2章-6.役割とは 2000.8.2
「鬼だ……。悪魔だ……」
腹を割かれた1番の雑用係の男は泣きながら、僕にそう言葉を投げつける。
「鬼か……。確かに僕の背後には沢山の鬼がいて暴れたがっているのだと。昔僕に名を与えた女性が言っていたよ」
僕は摘出した内蔵を丁寧に取り扱いながら淡々と答えた。
「ナキリという名の漢字は、百の鬼と書くんだ。面白いね。君に鬼と言われてその時の事を思い出したよ」
人間は意外と死なない。こうして臓器を取り出しても、暫くは生きていける。
流石に心臓や肺等、常に生命維持に必要なものは取ったら直ぐに死んでしまうが、消化器系は適切な順番で丁寧に取り出せば、即死なんてことは無い。
雑用係達は日頃こうしたグロテスクなシーンを見ているからだろう、ショックで失神することもない。気を失ってしまえれば楽だろうに。
とはいえ、気を失われてしまってはショーとしては失敗になるので、このまま最期まで元気に抗って欲しいところではある。
「私の臓器……。返せよ……。辞めてくれ……。取られたら生きていけない……。あぁ……。あぁ……」
僕が顔を上げて会場の人間達を確認すると、皆満足そうだった。
やはり初手にこの男を選んだのは正解だったと思う。
余談ではあるが、観客達の多くは、死にゆく人間を間近で見た際に心を抉られるような体験をすることで、生を感じるのだと、以前店主から聞いた。
心が抉られる程のものを接種しなければ、生きていると感じる事が出来ないだなんて、むしろ気の毒だ。彼等は、それほどまでに人間らしさや人の心を失っているのかもしれない。
その話を聞いて僕は、とんでもない話だと感じた。しかし、よく考えてみれば、他人の死を間近で見ても何も感じない僕は、彼ら以上に人間らしさや人の心を失ってしまっているのではないだろうか。
そう考えると、僕はもはや人間ではないのだろうなと。アカツキからあった説明の通り、僕は雑用係という経験を経て、しっかりと人間性を捨てた状態に作られたのだと自覚した。
僕は壁際に一列に立たされている、残りの雑用係達の方へ視線を向ける。すると彼等は皆、僕の視線に気がついたのだろう。より一層怯えていた。
「へぇ、百鬼君。君がそんな風に名付けられたとは知らなかったよ。百の鬼か……。凄い名前だが、君には合っていると僕も思うよ」
「ありがとうございます」
暁は嬉しそうに言う。どうやら既に売上が良いらしい。適度に酒も入っているようで、とても上機嫌だった。
さて、この後はどうショーを盛り上げるべきか。僕は考える。この後競売にかける部位を考えると、この男は即息絶える。動きがなくなってしまうわけだ。
「ねぇ。3番の君。手伝ってくれるかな」
「……」
「返事して」
「は、はいっ!」
3番の雑用係の青年は真っ青な顔で僕の元までやってくる。
「な、何をすればよろしいでしょうか?」
「次の臓器、君が取り出してよ」
「なっ!?」
「え? 出来ないの?」
「いえ……。出来ます……。出来ますが……」
「じゃぁ、やって。よろしくね」
3番の雑用係の青年は、暁の店の道具のうち、メスのような形状の物を手に取った。そして、恐る恐るといった様子で、台座の前に立った。よく見れば手が震えている。
「君大丈夫? 辞めとく?」
「い、いえ! 大丈夫です。僕がやりますから!」
3番の彼の必死な様子に僕は頷いた。
「なぁ。やめろよ。なぁ?」
磔にされた1番の男は、刃物を手にして正面に立った3番の男に震える声で言う。
「あ、あんなに良くしてやったじゃないか。なぁ?」
1番と3番の雑用係達は仲が非常に良かったらしい。2人で結託して、雑用係の内部で好き放題やっていたようだ。
面倒な仕事は他のメンバーに押し付けたり、解体ショーのような別収入のある美味しい仕事は独占したりと。まるで雑用係のリーダーかのように振舞っていた。
全く、どこまでも愚かだ。雑用係内に上下などありはしないし、あってはいけない。
「3番の君。早くしてくれるかな。もしかしてやり方が分からない?」
いつまでも踏み切れない3番の青年の、刃物を持つ手を僕は支える。そして、1番の男の腹部へと導く。
「ほら、こうやるんだよ。分かるかな。この筋を丁寧に削いでいくんだ。そうすると取りやすくなる」
「あ……あぁ……はい。分かり……ました……」
「や、止め……、止めてくれ……」
そして、無事3番の青年は心臓を綺麗に摘出出来たようだ。泣きながらも丁寧に処置をしてクーラーボックスへと心臓を仕舞っていた。
「いつもよりずっと綺麗に摘出出来たじゃないか。良かったね。3番君」
「は、はい……。ご指導ありがとうございます……」
「うん。君はもう戻っていいよ」
その後僕は、アカツキの進行に合わせて、残りの臓器の摘出、及び頭部の切断を行った。
会場は大いに盛り上がっていた。本当に、彼らはこういうのがお好きなようだ。
「さて、次は誰にするんだい?」
アカツキは僕に笑顔で尋ねる。
「次は10番。グラ頼む」
10番は10歳の少年だ。まだ幼いが不要である。アカツキは僕のその宣言に興味深そうに目を見開いていた。
少年は僕に呼ばれた瞬間に逃亡を試みようと走り出したが、直ぐにグラに捕まり引き摺られて行く。そして、血液が乾いてもいない台座に磔にされた。
「何で僕がっ!!」
少年はぽろぽろと涙を流している。
納得できない気持ちは分かる。少年には特に不正などの罪は無いのだから。明確な心当たりがないのだから、ここで処分される意味が分からないのだろうなと察する。
「ナキリ君。僕も気になるな。何で10番を選んだのだろうか? そして、この順番は何故なのだろうか」
アカツキは興味津々といった様子で尋ねてくる。
もっとサクサク進めていきたいところだが、アカツキに問われた事を無視するわけにはいかない。僕は理由を話す事とした。
「まず、順番に関してですが。数字の若い順番に処分をしていってしまったら、緊張感がなくなると思いました。例えば次に僕が3番を指名したとしましょう。その場合2番が安心してしまうでしょう。これでは処分が進むごとに、全体的な緊張感がなくなっていってしまう。だからランダムに進める事としました」
「ほぅ。成程ね。こうした細かい配慮は有難い! 流石だよ!」
「恐れ入ります」
僕がそう言って丁寧にお辞儀をすると、アカツキはさらに気が良くなったようで、僕の肩を強めに叩いた。
長いものに巻かれておいて損など無いのだ。僕は僕が生き残るための『最善』を続ける。
「僕が何をしたって言うんだよ!」
磔にされた少年の叫びだ。僕は冷めた目で少年を見た。こちらにも理由を言ってあげる必要がありそうだ。アカツキはそれを望んでいる。
「うん。そうだね。君は何もしていない。何もしていないからだよ。だから要らないんだ」
「は?」
「君の上位互換が既にいるんだから、君は不要さ。雑用係を今日処分する目的の1つは、コスト削減だよ。それを考えれば真っ先に下位互換は削るべきだと思わない?」
「だからって!!」
「残念だよ。今日だけでも掃除、頑張れば良かったのに」
「なっ……」
僕は少年の腹をスパッと一気に割いた。途端に線状の傷口から真っ赤な血液がだらだらと流れ出していく。
その瞬間少年は耳をつんざくような叫び声を上げた。
まだ声変わりもしていない少年の甲高い声は鼓膜を突き刺すようだ。また、力の限り暴れる。その影響で応急処置をしたボロボロの台座はミシミシと軋む。
良い反応だ。悪くない。この少年の場合は、テンポが大事だろう。それはアカツキも分かっているようで、どんどんと臓器を競売にかけていく。
僕はそれに合わせて淡々と処理を行う。
補助には、2番の女性の雑用係が付いてくれるようになったので、作業もスムーズだ。やはり2番の女性の雑用係は仕事が出来る。自分と同じ立場の仲間が殺されようとも全く動じていない上、何も言わずとも必要な仕事を自分で見つけて手を動かす事が出来る。そして何より、無駄な口を叩かない。
求められた『役割』を淡々と行う姿勢は雑用係に求められたあり方そのものと言えるだろう。
こういう自分の役割を自覚して動ける人間ほど、生きる事への執着が強い。
どうすれば生き残る事が出来るのか、偶然には頼らず的確に見極めて突き進むタイプだ。きっとこの2番こそ、アカツキのお気に入りだろうと僕は察した。
その後僕はアカツキの進行に合わせて、不要な雑用係達を淡々と処分していった。