3章-1.施設とは 2000.8.10
暁の店から、雑用係の少年少女と、プレイヤーの少年を連れ帰ってから1週間経った。雑用係の2人は非常に優秀で、即戦力だった。こんな優秀な人材を引き抜いてしまって良かったのかと不安になるほどだ。
2人の活躍により僕の仕事は一気に楽になった。雑務は殆どやる事が無くなったため、仲介の仕事の方に注力できる。これは非常にありがたい環境だった。
「百鬼。こっち来て座れ」
店のカウンター内で、仲介に必要な資料作成をしていると店主に呼ばれた。僕は店主が座るテーブル席へ行くと、向かいに座った。
「以前聞いた新規のプレイヤー3人。その後はどうだ?」
「与える仕事のランクを下げた事で、反発が起きました。3人中2人は、文句を言いながらも仕事を受けてこなしています。ランクを下げたので出来は申し分ありません。ただし、残りの1人は、反発心が仕事に影響を及ぼしています。仕事が雑で報告書にも不備が目立つ。素行も悪くなってきている状態です」
「その問題児、どうしたい?」
「可能であれば、少し泳がせようかなと」
僕の言葉に店主はニタリと笑う。
「いいんじゃないか? 異分子として残すやり方は非常に有効だ。対費用効果も悪くない」
「ありがとうございます」
店主の許可が下りた。そのため僕は頭で思い描いていた計画を実行に移す事にする。要は、『異分子』というポジションに問題児を位置づけるのだ。
問題児を野放しにすることでそれなりの損失は出るが、それ以上に効果が見込めるものと考えている。この問題児を残すことで、店内部の潜在的なリスクを洗い出す事が可能になるのだ。
元々店に対して反感を持っている人間は、この問題児にそそのかされて隠していた反抗的な考えを露呈させるかもしれない。
問題児との関わり合い方を観察することで、人間性を知る手掛かりが得られるという事だ。内部の人間に対して、罠を仕掛けると言った方が良いかもしれない。
最終的に、問題児が更生するならそれで良いし、そのままであれば処分すれば良いだけの事。あまりにも平和過ぎる環境というのは、こうした隠れたリスクを見落としやすくなる。
いざ緊急時に露呈なんてされたら、たまったものではないのだ。故に、適度な不穏は緊張感を保つために必要な物だと僕は考えていた。
「あぁ、それから。暁の店から連れて来たチビ達はどうだ?」
「非常に優秀ですね」
「やっぱりな」
やっぱりとはどういう事なのだろうか。店主はある程度この状況を予測していたという事なのだろうか。
「あぁ、いや。最初からチビ達をお前に付ける気だったんじゃないかと思ってな。お前が副店長になる事も、アカツキのオヤジはずっと前から分かってたんだろ。その時用に次の候補として、かつ、手足としても使える人間を用意しておいたんだろうな」
僕は店主が言う言葉を、にわかには信じる事が出来なかった。その言葉が本当であるならば、随分前から僕が副店長になる事をアカツキは想定していたという事になる。
「まぁ、そうだな。そろそろ俺からもネタバラシしてやるよ。俺はお前を店に置くと決めた時から、将来副店長にするつもりだった。そのために他の雑用係を雇って経験を積ませたわけだ。お前も育てる側になれば分かるだろうよ。持ってるやつは最初から持っている。連れて来た奴らもそのつもりで育てろって事だ。俺から見てもあのチビ達は素質がある。それと、身をもって体験しているだろうから言わなくても分かると思うが、競わせる方が人間成長する」
とんでもないネタバラシがあったものだ。つまり、僕と一緒に働いていた彼等、死んでいった雑用係達は、最初から殺すつもりだったと言っているわけだ。
僕が効率よく理想の店主の素質を持つようになるために雇われた、いわば僕という副店長を作り上げるための消費素材のようなものだったというのだ。
ここで店主のやり方を非難するつもりなど一切ないが、何も感じないわけではない。そういう物だとして受け止めるには、この件は少し時間が掛かりそうだ。
「この後、時間作れるか? 3時間くらい」
「はい」
「よし。30分後出かけるから準備しろ。グラも連れて行くから、声を掛けておけ」
一体どこへ行くつもりだろうか。この話の流れで行く場所となるとあまり良い場所である気はしない。僕が店主に問われ確認されたのは、暁の店から連れて来た雑用係達の出来だったのだから、それに関連する事に違いない。
僕はそれまでやっていた作業の片づけを行うと出かける支度をした。
***
タクシーに揺られて、僕と店主とグラはある『施設』に着いた。4層ではあるが、平面的に広く、規模の大きい鉄筋コンクリート造の白い建物だった。
飾り気は一切ない。看板すらない。パッと見ただけでは何でもない建物という印象だが、よく見ると怪しさがにじみ出ている。外観からは中の様子は一切分からなかった。
「今日はここに人間を買いに来た」
「人間を買う……」
「そうだ。簡単に言うと、犬や猫の殺処分場と一緒だ。それの人間版だと思えばいい。4、5年前位にできた施設で、俺は何度かここから人間を買っている。まぁ、ここで買った人間は今じゃ誰一人として生きていないけどな」
孤児院や保護施設ではなく、殺処分場と店主は言った。
その言葉のニュアンスを聞くに、この施設は生易しい場所ではないのだろうなと僕は推測した。
「少し前までは、その辺に行き場の無い汚いガキや死体がゴロゴロ転がっていたが、この施設が出来てからここに収容されるようになった。随分と治安が良くなったもんだ。お上様のおかげってな」
店主は皮肉を込めたような言い方だ。明らかに含みがある。
「安定した世の中は悪いもんじゃねぇから、感謝はしているが……。まぁいい。中を見たほうが話は早い」
僕は店主に続いて施設内へと入った。
***
施設内は意外にも清潔感があり明るかった。施設に常駐する人間と店主は馴染みのようで、案内に従って施設内の廊下を進んで行く。
黒のプラスチックタイルの床、白い天井、壁も基本は白く特段奇抜さはない。使い込まれ薄汚れてはいても、掃除は行き届いているような印象だった。
この施設は4年か5年前に出来たと店主は言っていたが、建物自体はもっと古くからありそうな様子だ。おそらく転用されたのだろうと思う。また、それなりの資金があって運営されている施設だと考えられる。
僕達は1つの部屋に案内された。殺風景で飾り気のない部屋だ。内部の人間が利用する会議室のような部屋だと感じる。室内には折り畳み式の長机とパイプ椅子があり、僕達は並んで座った。
「今お茶をお持ちしますね。で、今日はどのような人間をお求めでしょうか?」
「雑用ができる適当な人材、10歳前後だ。それとプレイヤーも少し見たい」
「畏まりました。準備いたします」
施設の案内人は僕達をその部屋に残して、部屋から去って行った。