5章-2.与えられた情報とは 2000.11.7
「ふむ……。グラはどう? 何か思う事ある?」
僕は店のテーブル席で、鬼人について書かれた資料をグラに共有していた。グラは興味深そうに目を通しているようだった。自分自身が持つ特性の情報とはいえ、本人でさえも把握出来ていない内容が多いようだ。
「ページが抜けてるのが気になる」
「それはそう」
店主から貰った資料には、右上にページ数が振られていた。しかし、その書かれた数字から推測すると、何枚か抜けがあるようなのだ。意図的に抜かれたのか、消されたのか、存在しないのか。真相は分からないが、僕の予想では店主が意図的に抜いたと見ている。
つまり情報を制限しているということだ。僕やグラに教えると都合が悪い事でも書かれていたのだろうと思う。
「トラに聞く」
「トラさんなら知ってそう?」
グラは頷いた。確かにトラなら知っている可能性があると僕も思う。そして、トラなら口を滑らせてくれそうな気もする。店主よりはずっとガードが甘い。酒の場でカマをかければ上手くいくかもしれないと思う。
「ナキリを拾ってきたのトラだし」
「確かに。僕は当時の事は、あまり記憶がないからね……。その時の事を聞きながら、情報を探るのがいいかもしれない」
朧気な記憶だ。僕はこの店に連れてこられる前は、その辺を彷徨く物乞いの汚い子供だった。毎日飢えとの戦いで、生きる事だけで精一杯だったと何となく記憶している。死にかけていたようなものだからか、記憶はあまり鮮明では無い。
どうやって生きていたのか、今となってはよく分からない。それに、トラとどうやって出会ったのかも。未だに、自分がどんな子供だったのかを客観的に見る事が出来ていない。
「鬼人同士は基本的にはひかれあうが、覚醒した者同士は反発し合うっていうのも興味深いね。グラの感覚的にもこれは正しい?」
グラは首を傾げていた。よく分からないようだ。個人差があるのかもしれない。
「俺は覚醒してるけど、鬼人の血が入ってる子供は可愛いと感じる」
「ふむ……」
昔鬼人達は、鬼人達のみで群れて生きていたようだ。鬼人の集落も各地にあったらしい。彼等は彼等同士で仲良く助け合って生きてきたのだろう。
だが、覚醒すると見た目が変わるという特性は、他者に恐怖を与える。故に迫害されたり、虐殺されたりとそうした歴史もあるようだった。
人間とは残酷だ。自分と異なる者に対しては恐怖し排除しようとするものだ。絶滅しただのという情報はそうした歴史からなのだろうなと感じる。
「ナキリについての詳しい情報が無い」
「そうだね。多分抜かれたページにあるんだと思うよ」
資料には、僕のような人間に関する記載が全く無い訳ではないのだが、非常に乏しかった。グラが相棒と言った、鬼人と相性がいい人間について。
鬼人との関わり部分についての記載はあっても、そもそもどういった人間なのかという部分についての情報が抜け落ちているように思う。
店主がページを抜いたと僕は勝手に思っているが、知られたくない内容なのかと思うとより一層気になってしまう。
「この資料にある通り、僕はグラの近くにいた方がいい?」
「見える範囲にいてくれた方がやる気出る」
「やる気ね」
鬼人とのシナジー効果は、『互いが物理的に近くに存在すること』で発生するらしい。今のグラの回答から、グラが見える範囲に僕がいる事で、グラの身体能力が上がるといった話だ。
仕組みなんて全く想像もできないが、そういうものらしいのだから、僕はそういうものだとして認識した。
という事は、僕は戦場に駆り出されるということではないかと思う。効率を考えれば、グラが戦う所に僕がいた方が良いわけだ。たが、僕は余りにも貧弱だ。戦場に出る事は自殺行為に等しい。
せっかくグラの戦闘能力を上げるために僕が出向いても、足を引っ張るようではまるで意味が無い。どうしたものかと考える。特性を活かしきれない現状に、もどかしさを感じる。
「あと、この記述。僕の感情に共鳴するってあるけど……」
「さぁ?」
資料によれば、『鬼人と相性が良い人間の強い感情の昂りによって、周囲の鬼人は共鳴する』のだとあるが、何とも記述が抽象的だ。
グラもよく分かっていないのを見ると、参考程度に考えておくのが良いのかもしれない。
そもそも、僕は感情の起伏が乏しい部類の人間だと思う。これでは仮に資料にある情報が正しいのだとしても、共鳴のしようがない。
僕が人間味のある感情を持つ場面と言えば、氷織と居る時ぐらいではないだろうか。彼女の前以外で感情を出すつもりもない。不要とさえ思っている。
「グラが初めて僕を見た時の事、覚えてたら教えてくれる?」
「店で、トラがナキリの首根っこを掴んで笑ってた。面白がってた」
「うん」
「面白い奴買ってきたって、店長に自慢してた」
「面白い奴ね」
「店長は困ってた」
「なんか目に浮かぶようだよ。その光景」
トラが勝手に子供を買って連れて来たのに対して、店主は呆れて困っていたのだろうと思う。それにしても、トラは僕の何を面白がっていたのだろうか。
「その時、ナキリはすごい目付きでトラを睨んでいたと思う」
「記憶にないな……」
「凄い殺気だったのは覚えてる」
「ふむ……」
何故、自分の記憶はここまで曖昧なのかと、僕は少し気になり始めた。おおよそ4歳程度の年齢のはずだ。
トラに捕まり知らない場所へと無理矢理連れてこられたのであれば、それなりに記憶に残っているものではないのだろうか。
「グラはその僕をみて覚醒したんだったよね?」
「正確には、凄い目つきのナキリと目が合った瞬間」
そんな瞬間が実際にあったのだとしたら、僕もしっかり覚えていても良いだろうに。謎は深まるばかりだった。
今日は会合の日だ。今回も僕とグラで行くことになっている。暁が迎えに来る時間まで、店で待機しながら鬼人についての認識を共有していた所だ。
今後、会合に顔を出すという業務は僕達が担う事になるようだった。確かに面倒な業務ではあるので、店主はサボりたいのだろうと思う。
「そろそろいこうか」
僕達は店を後にした。




