5章-3.週末の約束とは 2000.11.7
人生2度目の会合。その会合の1部と2部の間の休憩時間。僕は前回と同様にグラと長椅子で缶コーヒーを飲んで休憩していた。会場は同じであり、他のメンバーも殆ど変わり映えしなかった。
1部で主催者側から発信された情報は、前回と同様に僕にとって有益だと思えるものは一切無かった。正直退屈だ。興味の無い話をずっと聞き続けるのは苦痛である。
僕は俯き深くため息をついた。
「ナキリさん」
突然声を掛けられて、僕は顔を上げた。するとそこには赤い髪の少年、鮫龍の店のSランクプレイヤーである赤鬼が立っていた。
「今日は、天鬼はいないんすか?」
「うん。アマキは今日は置いてきたよ」
「そうっすか……」
明らかにアカギはしょんぼりしてしまった。
「もしかして、アマキに会えるの楽しみにしてたのかな?」
アカギは頷く。確かに前回、兄弟の様に彼らはとても仲よく遊んでいたのだ。次からは連れてきてあげてもいいかもしれない。
アカギがいるなら、アマキも退屈しないだろう。他の店のプレイヤーと交流できるとすれば、この会合くらいだ。せっかく仲良くなっても、月に1度、第一日曜日に開催されるこの会合でしか会えないとなれば、寂しいだろうなと思う。
流石に他店のSランクプレイヤーに対して、遊びに来て良いよとは言えないので、ここで少し会わせてあげるのが良いのかもしれない。
アカギはしょんぼりしながらもグラの隣に大人しく座っていた。それにしても、ミヅチはアカギをずっと放置していて良いのだろうかと思う。ミヅチの傍には、青鬼がいるので戦力としては十分だろうが、自由にさせ過ぎではとも思う。前回アマキを放置していた僕が言える事ではないが。
周囲を観察すると、集まっていた店主達は相変わらず小さなグループを作って話し込んでいる。貼り付けたような笑みを浮かべて喋る者や、明らかに悪だくみをしていそうな者もいる。
僕もこの時間を有効に使って交流をすべきなのだろうか。そんな事を考えていると、遠くの方からこちらへまっすぐと歩いてくる人影に気が付いた。
ミヅチだ。今日もワインレッドのシャツにベストを着た装いで。相変わらず堂々とした足取りで、存在感を撒き散らしながら近づいてくる。
彼の横には青い髪の少年、アオキもいる。ミヅチはニコニコと笑みを浮かべ、楽しげな様子で僕の元までやって来た。
「百鬼君お疲れ~。会合退屈だよね~」
そんな大きな声で、会合が退屈だなんて言ってしまうミヅチに引く。同意を求めないでもらいたい。
「あ~! アカギ~、こ~んな所にいたのか~。俺よりナキリ君の方がいいってか~?」
ミヅチはケラケラと笑いながら、アカギの頭をくしゃくしゃに撫でていた。見ている限り、可愛がっているのだろうなと思う。
だが、ミヅチに撫でられてもアカギはしょんぼりしたまま俯いている。
「あ~れ? 元気がないな。どうした~?」
「アマキがいないっす……」
「アマキ~? 誰だ~?」
「前回一緒に遊んでた子っす……」
ミヅチは困ったような顔をして首を傾げてしまった。
「アマキは僕の店の見習いプレイヤーで、前回は連れて来ていたので」
「ほ~ん。そ~うかそ~うか。アカギは今日~も、その子に会えると思ったから、いつになく乗り気で会合に来ようとしてたってこと~」
そんなに楽しみにしていたとは。これはちょっと悪い事をしてしまった気になる。
「次はアマキを連れてくるよ」
僕がそう言うと、アカギはパッと顔を明るくして頷いていた。そんなに嬉しいのかと笑ってしまいそうだ。
「いや~、次回と言わずに。アマキ君を連れて、うちに遊びに来ればいいじゃないか~」
「え……」
「そうだな~。来週の日曜日はどう?」
僕は硬直する。他店への訪問なんて恐ろしい事は、極力したくないのだが。
「流石にそれは店主に確認が必要なので……」
「ん? な~ら、今俺が聞こうか」
ミヅチは胸ポケットから黒色の折り畳み携帯を取り出し電話をかけ始めた。
「あ。ゴチョウさ~ん。こんにちは~。そ~んな、嫌そうな反応し~ない~でよっ!」
ミヅチは楽しそうに電話をしている。牛腸とは仲が良いのだろうか。険悪ではないというのは電話の様子から何となく分かるが。
暫くするとミヅチは通話を終えて僕に向き直った。
「好きにしろ~ってよ! じゃ、来週の日曜日迎えにいくからよ~ろしく~」
ミヅチは笑顔でそう言うと、ひらひらと手を振ってどこかへ行ってしまった。
だが、僕の元にはアカギとアオキが2人とも残っていた。
肝心のプレイヤーを連れずに一人でどこかへ行って平気なのかと思うが、ミヅチが無防備だからといって手を出そうとするような人間はここにはいないだろう。そんな勇気を持った店主はいない。
ミヅチは周囲の人間を舐めているのかもしれないと思う一方で、アカギとアオキとは別に隠密系のプレイヤーを連れているのではとも思ってしまう。あの飄々とした雰囲気はどうも読みにくい。触らぬ神に祟りなしかもしれない。
アオキは暫く僕の前でソワソワしていたが、僕とグラの間にスッと座る。どうやらグラに興味があるようだ。
少年達に囲まれたグラは相変わらず反応が薄い。アカギが一生懸命楽しそうに話しているのに対して、小さく頷くだけだ。だが、それでもアカギは楽しそうである。
「ふむ……。ねぇ、グラ。もしかしてこの子達、鬼人だったりするの?」
「うん。たぶん」
名前に鬼と付いているのだから、もしかしてとは思ってはいた。やはりかという気持ちだ。覚醒はしていないようなので、見た目は普通の人間だ。グラの様に鬼人の特徴が外見に出ているわけではない。
だが、この様子を見るに、内面的な特徴は出ているように思う。鬼人同士で何か感じるものが有るのかもしれない。
基本的に彼らはこの会合でしか会えないのだから、せめて休憩時間くらいは好きにさせてあげるのもいいかもしれない。
僕は暫くの間、彼らの様子を横目にボーっとする。横から聞こえる楽し気な話し声は意外と心地よい。僕は別に子供が好きというわけではないのだが、彼らが楽しそうにしている様子を見るのは悪くないなと思う。
「そろそろ時間だから、部屋に戻るよ」
僕は左腕に付けた腕時計を確認し、彼らに声を掛ける。そして、彼等と共に会議室へと戻った。




