4章-3.会合とは 2000.10.3
僕は大型の7人乗りの車に揺られていた。見事なまでの秋晴れを窓の外に見る。これから周辺地域の店の店主が集まるという『会合』へと連れて行かれるところだ。
僕の隣には暁が座り、後ろの座席にはグラと天鬼、そして暁の店のSSランクプレイヤーの男が並んで座っていた。
アマキは会合に付いて行くと言ってきかないため急遽連れていく事になった。黒いTシャツに黒の短パン姿で、ふわふわの茶色の髪を揺らしながら、終始へな〜っと笑っている。ご機嫌なようで何よりだ。
別に何人プレイヤーを連れていても良いそうで、むしろ複数人連れている店主もいるので全く問題ないとのことだった。
また、アカツキが連れているプレイヤーとは、少しだけ面識がある。以前暁の店で行った解体ショーの際に爛華と一緒に扉の番をしていた男性プレイヤーだ。
運転手は暁の店の事務員の男で、助手席にも暁の店の事務員の女性が座っていた。
「百鬼君。会合は初参加だね。緊張しているかい?」
「はい……」
「大丈夫だよ。僕の隣にいればいいから。君はいつも通り堂々としているのが大事だ。他の人間に対して、君は敬語を使う必要も無い」
アカツキは優しい口調で教えてくれる。僕は静かに頷いた。
彼が言った『他の人間に敬語を使う必要もない』というオーダーは非常に重要だろう。僕はそのオーダーをしっかり実行しなければと気を引き締める。
年上の人間や上の立場の人間には基本的に敬語になるのが通常だ。今回、会合に参加する店主達は年上の人間ばかりという事が事前調査で分かっている。特に指示が無ければ僕は他者に対して敬語を使う所だった。
しかしながら『敬語』を辞めろと敢えて言われているのだから、そうしなければいけない理由が存在しているのだろうなと推測できる。
それに、他の人間に対して――つまり、アカツキ以外の人間に対して、と言った。これは他者とアカツキへ対する態度に、明確な差を付けろという意味にも思える。そんな風に僕は、軽いアカツキの言葉からも、不穏な空気を初手から感じ取ってしまった。
「どうせ、牛腸君は何も教えてないんだろうからね。少し僕から会合について話しておこうか」
「ありがとうございます。助かります」
「その様子だと、本当に事前に何も教えて貰えなかったようだね」
アカツキは僕の様子を見て楽しそうに笑っていた。
「僕としても、君を傍に置いておくという事にメリットがある。だから、僕のこの親切には下心があるわけだ。彼もそれを分かっているから、面倒な説明を僕に押し付けたという話だよ」
アカツキが僕を傍に置いておくことで得られるメリットというのはどんなものなのだろうか。あまり話が見えてこない。
「ゴチョウ君はなんて言ってたのかな?」
「舐められるなとだけ」
「あぁ。実に彼らしいね。全くもってその通りだ。君の今日の一番のミッションは、舐められない事だから彼は正しい」
本当に今から向かうのは会合なのかと、僕はだんだん不安になってくる。
「まずはそもそものお話からしようかな……」
アカツキはそう言って僕にでもわかるよう、丁寧に説明を始めた。
そもそも会合は何のために行われるのかという話だが、かつてこの社会が非常に荒れ狂っていた頃、相互に助け合うため、情報共有の場として設けられたのが始まりだそうだ。
店には多くの情報が集まるが、それは地域で偏っていて大きな流れを見落とすことになる。故にお互いに情報を与え合い、社会全体を俯瞰して見ることができるようにするためだという話だ。
その話を聞いて、非常に合理的な仕組みだと僕は感じた。
「だけどね。今は社会が比較的安定しているから、本来の目的では無いところに重点が置かれているね」
今は昔に比べて非常に安定しているのだという。僕は昔の様子を知らないが、今よりずっと酷かったというのだから相当だろうと思う。
今は1つの大規模な組織、通称『深淵の摩天楼』と呼ばれ恐れられる組織が全てを牛耳っているため、無駄な争いが起きないのだそうだ。
アカツキの話の様子から、かつては今のような勢力図ではなかったのだろうなとは思う。それがどんなものか僕には想像できないが、それなりの規模の組織が複数あって、それらが常に争い、その争いに社会全体が巻き込まれていたのではないかと思う。
あくまで想像しかできないが、さほど間違った想像ではないだろう。
「本来は、積極的に情報交換するべきだが、情報はタダじゃない。本当は皆、自分の持つ情報を他に教えたくないんだ。少しでも優位に立ちたいからね。また、今は緊急時ではないから。そんな理由で積極的な情報交換は行われないんだよ」
それならば何故集まる必要があるのだろうか。アカツキが言った本来の目的ではない部分というのが重要なのだろうか。
「でもね、参加しない訳にはいかない。参加して、自分達が健在であることを示す必要がある。そして、選ぶんだよ。手を組むべき相手、そしてカモもね」
一気に物騒になった。
要は隙あらば搾取されるという事だ。人間は欲深い。より良い方向へと貪欲に突き進んでいく。満足なんてしない生き物だ。
おそらくではあるが、店同士で喰い合うのだろうと思う。基本は同業者でありライバル関係だ。
弱い所を見つければ、寄って集って喰い荒らすに違いない。平和に仲良しこよしなんて幻想だ。
だが一方で手を組むべき相手も選ぶという。お互いに利益になると思える相手とは良い関係を築いておくということなのかもしれない。
とはいえそれは、単純な助け合いを行う仲間ではないだろうと思う。ビジネスパートナー的な物だと考えられる。互いに利益が出るうちだけは、対等な付き合いをし協力関係となるようなものだと思う。
そういうことであれば、店主が舐められるなと言った意味も分かってくる。舐められれば、カモ認定されて潰される。
そして、逆に力を示せれば、有力なビジネスパートナーを手に入れて、より優位に活動出来、利益を見込める。
さらに言えば、この会合に出ているだけでかなりのアドバンテージかもしれない。参加出来ない店はそもそも土俵にも上がれていないわけだ。
その時点で下に見られる。そう考えれば、嫌でもこの会合に参加せざるを得ない。
段々と仕組みが分かってはきたが、分かるほどに気が重くなっていく。
「次に、僕がナキリ君を連れている事で得られるメリットについて説明しようか。簡単に言うと、派閥の拡大だね。ゴチョウ君だけでも相当パンチがあるんだけれど、彼の他にもいるぞと。僕は僕の派閥の大きさを誇示したいんだよ」
つまり僕という存在自体が、アカツキが他の店よりも優位に立つための、アクセサリーのようなものなのだろうなと思う。
「ゴチョウ君の店の副店長、それがトラ君とは別のSSランクプレイヤーを連れて来たとなれば、その効果は絶大だ。しかも君は非常に若い。パンチ力としてはゴチョウ君よりも上かもしれないね」
「ふむ……」
「こんなに若くして、既にSSランクのプレイヤーから信頼を得ている時点でナキリ君は特別なんだよ。それをこれでもかと見せつけて欲しいんだ。それが結果、僕にとってもメリットになるからね」
アカツキがやりたい事は何となく分かった。
「あぁ、そうだそうだ。昨日の夜の事も聞いたよ? 店に来た態度の悪いSランクプレイヤーを君が単独で処理したそうじゃないか。いや、流石! 強烈だね。トラ君まで君の側に付いているという噂で持ち切りだったよ! あと、アマキ君も活躍したそうだね」
アカツキは振り返り、後部座席の真ん中にちょこんと座るアマキに笑いかけていた。アマキはそれに気がつくと、いつものように嬉しそうにへな〜っと笑う。
「グラ君、アマキ君の実力は今どれ位なのだろうか」
「身体能力だけで言えばSの上層くらい」
「そうか……」
アカツキはそれを聞いて何か考えているようだった。この年齢でSランクの上層という事は、アマキは相当ポテンシャルが高い。何かしら特異な要素があるのだろうと思う。
昨日Sランクの酔っ払った男を簡単に殺してしまったのだ。やはり、特別なのだろう。こうなるとアカツキは、アマキを返してくれなんて言い出さないだろうか。
「アマキ君は、ナキリ君について行って良かったかい?」
「うん! ナキリさんの所楽しい! ゼズキとシノギと一緒に毎日朝練してるよ!」
「そうかそうか。良かったね」
アカツキはニコニコと笑うが、その心の内は全く読めない。アマキの回答に対して、アカツキが何を思ったのかは僕には一切読み取れなかった。
「ナキリ君も、アマキ君のようにリラックスだ。大丈夫。君は何も変える必要が無い。そのままでいいから」
車はゆっくりと減速し停車した。どうやら目的の場所へ着いたようだった。
周囲は薄暗い。窓から外部をよく見ると、高層ビルの地下駐車場だという事が分かった。
話の方に意識がいっていた僕は、車が停車してようやくその事実に気が付く。僕達は下車すると、アカツキを先頭に高層ビルのエレベーターホールへと向かって行った。




