4章-6.格下の店とは 2000.10.3
正直会合の内容は退屈だった。僕にとって真新しい情報は一切無く、聞いているのが馬鹿らしいと思うほどだった。だが、そのレベルの情報だろうと、規模の小さい店――『格下の店』の店主には非常に有用なものだったらしい。
情報格差がこれほどあるのかと、僕は目の当たりにして驚いた。そして、自分の店がどれ程争いごとの最前線に位置しているのかも理解した。
問題が起きるとすれば、真っ先に僕達の店なのだろうと思う。最も治安の悪い地域を縄張りとする僕達の店が、真っ先に環境の変化の影響を受けるのだろうという事が分かった。
「ここで一度休憩をはさみます。15分後再度お集まりください」
司会の女性が区切った所で、休憩時間となった。これで会合の前半が終わったようだ。前半は主に主催者側からの情報提供、現状の整理がメインで、一方的に説明を聞くだけだったのだが、休憩後の後半は活発な意見交換の場とされていると聞いた。
意見を求められればそれに答えたり、共有すべき情報を持つのであれば自発的に発信するなどの必要がある。どんな様子なのか全く想像できない。
僕は気持ちを切り替えるべく、立ち上がると会議室から出た。そしてベンダーコーナーへと向かう。冷たい飲み物でも飲んでリフレッシュをしようと考えた。僕が移動するのに合わせてグラも付いてきてくれる。
「何飲む?」
「コーヒー」
「ブラック?」
「微糖」
僕は自販機で自分用にブラックコーヒー、グラ用に微糖のコーヒーを買った。そして、会議室外の少し広いスペース内、壁際に設置された長椅子に腰かけてグラとコーヒーを飲む。
「会場にいたプレイヤーの事、教えてくれる?」
「SSランクは、アカツキさんのとこのプレイヤーと俺だけ。Sランクはアマキとミヅチのプレイヤーだけ。そのほかはAランク以下だから瞬殺可能」
「ちなみに、グラがSランクのプレイヤーと対峙するとどうなる?」
「時間はかかるけど確実に無傷で殺せる。ただ、鬼兄弟は面倒。彼らは連携が上手いから1対2だと相当時間が掛かる」
「ふむ……」
「アマキがいて2対2なら、直ぐに片付くと思う」
「ほう」
やはり警戒すべきは序列3位のミヅチなのだろうと思う。アカツキが言ったように、いつかミヅチがSSランクプレイヤーを従えたとしたら、力関係が覆る可能性があるわけだ。
「鬼兄弟は、SSランクプレイヤーになる可能性がある。まだ子供だからSランクなだけ」
「そっか」
「でも、それはアマキも一緒。アマキは俺がSSランクプレイヤーに育てるから」
つまり、そのうち僕とミヅチはSSランクプレイヤーを2人ずつ所持し、同等になる可能性が高いのだろうと思われる。
現状僕の方が序列が上ではあるが、それは単に現状そうであるだけだ。未来は相当険しいらしいという事が分かり、僕の気持ちは沈んでいく。
特にマウントを取りたいという気持ちは無いのだが、明確な差が無い以上、絶妙な力関係を維持しそれなりの対応を常に求められるだろうと考えられるため気が重い。
僕達の店には、SSランクのトラがいるので、例え鬼兄弟が両方SSランクになろうとも、店としては優位に立てるだろう。しかし、あくまでトラはゴチョウに付いている。僕に付いている訳では無い。
従って、僕ではトラを連れることはできない。ゴチョウがここへ立たなければならなくなるだろう。トラは店のためであれば僕の指示を聞いたり、僕が優位に立ち回れるよう動いてくれるだろうが、僕個人のために動くことは無い。同じ店に所属する仲間ではあっても、そういう関係性だ。
僕が現状動かせるのは、グラとアマキだけと言える。そもそも、僕が何故グラを動かすことが出来ているのかは謎なままではあるが。
現在僕達がいる会議室外の広いスペースは、壁際に沿って多くの長椅子や、円形のカウンターテーブルが設置されている。
何と無しに周囲を見回せば、店主達はグループを作って話している。ざっと顔ぶれを見るに、基本は同程度の規模の者同士でつるんでいるようだ。
とはいえ、きっとそこも仲良しこよししているわけではないのだろう。楽し気に談笑しているように見えても、実のところは腹の探り合いで、足を引っ張り合っている可能性もある。何とも面倒な話だと感じた。
とそこへ、遠くからドタドタと何者かが大きな足音を立てて走るような騒音と振動が伝わってきた。一体何事だろうか。僕は音がする方へと視線を向ける。
「うぉぉおおおおおお!!」
突然雄叫びまで響き渡る。そして間もなくして現れたのは赤い短髪の少年だった。外見の特徴からして、その少年はミヅチの店のプレイヤー、赤鬼ではないだろうか。
しかしながら、よく見ると少年の肩には子供が乗っている。その子供とは……。
「アマキ何やってんの……」
僕は頭を抱えた。肩車されてはしゃいでいる子供は、間違いなくアマキだった。2人とも楽しそうに走り回っている。
「捕まえてくる」
「ごめん頼むよ」
僕は彼らの捕獲をグラに頼んだ。
しばらく一人長椅子で待機していると、グラはアカギとアマキの首根っこを掴んで捕獲し、僕の元へと戻ってきた。二人とも既にグラに叱られたようだ。頭部をさすっている事から、ゲンコツでも食らったのだろうと思う。
「君達何やってるの? ここは遊び場じゃないんだからさ」
「ナキリさん、ごめんなさい……」
アマキはしょんぼりしている。反省はしているようだ。
「す、すみませんっす……」
赤髪の少年、アカギも俯いて謝罪する。
「君は、アカギ君かな? アマキと遊んでくれてありがとね。ただ、ここで走り回るのはダメだよ。君達が暴れたら誰も止められないでしょ。退屈なのは分かるけど我慢して。できる?」
アカギはブンブンと首を縦に振っていた。素直な子だなと思う。
「アマキは楽しかった?」
「うん! アカギお兄ちゃんね、走るのすごく早いの〜!」
アマキはへな〜と笑う。今の今までしょんぼりしていたのが嘘のようだ。ニコニコと嬉しそうに笑っている。
相当楽しかったのだろう。肩車してもらった状態で高速で移動していたわけだ。ジェットコースターみたいなものだったのだろう。子供が楽し気に遊ぶ様子は微笑ましいが、流石にこの場所で遊ぶのはよろしくない。
「ほら。向こうに自動販売機があるから、二人で好きな物買っておいで」
僕はアカギに千円札を渡す。飲み物でも飲ませておけば、少しは大人しくしてくれるだろうと思う。
嬉しそうにはしゃぎながら自販機の方へと歩いて行くアカギとアマキを見送った。
僕達は再びコーヒーを飲みながら一息つく。まさかアマキがアカギと仲良くなっているとは思わなかった。初対面であれほど楽し気にしているのだから、相当相性が良かったのかもしれない。
「ちなみになんだけど。プレイヤーなら、相手の力量って、見ただけで分かるのが普通?」
隣に座り直したグラに、僕は問いかける。
「いや、自分より強い人間は無理」
「ふむ……」
「あと、実力を隠している奴もいる」
「隠すってどういう事?」
「オーラを仕舞う感じ」
これまた難しい話だ。だが今の話で、何となく合点がいくものもあった。明らかな格上に対しても、平気で喧嘩を売りに来る人間がいるのは、相手の力量が正確に読めないからなのだろうと思う。
グラがSSランクのプレイヤーだと知らない上に、付いているプレイヤーもグラの実力を測れないからこそのムーブなのだと思われる。
また、ランクが異なる場合にどれほど力量差があるのかも知らないのだろうと思う。グラは、Aランク相手に対しては瞬殺できると言っていたのだ。Sランク相手でも無傷で殺せると言い切った。
それほどの差があるのだが、恐らくそれも分からないのだろうと思う。彼らの近くにはSSランクのプレイヤーがいないのだから、知る術もないのだと考えられる。
そんな考えに至ったが、僕からすればやはり、あまりに命知らずの愚かな行為としか思えない。もっと慎重になるべきではと感じる。
とはいえ、基本的に害されたいと思う人間なんて居ない。殺されたくて喧嘩を売ってきたわけではないだろう。故に、きっとそこにも理由があるのだろうとも感じる。
こうしたマウントの取り合いを行う場では、勢いや虚勢も必要であり、事実有効であるのかもしれない。
この社会の仕組みが分かってくるほどに、僕の気持ちは落ちていく。結局の所、力こそ正義なのだろう。シンプルで分かり易いが、何とも危うい環境だなと改めて思う。
僕がこれから生きていかなければならない世界は、さらに過酷なのだと実感する。雑用係として生きていた時も十分過酷だったが、責任を背負っている分それ以上に厳しいなと感じた。




