、僕は全く予測できていない。この状態で、はいそうです、なんて明言するべきではないだろう。
「だったとしたら?」
僕は質問に対して質問で返す。
失礼ではあるだろうが仕方がない。相手の意図が分からないうちに、安易にこちらの手札を晒すことはできない。
ミヅチは鬼兄弟達と仲が良く信頼関係を築くことが出来ているという事実は、今までの交流の中で分かっている。よって、グラが僕に色々と教えてくれるように、恐らくミヅチも鬼人の感覚的な物を鬼兄弟から教えてもらっているのだと思われる。となれば、グラが鬼人である事は初対面の時には気が付いていただろう。
一方で、覚醒したかどうかについて、ミヅチがどの程度の確信をもって問いかけてきたのかは正直分からない。適当に鎌を掛けた程度の話であれば、あっさり事実を教えてしまう事は悪手だ。その後の展開も読めていない以上、リスクが大きすぎると感じる。
「流石にここに集まっている鬼人達を見せただけじゃ~、教えてもらえないか~。そ~かそ~か。うん……。悪くない。悪くないよ~。百鬼君」
ミヅチは僕の反応を楽しんでいるようだった。ニヤリと笑うと、のけぞるようにしてソファーの背もたれに大きく寄りかかる。
「ここには覚醒した鬼人はいな~いから。ど~んなものか、知~りたくてねっ! グラ君が覚醒した鬼人かもしれないと思った理由は、食事中にマスクを取った時、黒い肌と長い牙が見えたからだ」
食事へ行く際、グラは必ず僕の隣に座るようにし、ミヅチと隣り合わせにはならないよう調整した。しかし、やはり見られていたようだ。変に隠せば逆に怪しまれるため、頑なに隠すという事はしなかった。
だが、覚醒した鬼人の特徴を知る人間が、覚醒したかどうかを確かめるために注意深く観察したのであれば、それは当然分かってしまうだろう。バレないようにするのは厳しい。
「覚醒した鬼人は、オレンジ色の瞳、長い犬歯、黒い肌という外見の特徴があって~、そして~、身体能力が非常に高い。グラ君の経歴を考えれば、覚醒した時期は相当昔かな~。普通の鬼人程度で成し遂げられる成績ではな~いか~らねっ!」
ミヅチの発言から、グラが覚醒した鬼人であるという事をほぼ確信したうえで、問いかけたのだと分かる。
「いや~。流石ゴチョウさんに鍛え抜かれた人間だね~。俺が目的を話さないと、永遠にナキリ君のガードが解けない事が分かったから。仕方ない、話そうか」
ミヅチは苦笑すると、ゆっくりと目的を話し始めたのだった。
***
ミヅチの話をまとめると、目的は『鬼人とより良い関係を築いて有効に活用したい』という話だった。そのために、鬼人について深く知りたいと。覚醒した鬼人はグラしか見つけていないため、是非僕達に協力して欲しいという事だった。
その代わり、鬼人について知り得た情報は、僕達に全て共有するとミヅチは言った。確かに僕達も鬼人についてより深く知るべきだとは感じている。本人たちでさえ良く分からない話なのだから、研究する意味はあるだろう。
ミヅチは恐らく、グラの様に鬼人達を覚醒させて戦力にしたいのだと思われる。故に、覚醒のヒントをグラから得たいと考えているのだろう。
「ナキリ君達も、鬼人についてはあまり把握できてないんだろう? も〜し詳しければ、天鬼君も覚醒しているはずだ〜か〜らねっ!」
合理的な事を好むゴチョウがいる店なのだから、もし覚醒の方法を知っているのであれば、アマキをとっくに覚醒させているはずだ。さっさと覚醒させて優秀な戦力としない理由がない。
しかし現状アマキは覚醒していない。故に、覚醒の方法を把握できていないのだろうと悟られてしまったようだ。鋭い指摘だ。
「グラ。どうしたい?」
「俺は知りたい」
僕は考える。グラは知りたいという。僕も鬼人についてもっと知りたい。
だが、当然リスクだってある。グラの弱点を晒す可能性だってあるのだから。
そこにはミヅチという人間を信用できるのかどうか。それにかかっていると思う。
「ナキリ。鬼人は鬼人以外を信用することは殆どない」
「え?」
僕はグラを真っ直ぐに見た。相変わらず長い前髪と黒いマスクによって表情なんて一切分からないが、グラの全体的な様子から発言の意図を探る。
恐らく、僕がミヅチを信用するかを迷っているというのを感じ取っての発言だろう。
「鬼人ではない普通の人間に、鬼兄弟がこれだけ懐いている。それは簡単な事じゃない」
「成程ね」
ミヅチは信用できる人間だと、グラは言いたいのだろう。その根拠として、鬼兄弟がミヅチを信頼しているという事を挙げている。
『鬼人は鬼人以外を信用することは殆どない』という話は初耳ではあったが、店主から貰った資料にあった鬼人の歴史を考えてみれば当然のような気がする。
もし覚醒して外見が変われば、化け物扱いされて迫害されたり危害を加えられたり、酷ければ集落丸ごと虐殺される可能性もあるのだ。
鬼人以外の人間とは関わらないという選択をするのは頷ける。その傾向が遺伝子レベルで刷り込まれていたとしても不思議ではないと感じる。
「なら、僕はグラを信用する。その研究、協力するよ」
僕がそう答えると、ミヅチはほっとしたように笑って、右手を差し出してきた。僕はそれを握り握手をする。
すると、ミヅチに力強く握り返された。
そこで僕は気が付く。ミヅチは手汗をかいているようだった。終始、彼は余裕があるように見えていたが、実際は緊張していたのかもしれない。
確かに、これだけの情報を先に僕へ見せたのだ。相当なリスクだったに違いない。
ここには、戦う事が出来なさそうな鬼人達もいる。この部屋に居ないだけでもっと沢山の鬼人がこの建物内にはいるだろう。
鬼人なら全員身体能力が高いのかと思っていたが、そんな事はなさそうだった。普通の人間とさほど変わらない程度の者、さらには体が弱そうな者もいる。
グラやアマキ、そして鬼兄弟達が特別なのだと分かった。
もし襲撃されれば、彼らを守りながらとなるため、非常に厳しい戦いになる事が予想できる。
たとえ死体でも、鬼人であればと欲しがる人間は世の中に大勢いるだろう。目を付けられればひとたまりもないかもしれない。
「ありがとう。ナキリ君。改めてよろしく」
こうして僕はミヅチと協力関係を結んだのだった。




