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【完結】ナキリの店  作者: ゆこさん
3章 新しい仲間
20/119

3章-7.名前とは 2000.9.19

 朝7時半過ぎ。僕は建物内のチェックを行う。雑用係達がしっかりと働いているのかどうかを確認するのは勿論、備品の劣化や不足が無いかどうかもチェックする。

 

 基本的に仲介の店は夕方からが本番だ。そのため、業務は昼過ぎから夜中がメインの時間帯になる。従って、この時間は基本的に皆寝ている。抜き打ちでチェックするには適した時間と言える。

 僕は上階から共用空間を見て回った。5階に関しては毎日見ているようなものであるし、雑用係達しかいないので特に問題は無いだろう。軽くチェックをして4階へと向かう。

 

 4階の大半は、プレイヤー達の部屋が並んでいるが、ここにも小さな共用の空間はある。ベンダーコーナーと簡易なテーブルと椅子等だ。付近のゴミ箱もしっかりと清掃されていて乱れはなさそうだった。共同の水回りも乱れはない。しっかりと管理が行き届いているようだった。

 雑用係達の関係性は予測通り荒れているだろうが、仕事にまでは影響していないと見える。

 

 僕は次に3階へ向かった。プレイヤー達の共用空間だ。最も荒れやすく、管理が難しい場所である。このフロアの大半を占めるのがトレーニングルームだ。体を動かす事が出来るように広々とした空間であり、トレーニング出来る器具もある。

 だが、よくプレイヤー達は器具を壊すのだ。片付けもしないため、管理が大変なものである。僕はトレーニングルームの扉を開けた。


***


「あれ? 百鬼(ナキリ)おはよう。どうしたの? こんな早くに」


 誰もいないと思って扉をあけたら、まさかの先客がいた。それも沢山。僕が扉を開けた瞬間に、氷織(ヒオリ)が振り返り首を傾げながらそう言ったのだった。

 そこにいたのは、ヒオリと雑用係の少女。そして(アカツキ)の店から連れて来たもう一人の雑用係の少年と、プレイヤーの卵である妙な雰囲気のある少年。さらにはグラまでいた。


 様子を見るに、皆で朝練をしているように見える。ヒオリと雑用係の少女については分かるが、他のメンバーはどうしたのだろうか。


「僕は見回りだよ。施設に不備がないかを見ていたところさ」

「朝からご苦労様」


 ヒオリはにっこりと笑って僕を労ってくれる。朝から可愛い。


「3人とも仲良しみたいでね、一緒に朝練するんだって!」

「ほう……」


 もしかすると、これは雑用係の少女の考えかもしれないと推測する。ついでにグラまで巻き込んでいるのだから、少女は将来中々の策士になりそうだなと感じる。

 

「それで、出来はどう?」

「一般男性相手なら、回避できると思う。気になるなら、ナキリが今彼女に掴みかかってみて」

「……本気?」


 ヒオリは自信に満ちた目で頷いた。

 全く。何という提案をしてくるのか。僕が提案を受け入れると、ヒオリはニヤリと笑った。その様子を見るに、きっと僕は返り討ちにされるのだろうなと想像する。


「じゃぁ、今から君を本気で襲うつもりで掛かるよ。いい?」

「はい。お願いします!」


 少女は、元気よく返事をして構えた。僕はそんな少女をじっと見て観察した。

 少女は決して恵まれた体格ではない。手足が長いわけでもないし、筋肉質でもない。本当に普通の少女なのだ。

 故に、僕と少女の体格差はかなりある。こんな大人が向かってくるだけでも怖いはずだ。それでも、少女は戦う姿勢でいるのだから相変わらず肝が据わっているなと感じる。

 

 僕は、一般男性代表として、少女に襲い掛かった。

 少女との距離を詰め、殴りかかる。しかし、少女は小柄な体格を生かして小さくなり僕の攻撃を躱すと、カウンターの様に懐に拳を叩き込んできた。

 普通に痛い。とはいえ、少女の力で殴られたところで怯むほどではない。僕は打たれ強さにだけは自信がある。僕は瞬時に少女の腕を掴んで捻り上げた。


 少女は腕に痛みが走ったのだろう。小さな呻き声を上げた。

 しかしながら一切諦めていない。少女はなんと、両足を宙に上げ、自分の体重全てを僕に預けてきたのだ。僕が少女の体重を片手で支えられるはずがない。その瞬間僕は一気に体のバランスを崩したのだった。

 

 その後は訳が分からなかった。気が付けば僕はうつ伏せの状態で床を舐めていた。背中に重みがある。少女が僕の背に乗って抑えつけているのだろうと思う。


「負けました……」


 僕は無様に少女に敗北した。これは流石に情けない。二回り以上も小柄な少女にあっさり負けるなんて。

 僕が敗北を認めると、背中の重みが無くなった。うつ伏せで寝転がる僕の顔を、少女が不安そうな顔で覗き込んでいた。僕はむくりと起き上がりその場に座る。そして周囲を確認すると、ヒオリはクスクスと笑っているし、グラは頭を抱えていた。


「ナキリ。弱すぎる。明日から6時半に集合」

「え……」


 グラはそう言って僕の腕を掴み上げ、無理矢理に僕を立たせた。まさか、明日から僕もここで体を鍛えろという事なのだろうか。


「……本気?」


 グラは大きく頷いた。僕は観念する。グラに言われてしまったら敵わない。こうして僕の早起きライフが決まってしまったのだった。


***


 その後は、何故か僕まで彼等と共に朝練をし、僕はくたくたになっていた。トレーニングルームから出たところにある、共用室のソファーセットで僕はバテていた。

 一方で子供達は僕とは対照的にぴんぴんしているようで、元気にヒオリと会話しているようだった。

 

 暫く彼らの楽し気な声を聴きながら休んでいると、彼らはぞろぞろとこちらへやってきたようだ。


「ナキリ大丈夫?」

「うん。たぶん……」


 ヒオリは僕の隣に座り、蓋を開けたペットボトルのスポーツドリンクを僕に手渡した。

 給湯室の冷蔵庫から持ってきてくれたのだろう。僕は有難く受け取り、冷たいスポーツドリンクをぐびぐびと喉を鳴らして飲んだ。

 

 日頃から雑務などで体は動かしているので、全く動けない訳ではないのだが、やはり戦いとなると話が変わってくる。鍛えるための動きはハードだ。

 これを明日からもやると思うと非常に気持ちが沈む。


「ねぇ。ナキリ。お願いがあるんだけれど……」


 ヒオリは唐突に言う。僕がヒオリの方へと視線を向けると、彼女は上目遣いで僕を見ていた。あざとい。


「彼等に名前をつけてもらえない?」

「え……?」

「名前が無いのって呼びにくくて。皆は番号で良いって言うんだけれど……」

「それならヒオリが彼等に付けてあげればいいじゃないか」

「でも……。やっぱりナキリに頼みたいの。ねぇ、お願い」


 これはずるい。そんな可愛いお願い攻撃を、僕が躱せるとでも思っているのか。

 ふと視線を上げると、ヒオリの背後に子供達が立っており、彼等もまた期待の眼差しを僕に向けている。


「皆もナキリに付けてもらいたいって」

「……分かったよ」


 これまたとんでもないお願いだ。名前とは難しい物であると僕は思う。個が目立つことになるのだから、リスクもある。

 とはいえ、ヒオリが彼等を呼ぶためのものだ。どこかに登録するわけではない。それであればそこまで気にする必要はないかもしれない。


「希望は? 何文字が良いとか、好きな物とか……」


 僕は子供達に尋ねる。暁の店では数字で呼ばれていたくらいなのだから適当に決めてもいいのかもしれないが、流石に本人が嫌がるような名前を付けるわけにはいかない。希望があるのであればそこから発想を得てつける方が良いだろう。


「あ、それなら……」


 少女が言う。


「『鬼』という漢字を入れて頂きたいです!」

「鬼……ね……」


 僕のナキリという名前を百の鬼と書いて百鬼(ナキリ)と読むことを知っているからだろうなとは思う。


「あの、僕も『鬼』という字を入れて欲しいです!」

「僕も~!」


 それだと、皆僕の子分みたいになってしまう。だが本人達の希望だ。可能な限り叶えてやるべきだろう。

 僕は考えた。鬼という漢字が付く地名や物等を。彼らの様子を改めて見ながらイメージを固めていく。


「よし決めた」


 僕は雑用係の少女を指さす。


「君はセズキ。漢字は、雪に子供の子そして鬼だ。それで雪子鬼(セズキ)。どうだろうか」

「はい!」


 雑用係の少女、改めセズキは元気に返事をして微笑んだ。この反応を見るに喜んでいるようだ。気に入ってくれたのかもしれない。

 僕は次に、鋭い目つきの雑用係の少年を指さす。


「次、君はシノギ。東に鬼で東鬼(シノギ)。いい?」


 雑用係の少年、あらためシノギは大きく頷いた。不満はなさそうだ。


「最後」


 僕は最後の少年を指さす。


「君はアマキ。天に鬼で天鬼(アマキ)


 プレイヤーの卵である少年、改めアマキは、へな~っと微笑みながらも嬉しそうに何度も頷いていた。


「これでいいかな」

「うん。ナキリありがとう」


 ヒオリも嬉しそうだ。ヒオリが喜ぶならそれで良い。


「君達、言わなくても分かっていると思うけれど、名前というのは個を目立たせるものだよ。気を付けて」


 まさか何者でもなかった僕が、他人に名前を付ける日が来るとは思わなかった。とはいえ、僕自身も唐突に名付けられたのだ。案外こんなものなのかもしれない。

 

 そこでふと、僕は思う。約2年前、僕に百鬼(ナキリ)という名を付けた少女は、今はどうしているのだろうかと。

 あの親子は放浪する野良のプレイヤーの様だった。定住地を持たないのだろう。そうした生き方は非常に過酷なのだと、先日他のプレイヤー達から教えてもらった。

 彼らは赤い瞳だった。2年以上経った今でもはっきり覚えている位だ。非常に特別な印象を受けた。あの少女が言ったようにいつかまた会えるのかもしれないと、僕は思うのだった。

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