後書き
こんにちは。ゆこさんです。ナキリの店を読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
今回、人が人らしく生きていくための戦いというのをテーマに書きました。圧倒的な力に抗い、懸命に生きる人間達を描けていたらいいなと思います。
初めは5万文字くらいでサクッと書いて行こうと考えていたのですが、気が付けば長編になっていました。下剋上して蹂躙する話を何となく書きたいなぁという軽い気持ちで始めた所、最終的に40万字を超え、執筆期間は9か月もかかってしまい、自分でも驚き呆れています。
日々、読んでくださる人達に救われています。
本当に、ここまでお読み頂きありがとうございました。それではまたどこかのあとがきで……。
*2025.4.29
◆おまけ
密会とは
1999.7.2
14:43
チリンチリンと音が鳴って、カフェの扉が開いた。外から差し込む日差しで逆光となり、薄暗い店内からでは客の表情はよく見えなかった。
それでも浮かび上がるシルエットで、だいたい予想はつく。小太りの体型、そしてふさふさの顎髭、堂々とした足取りの男――牛腸は店内に入ると、迷うことなく、周囲を見回すことも無く、案内も無しに奥のテーブル席へと座った。
そのテーブル席には先客がいた。
黒の着物に薄いグレーの羽織を着た男性――六色 鬱金がニヤリと笑いながらゴチョウを迎えた。
「久しぶり。ゴチョウ君」
「ったく。こんな所に呼び出して、何の用だ?」
「そんなに苛立つな。別に無駄足にはさせんよ」
「ふん!」
相変わらずの傲慢な態度にも、ウコンは楽しげに笑う。
「君の計画が順調かどうか、気になるんだから仕方ないだろう」
ゴチョウは目を細めて不服そうな表情を見せた後、諦めたように深くため息をついた。そんな彼の様子に、ウコンはくつくつと笑う。
「私が出資者である事、まさか忘れたとは言わせないぞ?」
「ケッ」
ゴチョウは悪態を付きながらも、その場を去るような事はしない。どこか諦めた様子で、テーブルに肘を付いて、再び大きなため息を付いた。
ゴチョウの計画――プレイヤー達の町を造り上げるという壮大で無謀な計画には、多額の資金が必要だった。その資金は賛同者達から出資してもらい、何とか造り上げたという状況だった。
故に、流石のゴチョウでも、筆頭パトロンであるウコンには頭が上がらない――とまではいかないが、無下にはできない相手だった。
とはいえ、彼等は別に上下の関係では無い。共に野望を持つ同志のような関係だ。だからこそ、ゴチョウは悪態を付くし、ウコンも彼をからかって笑う。それくらいフランクな関係性だった。
だが一方で、そこに馴れ合い等は一切存在しない。互いに認めあった人間同士という間柄でもあった。
と、そこへ。
カフェのオーナーがやって来て、彼等のテーブルに飲み物を置く。ウコンの前にはホットのブラックコーヒー。ゴチョウの前には見るからに甘そうなアイスのキャラメルマキアート。
「おい」
ゴチョウはドスの効いた低い声で発すると、ウコンをギロリと睨みつけた。しかし、ウコンはニヤリと笑い、ゆっくりと口を開く。
「大丈夫だ。ここは既に六色家の土地。それも私個人が治める場所だから、敵は居ないし情報も一切漏れない。安心したまえ」
「……」
「好きだろう? 甘い物」
ゴチョウの見た目や雰囲気とは一切似ても似つかない甘すぎるドリンク。あまりにも不釣り合いと言える。
見るからに若い女性が好みそうな甘いドリンクを飲んでいる姿等、普段の店の連中には死んでも見せられないだろう。そんな話が漏洩するだけでも、今まで築き上げてきた『牛腸という人間』の印象が損なわれてしまうはずだ。
故に、甘党であるゴチョウはしばらく甘いものを封印して生きてきたらしい。
それを目の前に座るこの男は……。
「ケッ」
ゴチョウは再び悪態を着いた後、ストローでクルクルと混ぜ一口飲んだ。
「ふん! 悪くない」
「お気に召して何より。君は酒も飲めないもんだから。何か口にしながら話すのには苦労する」
「うるせえな」
「そういえば、毎晩店で飲み会をしているらしいが、その時はどうしてるんだ?」
ギロリ。
再びゴチョウはウコンを睨む。
「てめぇの名前の付いたドリンク先に飲んでやり過ごしてんだよ!」
「はっはっはっ! なるほど。あれは確かに効く」
ウコンは笑い転げていた。
「そんな君にいい物をあげよう」
ウコンはテーブルの上に小さな紙の袋を取り出し、中身を広げた。それは2種類の錠剤が、それぞれ20ずつあった。
「こっちは酒を飲む前に飲むと酔いにくくなる薬。そしてこっちは飲みすぎた後の二日酔いに効く薬。必要だと思って持ってきてやったが……」
「よこせ!」
ゴチョウはそれをひったくるように奪い取ると、着ていたジャケットの内ポケットへさっさと突っ込んでしまった。
「効き目は抜群だ。なんせ晩翠家の薬なんだから」
「晩翠家だと!? こんな薬売るなんて信じられん」
「どうやら。当主の息子が開発したそうだ」
「あ? 息子って言ったら5とか6くらいのガキじゃ――」
ウコンがニヤリと笑うのを見て、ゴチョウは口を止める。そして、彼もまたニタリと顔を歪ませて笑った。
「晩翠家か。面白い。あと10年もしたら表に出てくるかもしれねぇな。今のうちにコネクションを作っておくべきか……」
ゴチョウは機嫌良さそうにキャラメルマキアートをごくごくと飲む。
「馴染みの客がよく二日酔いで来て辛そうにしているのを見て、開発したって話だ」
「何ともいい子ちゃんだな」
「あぁ。面白くなりそうだ」
ウコンも機嫌良さそうにホットコーヒーを静かに飲んだ。
「それともうひとつ。東家は知っているかな?」
「情報屋だったか?」
「そうだ。彼等の事は謎が多くて余り情報がないが……。どうやら、色々と派閥があるらしい」
「派閥だと? 仲間割れか!?」
ゴチョウは少し驚いたように食い気味に聞き返す。派閥があるとなれば、意見がぶつかり合って仲間割れをしているのではと想像したのだろう。
しかしウコンは、依然として落ち着いた様子で続ける。
「いいや。彼等は仲間割れなんてしない。ただ、積極的に情報を使って行動するタイプと、ひたすらに情報を集め処理するタイプがいるという話だ。単独で動く元気な奴もいるらしい」
「単独……って事は、もしかするとその辺に紛れてるって事か?」
ウコンは何も答えなかったが、そのニヤリと笑う表情から肯定しているのだと伝わる。
「東家にそんなお茶目な人間がいるとは驚きだ。これは面白くなりそうだな」
「彼等は武力がないんだ。あまり乱暴に詰めるなよ?」
ウコンのその忠告は聞き入れられているのやら。
ゴチョウは悪巧みをする時の、非常に悪人らしい顔つきでニタニタと笑っていた。
「じゃあ、そろそろ君のターンだ。近況を教えなさい」
「ふん! 仕方ねぇな。何が聞きたい」
「決まっているだろう。君のお気に入りの雑用君だよ。鬼人を覚醒させたって言う彼だ。その後どうなった?」
「あいつか? 順調に育っている」
「もっと詳しく」
ゴチョウはあからさまに嫌そうな顔をする。
「そんなに隠しておきたいとは……。余計に興味を唆るってものだ」
「ケッ。そんな楽しいもんじゃない。ただ、未完成だから見せたくねぇだけだ」
「未完成とは?」
「将来店主になれるだけのスキルはあるし、優先順位の付け方、非情さ冷酷さ、度胸も警戒心も十分だ。他人から影響を受けて価値観が変わるなんて事もないから、行動指針がブレる事も無い。だが、向かうべき目標がねぇ。つまりあいつ自身にやりたい事――野望がない」
ウコンはそれを聞いてキョトンとしていた。
「そんな人間……。有り得るのか……?」
「生きたいという漠然とした、本能的な願望はあるようだが……。やりすぎたかもしれない」
「……」
ウコンはそれを聞いて、顔面を手のひらで覆うと、呆れたように笑った。
「彼にあてがった女の子は?」
「あぁ、氷織か。仲良くしてるみたいだ。どうも、ヒオリの方があいつにお熱みたいだが。あいつも満更でもなさそうだし、順調だろうな」
「何とも適当だな」
「その辺はトラが面倒見てる。俺は知らん」
知らないと言い切ったゴチョウに対し、ウコンは深く溜め息を付いた。
「まずはあいつを副店長にして、外部とのやり取りの方法を学ばせて経験を積ませる。暁の親父と、鮫龍あたりが放っては置かないだろうから、教育面は何とかなるだろう」
「確かに、彼等は放っては置かないだろうな。ミヅチ君なんて後輩を可愛がるタイプだから、きっとちょっかいをかけそうだ。容易に想像出来る」
「だろ?」
ゴチョウはニタリと笑いキャラメルマキアートを飲み干した。
「副店長になれば、自分の意思に関係なく、望まずとも、あらゆる物を手に入れる事になるはずだ。そこには手放せない物も必ずあるだろう。そうすれば自ずと野望もできるに違いない」
「確かに。それはそうかもしれない」
「どんな野望を持つかは知らねぇが、俺自身、あいつに喰われねぇように気をつけないとな」
ゴチョウはそう言って楽しげに笑っていた。
そして、おもむろに立ち上がる。話はこれで終わりだと言わんばかりだ。
「君が喰われるなんて事もないだろうに」
「さあな? それはこれからの楽しみだ。邪魔したな」
ゴチョウはカバンを持つとさっさと店から出て行ってしまった。滞在時間はほんの数分。10分にも満たない短い時間だった。
「次は甘い菓子でも用意しないとか……」
ウコンはそう零してコーヒーを飲む。まだ暖かく湯気の立つそれの香りを楽しみながら、思考をめぐらす様に目を閉じていた。
「次は食べるのに時間が掛かる甘い物……ですか?」
カフェのオーナーは、ゴチョウが飲み干したキャラメルマキアートのグラスを片付けにやって来て、ウコンに問う。
「何かいいものはないかな?」
「そうですね……。ケーキやアイス等は……?もしくはパフェなんかだと食べるのに時間がかかるのでは?」
「パフェか………。全く似合わないな……」
「えぇ」
ウコンはくつくつと笑う。オーナーも堪らず小さく笑ってしまった。
小太りで髭面、更には強面のゴチョウが、パフェを食べる姿を想像してしまえば、たまらず笑いが込み上げてくるというものだ。
「また、彼を呼ぶ時には頼む。あんなに甘党なのに、普段は一切食べられないそうだから。せめて私の前でくらい、とびきりのスイーツを出してあげたい」
「承知致しました」
ウコンはコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「今日も美味かった。ありがとう」
そう言って彼は店を去っていった。
こうして町外れの静かなカフェでの密会は終わったのだった。