5章-4.交流の真意とは 2000.12.10
これはほぼ拉致ではないかと僕は思う。僕はボーっと助手席から窓の外を眺めていた。流れていく風景に対して思いをはせるわけでもなく。
どちらかと言えば虚無だ。
「百鬼君。い~じゃないか! こういう関係もさっ! そ~ろそろ慣れていこ~よ」
運転席で鮫龍はケラケラと笑う。僕は何度目かのため息を付いた。
一体何度目か。毎週日曜日、会合が無い日は決まってミヅチは僕達を迎えに来るのだ。暇なのか。
店主が断ってくれればいいのに、むしろ行ってこいと指示されてしまい、渋々僕はミヅチに連行されているわけだ。
目的は一応、『プレイヤー同士の交流のため』ではある。ミヅチの店に所属する鬼兄弟が天鬼と遊びたいのだそうだ。
だが、流石にアマキ1人をミヅチに預けるわけにはいかない。芋づる式に僕とグラも付いて行くことになる。
そんな頻繁に交流が必要なのか? いや、いらないだろう。ではなぜ? と、ミヅチの真意が読み切れず僕は苛立ちを覚えている。
アマキは毎回楽しそうに遊んでおり、非常に喜んでいるので、それだけは救いかもしれない。
そもそもだ。ミヅチは誰ともつるまない一匹狼タイプではなかったのか? 話が違う。暁に嘘の情報を与えられていたという事だろうか。
「う~ん。そうだ! ナキリ君は、女の子が喜ぶデートコースについて、興味な~い? お兄さんが教えてあげよ~か?」
丁度赤信号で車が停止した瞬間だった、ミヅチはそんな事を言った。僕はその言葉に、無意識のうちに彼の方を向いてしまった。
すると、ニヤリと笑うミヅチと目が合う。サングラスの奥の目がギラついてた。
しまった……。
これでは完全に、その話題には興味がありますと言っているようなものではないか。
慌てて僕はそっぽを向いたが、ミヅチは盛大に笑っていた。完全に遊ばれている。人生経験の差で、僕はミヅチには敵わない。自分の未熟さが嫌になる。
「氷織ちゃん。だっけ~?」
「何故それを……」
「有名なお話じゃないか! 悪質なSランクプレイヤーに絡まれたヒオリちゃんの元に、ナキリ君が颯爽と現れて助け出したってねっ! い~や~、そ~んなシチュエーション。お兄さんも惚れちゃうね~」
「……」
僕は頭を抱えた。ミヅチは本当に楽しそうだ。僕というおもちゃを見つけて、はしゃいでいる子供のようだ。
「今日のお昼は、ど〜こで食べよ〜かな〜?」
ミヅチは上機嫌でそう言って後部座席の方へと振り返る。後部座席には、グラ、アマキ、そして鬼兄弟が座っている。
「肉食いたいっす!」
赤鬼が元気に挙手をして発言する。育ち盛りの少年達だ。肉は好きだろうと思う。
「よ〜し。肉を食べに行こう! ついでにデートにも使える店にしよう。ナキリ君いいかな?」
僕は頷いた。もう好きにしてくれ。
こうして今回も、僕はミヅチに振り回されるのだった。
***
ミヅチが僕達を連れて行く店はどこも、こちら側の人間――裏社会の人間御用達の店ばかりだった。一般人は一切いない。故にプレイヤー特有の奇抜な見た目でも特に問題は無い。
奇抜な見た目をしたグラや鬼兄弟がいても気にする必要がないという点は非常に良い。
だが、どうにも店側が怪しい。飲食店はカモフラージュのように見える。別の目的があって運営しているように見えて仕方ない。
というのも、ミヅチは決まって店側の人間と親し気に話をするのだ。話の内容は聞こえてはこないが、あまり明るい話ではなさそうだった。
それは本日訪れた店も同様で、ミヅチが店に入った途端、店員が丁寧にミヅチへと挨拶に来るのだ。店員とミヅチには面識があるという事が分かる。そして、店のオーナーと思われる人間までもがやってきてミヅチと会話を行う。
その様子を見るに、ミヅチの方が上の立場のようだ。
今日も変わらずミヅチはワインレッドのシャツにジャケットを着ている。ワインレッドは、イメージカラーの様なものだろうか。
確かに似合っているなと感じる。僕は遠目で彼のことを見ながら、そんなことを思うのだった。
「さ~。行こうか!」
一通り話し終わったようだ。彼に続いて店の奥へと向かった。
店内奥へと進むと、真っ先に目に入ったのが、幅の広い鉄板とそれを囲むように並んだカウンター席だった。鉄板焼きの店のようだ。そして、これは目の前で焼いてくれるタイプだろう。
店内は薄暗かったが、鉄板と座席が設置された場所の天井にはダウンライトが設置されており、その場所だけは明るい空間となっていた。
全体的にシックな印象であり、カウンターは色の濃い木素材、椅子も同系色の木の素材でできた物だった。雰囲気は非常に良い。確かにデートで使えそうな店だと思う。
ミヅチが端の席に座り、僕がその隣に座る。そしてグラが僕の反対隣に座った。アマキは鬼兄弟の間に座っており、嬉しそうにへな~っと笑っている。その様子を見て、本当に仲が良いのだと僕は改めて思う。
「ここ、雰囲気良いでしょ~? デートには持って来い! だよね~」
ミヅチは相変わらずケラケラと笑いながら言う。気分が良さそうで何よりだ。
「そ~だそ~だ。今までナキリ君を連れて来た店も、基本は一見さんお断りの店なんだけれどね。ナキリ君は使えるようにしておいたから。各店の名刺、あ~げた~でしょっ!」
「え……?」
確かに毎回訪れる店の名刺は受け取り、丁寧に保管してある。
「ど~の店も、交渉や取引の場にも使える店だから。と~っても便利なんだよ。勿論、デートに使ってもいい! 今まで連れて行った店であれば、そこでの出来事は絶対に外部には漏れないと保証できる。安全面でも申し分な~い。たとえここで殺しがあっても問題な~い!」
僕はそれを聞いて固まった。ミヅチの真意がいよいよ分からない。何故僕に有用な店を紹介するのだろうか。
何かしら僕からの見返りを期待していると見るべきだ。無償で他者へ有効な情報や繋がりを提供するなどあり得ないのだから。
「ナキリ君のそういう警戒心が強いところ、と〜っても良いね~。好感が持てるよ〜。君の予想通〜りっ! 俺には下心がある。だけど、そんなに身構える必要はない。大丈夫だから。俺の1番の目的は、君達に、こうして彼らと会ってもらう事~」
「1番というからには、他にもあると?」
僕が尋ねると、ミヅチはニヤリと笑った。
「そ! ナキリ君は鬼人と相性の良い特別な人間なんでしょ? 実はそ~んな君に、協力を仰ぎたい事が色々とあってね!」
何故、『僕が鬼人と相性が良いという情報』をミヅチが持っているのか。僕自身最近まで知り得なかったことを、他人が知っているというのは気持ちが悪い。
「鬼人同士はお互いが鬼人であると何となく分かるっていう習性から推測しただけだから。別にナキリ君達の情報が外部に漏れているわけじゃない。だからそこは安心していい。俺には、あいつら鬼兄弟がいる。二人から話を聞いて分かっただ〜けっ!」
「ふむ……」
鬼人に関しての情報は店主も隠していたし、世の中全体で見ても、隠ぺいされているような傾向だった。
そんな環境下で、ミヅチは鬼兄弟が鬼人であると認識した上で、自分の店のプレイヤーとしており可愛がっている。何かカラクリがあるのではないだろうか。ミヅチには、鬼人に関することで何か成し遂げたい事なり、目的があるのではないだろうかと思うのだ。
「俺は鬼人を集めている」
僕はハッとして顔を上げて、ミヅチの方へと視線を向けた。ミヅチは至極真剣な顔つきだった。先ほどまでケラケラと笑っていたのが嘘のようだ。
「といっても、彼等鬼兄弟が勝手に店に連れてくるもんだから、どんどん増えてしまった……の方が正しいか。つまり、俺の店には今、鬼人のプレイヤーが沢山いる状況なんだよ。そのおかげで、鬼人について色々と分かってきたことがある」
「ほう……」
「だけど、それは食べてから。彼らが待ちきれないみたいだ~か~らねっ!」
僕が子供たちの方へと顔を向けると、彼らは僕達が食べ始めるのをじっと待っていたようだった。いつの間にか出来上がり運ばれていたステーキランチ。見るからに良い肉であり、確実に美味しいだろうと分かってしまうほどだった。
これを目の前にして待たせるのは酷だろう。鬼兄弟とアマキは、せかすような視線で僕をじっと見つめているのだから笑ってしまう。
「ごめんね。食べようか」
僕がそう声を掛けると、彼らは嬉しそうに笑い、元気にいただきますと宣言して食べ始めた。




