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【完結】ナキリの店  作者: ゆこさん
4章 裏社会のパワーバランス
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4章-4.序列とは 2000.10.3

 ポーンと電子音が鳴って。エレベーターは静かに目的の階に止まった。ゆっくりと扉が開いていく。


「さて。行こうか。ここからは気を引き締めて。敵地に行くのと同じだからね。あぁ、それとグラ君も。遠慮することは無いから。ナキリ君に喧嘩を売るような人間がいればすぐに殺っちゃって。ここで死人が出ても何も問題にならないからね」


 グラは頷いていた。昨日トラも言っていた事だ。喧嘩を売ってくるような人間に対しては容赦するなと。

 だがこの場所は、明らかに公共の場のように見える。人通りの多い地域にあるオフィスビルだ。一般人から隠された場所では無い。内装もシンプルなデザインで綺麗だ。明るく清潔感もある。そんな場所で殺戮が起きても問題ないというのはなかなかに信じ難い。


「このビルは一棟丸々、主催者の持ち物だから。このビルの中の事は外部には一切漏れないから安心していいよ」


 僕のそんな心配を察してか、アカツキが教えてくれる。まさか、この規模のビルを所有しているとは思わなかった。主催する人物は余程の資金があるのだろう。

 エレベーターホールから少し進むと、人が集まっている場所が目に留まった。どうやらその先が会場らしい。受付のために列が出来ているような状態だった。僕達も列に並び、順番に受付を済ませると、会場である会議室へ足を踏み入れた。


 そこは30人程度分の座席がある。ロの字型にテーブルが置かれていた。明らかに上座と下座があるようだ。これは初手からハードだなと僕は感じる。

 室内にはすでに人間が集まっていたが、彼らは席には座ることなく、壁際で話をしながら待機しているようだった。そして、僕達に対して探るような視線を向けてくる。僕は居心地の悪さを感じた。値踏みされているのだろう。


「僕達が座らないとね。彼らは座れないんだよ」


 アカツキはそう言って、迷う事もなくさっさと上座に座った。アカツキの店のプレイヤーはアカツキの背後に立つ。

 どうやら店主が用意された席に座り、その背後にプレイヤーが店主を守るように立つというのがこの場所のルールらしい。僕等もそれに倣い、迷うことなくアカツキの隣に座り、背後にグラとアマキを立たせた。

 するとその瞬間。僕は周囲から刺すような視線を浴びる。これは一波乱ありそうだなと感じた。チラリとアカツキの方を見ると、相変わらずニコニコとしている。その様子を見るに、僕が彼らをどう処理するのかを楽しみに見物しているといったところだろうと思われる。相変わらずの性格の悪さだ。


 僕に鋭い視線を浴びせる彼等からしてみれば、僕の存在は許せないのだろうと思う。ポッと出て来た若造が、上から2番目の席に堂々と座っているのだ。彼らは座る事が出来ずに立って待っていたところにそんな事をされたら、当然怒るだろうと思う。

 アカツキはこうなる事を絶対に分かっていたはずだ。それにも関わらず、わざと事前に僕に教えなかったわけだ。僕が即席でどう対応するのかその様子が見たいという事だと理解する。

 

 僕はエンターテイナーではないのだから、こういう事は本当に勘弁してほしいと思う。

 だが文句を言っても仕方がない。もう僕は舞台のど真ん中に立たされてスポットライトまで浴びてしまったわけだ。大人しく尻尾を撒いて逃げるなんて事はできない。舞台に立ったからにはやるしかないのだ。


 僕は目を閉じた。そして集中する。アカツキに文句を言いたい気持ちを押さえつけ、雑念を振り払う。何が『最善』か。僕は演じるために脳内で理想を描く。

 僕は牛腸(ゴチョウ)の店の代理として来ているが、アカツキは僕を1つの戦力として周囲に見せつけたいと言っていた。故に、ゴチョウの代理、下位互換のような立ち振る舞いは望まれない。僕という存在を知らしめなければならないのだ。

 

 僕はゆっくりと瞼を開けた。そして、僕に対して不快な視線を送った人間どもを逆に値踏みしていく。上から下まで。身に着けているものだけではなく、その人間の本質も仕草や視線から読み取っていく。

 僕と目が合ったことで、慌てて目線を逸らす者もいれば、一層きつく睨んでくる人間もいる。確かにここに集まるような人間は普通ではないなと僕は感じた。どの人間も一癖も二癖もあるように感じる。

 だが、恐れるほどではない。そう思えてしまったからだろうか。気づけば僕は彼等を鼻で笑っていた。


 それが見事に挑発になった。僕を睨んでいた人間のうちの1人、中肉中背の30代後半と見える男がずんずんと近づいてくる。鼻息を荒くしている。相当お怒りの様だ。その様子がまた面白くて、僕は少しニヤけてしまった。


「なぁ。坊主。ここは子供が来るような場所じゃないんだよ。お子様だから分からないかもしれないが、その席はお前の様な新参者が座っていい席じゃない。お前はあっちだ」


 男はそう言って入り口に最も近い席、所謂下座の方を指さした。僕はその様子に目を細めた。

 見せしめにはこの男で良いだろう。


「君は面白い事を言うね。その席は末端じゃないか。それだと君よりも下になる。ありえないよ」

「なっ! お前分かってて!」


 男は顔を真っ赤にして僕の胸倉を掴もうと手を伸ばしてきた。だが、僕は特に抵抗するつもりもない。そんな必要はないからだ。

 そして、男の右手が僕の襟元に届きそうになったまさにその瞬間。ゴトっと重量物が床に落下しただろう音が男の背後でタイミングよく鳴った。

 

 案の定、その音によって男はぴたりと動きを止める。その時の困惑した男の顔は非常に滑稽だった。


「浅はかな店主に付くプレイヤーは本当に気の毒だ。君もそう思わない?」

「……」


 男の足元には、男に付いていたプレイヤーの首が転がっていた。そして周囲に派手に巻き散る血液がその光景をより一層印象的にしていた。

 それを視界に入れた男は、僕の問いかけに答えることもなく、途端にガタガタと震えだす。これならどんなに馬鹿でも理解できるはずだろう。これ以上に分かり易いものは無いと僕は思うのだ。


「ほら。君の席が決まったよ。向こうの席座ったら?」


 プレイヤーを失った時点で、その店主は序列最下位だ。僕は末端の席、男が先ほど僕に勧めた席を指さしてお勧めした。

 男は魂が抜けたようにふらふらと歩いて僕が勧めた席に大人しく座った。そんな素直なところは可愛いなと感じる。

 

「他。僕に言いたい事ある人はいる?」


 僕はテーブルに頬杖をつきながら、壁際に立ち待機している彼らを見ていく。だが、ことごとく全員から視線を逸らされてしまった。あんなに熱い視線を送ってくれていたのに。寂しい限りだ。

 グラがなんの躊躇いもなく、一瞬でプレイヤーを処理してしまったのが余程ショックだったようだ。店主よりも店主に付いてるプレイヤー達の方の顔色が悪い。

 もし自分の店の店主がちょっかいを出していたら、死んでいたのは自分だったかもしれないと、他人事では無いと感じたのだろうなと思う。

 

 どうやら今の男の他に文句を言いたい人はいないという事らしい。僕は小さく息を吐くと、椅子に深く座り直した。

 とりあえずはこれで一旦落ち着いただろう。僕は、チラリと隣に座るアカツキの様子を再度確認する。相変わらずの笑顔ではあるが、どこか満足そうだった。お望みの成果はあげられたと、そういう事だろう。

 本当に勘弁してくれと、これ以上の波乱は起きないでくれと僕は願うばかりだった。


***


 暫くすると続々と人が会議室へと集まって来た。末端席の男を除くと、未だに席に座るのはアカツキと僕だけだ。

 つまり3番目の人間がまだ来ていないのだと理解する。開始時刻まではまだ10分以上もあるのだから、別に遅れているわけではない。

 

 僕達の席の近くにあった死体や血溜まりも綺麗に片づけられ、今では跡形もない。床がビニール系の素材だったからだろう、痕跡すら分からない程だった。

 片付けの様子を見ていたが、ここの従業員と思われる人間達は、非常に慣れた手つきだった。死体を処理することに対して、本当に慣れているのだろうなと察する。


「よくゴチョウ君がここで殺してるからね。彼らも慣れっこみたいだね」


 やはりゴチョウは容赦がない。ここでもしっかりと暴力の化身として確立されているのだろう。そんなゴチョウを味方にしているアカツキは相当な地位にいることは想像に固くない。

 そこでふと僕は思う。ゴチョウは頻繁にここで暴れているということは、先程のように突っかかってくる人間は最初だけではないのではないだろうか、と。


「流石ナキリ君だね。そうだよ。君の予想通り。まだまだ君に向かってくる人間は沢山いるから。頑張って」


 僕が渋い顔をしていたのに気がついたのだろう。アカツキは嬉しそうに笑って僕の肩をぽんぽんと叩いた。

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