2章-7.素質とは 2000.8.2
解体ショーが終わって。
僕達は片付けが終わり、バイヤーや観客たちが去った会場に残っていた。そこにいるのは、グラ、暁、暁の店のプレイヤー達2人、そして生き残った雑用係達だ。最終的に生き残ったのは、2番、3番、4番、8番、9番、そして11番以降の10歳未満の雑用係達だ。処分したのは計5人である。
アカツキは満足そうだ。生き残った彼らの様子に対しても興味を持っているようだ。相変わらずの笑顔を振りまいていた。
「百鬼君。ご苦労様。今回もとても良かった。君に任せて正解だったよ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「報酬については、後日牛腸君に渡すから、そこから報酬を受け取りなさい。ここで手渡しできる額ではないからね」
それ程の大金という事か。アカツキのこの様子を見ても、相当今回は稼ぎが良かったのだろうなと察する。
「それと、何人かこの中から連れて行ってくれるかい?」
「連れて行くとは……?」
「ショーの内容が濃いから予定以上に人数が残ってしまった。だから、君達の店に何人か連れて行って欲しい。あぁ、勿論ゴチョウ君には話を通してある。ナキリ君の好きにして良いとのことだから。好きな子を持って行ってくれ。君の店には雑用を行う人間が今いないのだろう? 丁度良いじゃないか」
そんな事を急に言われても非常に困る。そもそも店所属の従業員を移籍するなど聞いたことがない。終身雇用のはずだ。それを連れて行ってくれとは一体どういう事なのだろうか。
暁の店と牛腸の店は系列店だから問題がないと、そういう話なのだろうか。
その辺りは全く分からない。だが、アカツキがこう言うのだ。きっと問題が無いのだろう。僕が考える事ではないのだろうと感じた。
とはいえだ。正直、自分達の店に新しい人間は要らない。
彼等は暁の店である程度の期間は雑用係として働いた経験があるので、新人教育等指導の面での苦労やコストは省けるかもしれないが、管理しなければならない人間が増えるというのは厄介だ。本気で遠慮したい。
しかしながら、アカツキの申し出を僕が断れるわけがない。僕は諦めて雑用係達へと視線を向けた。
僕が彼等の方へと視線を向けると、皆に緊張が走ってしまった。
相当怖がられているように思う。それは仕方のない事だろう。仕事とはいえ、解体ショーで彼等が長年共に過ごしたであろう仲間を処分したのは僕なのだから。
恨まれていたとしてもおかしくはない。そう考えれば考える程、選びにくくて仕方ない。
「この状況で選ぶのは難しいかな。なら、逆に、君達。ナキリ君に付いて行きたい者はいるかな?」
アカツキがそう声を掛けると、3人の人間が手を上げた。
それは、13番の目つきの鋭い少年と、15番の刃物に興味津々だった少年、そして武器の手入れを手伝いに来た9番の少女だった。
「13番、付いて行きたい理由は?」
「ナキリさんの下の方が面白そうだからです」
「成程。良いね。9番は?」
「もっと学びたいからです」
「うんうん。確かにナキリ君の方へ行った方が学べるだろう。15番は?」
「なんとなく……?」
15番の少年は首を傾げながらもそう答えていた。
「ははは。成程。君らしいね。グラ君、すまないけど15番の事頼んだから」
「分かった」
15番の少年はやはりグラが見る事になったようだ。
どうにも、15番の少年は少し様子がおかしい。どう考えても雑用係には一切適していない。『素質』を全く持っていないのだ。そんな人間をアカツキが放置している理由がずっと分からなかった。
だが、アカツキが僕ではなくグラに頼んだ事で大体察しがついた。
「ナキリ。彼はプレイヤーにする」
「分かった」
彼はプレイヤーの卵として、この店に在籍していたのだろう。15番の少年に刃物を触らせたとき、直ぐにグラが僕との間に入ったのも、グラが危険を察知したからだろう。
下手をすれば僕は少年に衝動的に殺されていた可能性もある。そんな危険な因子を持った子供だったのだ。
こうして僕らは3人の子供を連れて帰る事になった。まさか自分達の店の従業員とプレイヤーが増えてしまうとは思わなかった。今後の彼等の管理を考えると気が重くなる。
今までは自分の身の安全を考えて、自分の行動だけを注意すれば良かったが、今後は制御の利かない他人までも注意していかなければならない。
全く面倒な業務だ。店に戻り次第色々と整えなければと思う。僕は内心大きなため息を付いたのだった。
***
3人の子供達を連れて、僕等が自分たちの店まで戻ってきたのは、23時を過ぎた頃だった。店主への挨拶は翌日にするとして、僕は子供達を生活させる場へと案内する。
建物4階がプレイヤー達の個室があるフロア、5階が雑用係達の個室があるフロアだ。個室の設えや設備に違いは無いので、人数によってはプレイヤーも5階の個室を使ったりもする。
個室には、ベッド、クローゼット、デスクのみで最低限の物しかなく、水周りや娯楽の設備は共用部に集約され共同で使用するといった感じだ。
5階は僕しか使っていなかったので、空き部屋だらけである。僕は彼等3人とも5階の空き部屋にそれぞれ宛てがった。15番の少年はプレイヤー枠なので4階の個室でも良かったのだが、他の2人と離れたくないとの事で隣接した部屋にした。
「今日はもう遅いから寝て。明日7時から説明するから。7時にここ、5階の共用部に集まって」
9番の少女と13番の少年は元気に返事をする。やる気に満ちた目だ。これから待ち受ける過酷な労働環境に耐えられるだろうかと不安になる。
一方で15番の少年は、小さく頷いて、へな〜と微笑んでいた。緩さの中に妙な不気味さがあるという独特の雰囲気に、呑まれてしまいそうだ。
僕は気をしっかり持ち直し、雑用係の2人には店の制服を渡す。この店には女性の雑用係は今までいなかったため女性用の制服はなかったが、幸い彼女はまだ子供だったので取り急ぎは子供用のもので問題なさそうだ。
制服は彼等の身を守る上で大切だ。それを着ているだけで店の所有物と見なされるのだから、店の外で理不尽な目には遭い難くなる。この店の周辺では、かなり効果が見込めるので、優秀な防具だと言えるだろう。
「何か質問はある? 基本的に明日説明するつもりだけど、今聞いておきたい事とかあれば聞くよ」
「1つだけ。ナキリさんもここに住んでいるんですか?」
「うん。あそこの部屋にいるから。緊急時の時は直接呼んでくれて構わないよ」
僕は副店長となってからもこの建物に住み続けていた。業務を考えるとこの建物内にいる方が断然都合がいいのだ。あまり欲も無かったというのもある。
とはいえ、雑用係の時と同じ環境は辞めろと店主に言われ、渋々このフロアを改装した。この改装工事の計画や手配こそが、僕が副店長になってから最初に行った大きな仕事だったりする。
この改装工事によって5階フロアの3分の1は僕の部屋になった。
僕の個室内には新しく水回りを完備したので、共用部の物を共同で使用する必要はない状態になっている。
彼らが来る前に改装工事が終わっていて良かったなとは思う。
確かに、直ぐに改装を命じた店主の判断は正しかったと今になって分かる。
もしこの時点で僕が今までの生活環境のままであったら良くなかっただろうと、何となく感じるからだ。
他に質問はなさそうだったので、これにて本日は解散とし、それぞれ与えられた部屋へと入って行った。