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ナキリの店  作者: ゆこさん
3章 新しい仲間
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3章-4.交流とは 2000.8.10

 夜、店に行くと、今日も変わらず店主とプレイヤー達が酒を飲み騒いでいた。毎日毎日飽きもせず、とんでもない体力だなと思う。

 僕はカウンター内の書類を整理し、仲介業務の進捗状況を確認する。

 

 ページをめくっていくと、所々ページの端に付箋が貼ってあるのに気がついた。その付箋には手書きの文字も書かれている。この文字は、(アカツキ)の店から連れてきた雑用係の少女が書いたものだろう。

 内容を見るに要注意部分をしっかりピックアップしているようだった。これであれば、他の雑用係へ引き継いでも問題なさそうだろうと思う。

 

 やはり、暁の店から連れて来た少女は、こうした書類整理をする力が非常に優れているようだ。気が利くうえ、細かい。完璧主義なのだろう。

 体を動かす方は少し不器用だが、それをカバーして余る位の才能だろうと思う。書類関係の雑務に関しては、他のメンバーと比べても頭一つ以上は抜けている印象だ。


 僕は一通り進捗状況の書類に目を通すと、バックヤード側へと向かった。こちらに保管されている書類の管理も既に引継ぎ済みで、僕は確認のため久々に目を通す。


「ほぉ……」


 僕は思わず声を漏らした。このバックヤード側は過去の書類が保管されているのだが、過去の物まで綺麗に整理されていた。

 僕が一人で回していた頃は、流石に時間がなく、他の人間が処理した不備のある書類もそのままになっていたのだ。それが全て整えられていた。それも、僕が処理していたやり方と全く同じ方法に統一されている。

 かなりの作業量があったはずだ。それを約一週間程度で整理してしまったというのか。そう考えると、僕が想定した以上に雑用係の少女は優秀なのかもしれないなと感じた。

 

 子供達を一気に入れた事で店の管理なりが崩壊するかもしれないと危惧していたが、現状を見る限りそんな様子はない。非常によく回っている。上手くいきすぎて怖いほどだ。

 ただ、このように安定してきた頃が一番警戒しなければならないと僕は感じている。そろそろ、何かしら問題が起きてもおかしくはない。そう感じていた。


***

 

 僕は店側に戻ると、各テーブルを回って空き缶やら、ゴミ類を回収していく。


「お! ナキリじゃないか! どうだ? 一緒に呑まないか?」


 僕が淡々と作業をしていると、1人の男性プレイヤーに話しかけられた。振り返ると、そこにいたのは店主の1番のお気に入りプレイヤーであるトラという名の男がいた。彼のプレイヤーランクはSSランク、グラと同じだ。この店を代表する専属プレイヤーのうちの一人である。


 トラは非常に体格の良い男性プレイヤーだ。長身で筋肉隆々。今は仕事終わりでは無いのだろう、Tシャツにジーパンとラフな格好をしていた。

 武器は槍を使用しており接近戦を得意としている。この店では最年長のプレイヤーでもある。店主と同じか、少し下くらいの年齢だったはずだ。

 プレイヤーの中ではリーダーのような立ち位置であり、よく後輩の面倒を見ている印象だ。氷織(ヒオリ)も、小さい頃からトラによく指導されていて、泣かされていたと思う。

 

 性格は、誰にでも気さくに話しかけるような人間で、いつも楽しそうにしている。非常に社交的な人間だと僕は認識していた。

 また、雑用係だった時の僕に対しても、トラはしょっちゅう話しかけてくるので、変わった人だなとも思っていた。

 

 そんな大物であるトラの誘いを断る度胸は僕には無い。僕は彼がいるテーブル席へと向かった。


「ほら。これもって乾杯だ」

「トラさん、僕お酒は飲んだことが無いんですが……」

「お! それならデビューだ! うまいぞ?」

 

 僕は押し付けられた缶チューハイを見る。レモンの絵が描いてあることから、レモン系のお酒なのだろうなと思う。


「良いからここ座れって」


 無理矢理に肩に手を回されてトラの隣に座らされる。


「おし! カンパーイ!」

「か、乾杯……」


 僕は恐る恐る缶チューハイに口を付ける。すると喉がポカポカと熱くなり苦味を感じた。鼻を突くアルコール臭も強烈だ。申し訳ないが、あまり美味しいという気はしない。

 僕が初めてのお酒に対して渋い顔をしていたからだろう。トラは隣で爆笑していた。


「ふふふっ。その反応、可愛いわね。ナキリ君こんばんは」


 ふと正面に座る人物に声を掛けられる。女性の声だ。顔を上げて確認するも、黒のパーカーのフードを深く被っていて誰だか分からない。


「あれ? お姉さんの事忘れちゃったのかしら?」


 女性はそう言って、フードを少しだけ上げて顔を覗かせた。


「あ。ランカさ――」

「シー!」


 目の前に座る女性、その人物は暁の店のSSランクの女性プレイヤーである爛華(ランカ)だった。名前を言おうとした僕の口に、彼女は人差し指を軽く押し当てて、強制的に口を塞いできた。


「ダーメッ! 私がここに居る事は内緒よ? 良い?」


 僕が頷くと、彼女はニコッと笑い人差し指を引っ込めた。

 美人が笑うだけで絵になる。目立たない服装をしていても、とんでもないオーラだなと感じる。


 それにしても、何故この場にランカがいるのだろうか。別の店の専属プレイヤーがこんな所にいては、喧嘩を売っているようなものだ。

 故に正体がバレないようにフードを深く被って顔を隠していたのだろうなと思う。


「俺達は(アカツキ)の店の時の同僚なんだよ。今でも別に仲が悪いわけじゃないから、たまに遊びに来てるってだけだ。なんだ、ナキリはその辺知らなかったのか?」


 そんな話は初耳である。


牛腸(ゴチョウ)が暁の店から独立する時、俺とゴチョウの2人でこの店を作っていったわけだ。彼女は暁の店に残った」

「別に私もゴチョウ君達に付いて行っても良かったんだけど……。どうにも、彼がここでやろうとしてる事を思うと女の私は邪魔かなって思ったからやめたのよね」

「まぁなぁ。お前は暁の店の方が重宝されるよ」


 彼らはそんな事を言って笑い合っている。店主の事を名前の牛腸(ゴチョウ)と呼んでいる事からも、よほどの間柄だと推測できる。彼らの話は事実なのだろう。


「ナキリ。お前もそのうち独立する日が来るはずだ。その時までに、誰を自分の店に連れて行って、どんな方針で店を回すのかよく考えておけ? それと、今のうちにこうやって色々なプレイヤーと話しておいて損はない。酒の場は特に口が軽くなるから情報収集には持ってこいだ。野良プレイヤーなんて、他の店の情報を教えてくれたりもするから、仲良くなっておいて損はない。ゴチョウが毎晩のように飲みの場を設けているのはそのためだ。そうやって僅かな変化も見落とさない様にする事は、この裏社会で生きる上では重要だ」


 トラは僕の肩に回していた腕に力を込めて、僕と強制的に目を合わせる。ものすごい圧だ。


「ナキリ君は、もう誰を連れて行くか決めてるのかしら?」

「こいつはまだ、全く考えてないだろ。とはいえ、グラと氷織(ヒオリ)は勝手について行くだろうな」

「あらぁ、グラ君が引き抜かれたらゴチョウ君の店の方が大変じゃない? 大丈夫なの?」

「大丈夫も何も、何とかするしかねぇよ。ゴチョウだって、グラがナキリに付いて行く気満々なのは分かってるからな」


 僕は何も言えずに彼らの話を静かに聞くだけだ。


「当のナキリ君は、本当に全く分かってなさそうなのが面白いわね。ふふっ。可愛い可愛い」

「お前、ナキリがちょっと顔が良いからってとって食うなよ?」

「そんな事しないわよ。そんな事したら、ヒオリちゃんが怒るでしょう?」


 何故そこでヒオリが出てくるのか。

 僕は完全にからかわれているような気がしてならない。とはいえ、この様な情報がプレイヤー達の間では分かる事なのだろうと思うと、頻繁に飲みの場に顔を出して情報を仕入れておくのは重要な事かもしれないと思い始めた。

 

 毎晩のようにここに集まるのは、ただ飲んで騒ぎたいだけの連中だと思い込んでいた自分を殴りたい。

 もちろんそういう人間もいるだろうが、この場は、駆け引きや取引の場にもなり得るのだと、容易に推測できた。


「ナキリ飲めって! そんな仕事モードの面した奴には、皆警戒して何も教えてはくれないぞ? もっとフランクになれって」

「え! フランクなナキリ君ってちょっと面白そうね。酔っぱらったらどうなっちゃうのかしらね!」

 

 僕はしぶしぶ缶チューハイに口を付ける。やはり美味しいとは思えない。僕が再び渋い顔をすると、トラとランカは顔を見合わせて再び爆笑していた。


「なぁ。ところでナキリ。その腕時計ヒオリにもらったか?」

「ブッ……!!!」


 僕は飲んでいた酒を噴き出した。僕はトラを睨む。


「わーるかったって! ナキリはおもれぇなぁ!」

「えー? ヒオリちゃんに貰ったの? 素敵じゃない! お姉さんに良く見せなさいよ!」


 ランカに左手首を掴まれ、腕時計を入念にチェックされる。


「ヒオリがずーーーーっと悩んでたんだよな。あれでもない、これでもないって。ゴチョウにまで悩み相談してたんだから」

「え? 何よそれ。もう可愛すぎない? お姉さん、ときめいちゃうわ!」

「あぁ。で、結局ゴチョウから、身に着けるモノなら安物はダメだと言われて、ヒオリは貯金してたからな」

「それで最近お仕事頑張ってたのね! この調子で順調にいけば、年内にAランクになるんじゃないかって聞いたわよ!」


 何かとんでもない裏話を聞いてしまった気がする。絶対に僕が聞いてはいけない話だったのではないかと思ってしまう。

 ただ、そんな話を聞いてしまったせいで、僕の中でヒオリを愛おしく感じる気持ちがどんどん膨れ上がってくる。何だろうか。これは。とてもふわふわとした心地がする。


 僕はそんな気持ちを紛らわすために、持っていた酒に口を付ける。飲み進めるほどに慣れが出て来たのか、普通に飲むことができるようになっていた。

 相変わらず美味しいとは感じないが、飲み物として許容の範囲だなと感じる。


「お! いい飲みっぷりじゃないか! どんどん飲め!」


 その後僕はトラに勧められるまま、色々なお酒を試した。だが、そのあたりで僕の記憶はプツリと途切れてしまったのだった。

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