3章-3.変化とは 2000.8.10
結局店長と僕が選んだ雑用係は、リーダーポジションの少年、それとそのリーダーポジションの子とは全く関係がないだろう別の少年を選んだ。子分の子よりも、面白そうだったからだ。
彼ら含め、今回買った子供達5人は、施設が所有する大型の車で店まで運ばれてきた。
雑用係の2人は、アカツキの店から連れて来た2人の雑用係に全面的に任せる事とした。指導や仕事の割り振りなど含め彼らの中で上手く回してもらう事にする。
プレイヤーの卵である3人については、またしてもグラが面倒を見る事になっていた。そうなると、グラは1人で同時に4人のプレイヤーの卵達の面倒を見る事になるが大丈夫だろうか。
僕は少し不安になるが、グラは全く気にした様子は無かった。
子供達をそれぞれの部屋に案内し終わり、僕は建物3階にあるプレイヤー用の共用スペースへとやって来た。最近この場所の管理は全て雑用係達に任せているので、僕がここへ来るのは久々だ。用が無ければ立ち寄る事も無かった。
今回は、氷織に呼ばれたため、ここへやって来たのだ。僕が室内に入ると共用室のソファーに彼女はいた。
「百鬼君。忙しいのに来てくれてありがとう」
僕が近づくとヒオリは気が付いて、僕の元まで駆け寄って来た。
「大丈夫だよ。最近雑務は殆どやっていないのもあって、余裕があるからね」
「そっか。良かった」
そう言って彼女は微笑む。こげ茶色のストレートの髪は今日は下ろしているようだ。いつもと雰囲気が異なる。少し落ち着いた印象を受けた。
服装も私服である事から、今日は仕事ではなかったのだろうなと思う。水色のサマーニットに、白のふわっとしたロングスカートを着ていて、僕はそんな彼女を見て、年相応の素敵な女性であるなと感じてしまった。
「可愛い」
「へ?」
唐突だった。僕の口はそんな事を口走った。そのせいでヒオリは途端に困惑し、顔を赤くする。彼女は俯きオロオロしはじめ、パニックになっているようだった。
これは非常に申し訳ない事をしてしまった。僕はどうすればいいだろうか。僕から何か声を掛けようにも、何と声を掛けるのが正解なのか分からない。
「ごめん。僕は思った事をそのまま言ってしまったみたいだ。困らせるつもりは無かったんだけれど」
顔を上げた彼女はフルフルと首を振る。
「ちょっとびっくりしちゃっただけ。だってナキリ君、真顔で可愛いなんて言うんだもん」
ヒオリはそう言って困ったように笑っていた。
確かにいきなり真顔で言うものではなかったと思う。相当驚かせてしまったようだ。表情というものは心の内を外部に漏らすようなものだと考えて生きてきたため、可能な限りどんな時でも無表情であろうとしてきた。
まさかそのせいで彼女を驚かせてしまう事になるとは。これは反省しなければと思う。彼女との雑談の時ぐらいは、人間味があった方が良いだろうと僕自身も思う。
「あ、あのね! 今日はこれを渡したくて!」
ヒオリはそう言って僕に小さな紙の手提げ袋を差し出した。
「出世祝い! 遅くなっちゃったけど。副店長昇格おめでとう!」
彼女は、ニッコリと輝くような笑顔を僕に向ける。僕は、そんな彼女に少し見とれてしまったのだが、ハッとして差し出された手提げ袋を静かに受け取る。
「開けてみてもいい?」
「もちろん」
僕は丁寧に紙袋から取り出すと、それは小さな箱だった。その箱を開くと、そこには腕時計があった。
文字盤は彩度の低いブルーで、バンド部分はステンレス。明らかに高級な腕時計に見える。実際よく見れば有名なブランドだ。シンプルなデザインではあるが、相当値が張るものであると分かる。
「付けてみて欲しいな」
僕は彼女に促されるまま、左手首に腕時計を付ける。
「やっぱりナキリ君に似合う! これにしてよかった!」
彼女は本当に嬉しそうに笑う。
「ヒオリさん、ありがとう。大事にする」
「うん! あ、そうだ。私の事も呼び捨てで呼んで欲しいな。ほら、グラ君の事は呼び捨てしてるみたいだし。もう、副店長なんだから周りの目も気にしなくていいし。ダメかな?」
そんな上目遣いでお願いされてしまっては、拒否できるわけがない。彼女がこんなにもあざとい事をする子だったなんて。僕は完全敗北した。
「分かった。僕の事も呼び捨てでいいから」
「わぁ! 嬉しい! ナキリ、ほら、私の事も呼んでみてよ」
「ヒオリ……」
僕が彼女を呼び捨てで呼ぶと、ヒオリはにんまりと笑った。
そんな姿を見せられてしまっては……。
これは表情管理が非常に難しい。崩壊しそうだ。
普段、店主やグラに呼び捨てで呼ばれているし、グラの事は呼び捨てにしている。
そこに対して、感情が乱される事は一切無かったのに、ヒオリにだけは僕の感情は簡単に振り回されてしまうようだ。彼女には全く敵わないなと痛感したのだった。