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終章-3.エピローグ 2007.2.20

 夕方16時過ぎ。百鬼(ナキリ)の店は開店する。

 とはいっても、開店した直後には滅多に客は来ない。


 僕はいつも通り事務処理をしながら店のカウンター奥の椅子に座り、待機していた。

 

 今日仕事の報酬を貰いに来たり、仕事を受けに来る野良プレイヤー達のあたりは付いている。この暇な時間に、彼等のための準備を淡々と進めるのだ。

 殆ど雪子鬼(セズキ)が前日までに準備してくれているので、僕は最終チェックを行うだけだ。

 彼等が来るのは早くても1時間後。僕は温かいコーヒーを飲みながら、ゆっくりと作業をしていた。

 

 しかしながら、この日はいつもとは異なっていた。

 開店時刻からほんの数分たっただけの頃。突然扉の向こうに強烈な気配を感じた。

 僕は顔を上げてそちらへと視線を向ける。


 この気配は知らない気配だ。間違いなくプレイヤーだと分かる。だが、今までに感じたことが無いくらい、存在感のある気配だった。

 ただ、敵意がある様には感じないので、仕事を貰いに来た新規の野良プレイヤーだろうか。そんな事を考えながら待っていると、扉がゆっくりと開いた。


「やぁ! やぁ! 久しぶりだぁね。百鬼(ナキリ)君」

「え……」


 僕は思わず声を漏らし硬直した。

 そこに現れたのは、ある1人の女性だった。

 

 緩くウェーブが掛かった長い黒髪、毛先には赤いメッシュが入っている。

 一重の瞼に赤い瞳。そして、憎たらしい程に自信満々の表情。

 それはまさに、約10年前この場所で、僕に百鬼(ナキリ)という名前を付けたあの少女だったのだ。


「キャハハハッ! 良い驚き具合じゃんねぇ!?」


 彼女は楽しそうに笑うと、僕の目の前までやって来た。

 今ならはっきりと分かる。彼女は相当強い。僕よりも遥かに。もしかしたらグラよりも強いかもしれない。


「お久しぶりですね。六色 柘榴(ロクシキ ザクロ)さん」


 僕は敬意を払って答え、立ち上がると深く礼をした。

 彼女は僕よりも年下だ。10年経った今でも、あどけなさの残る少女といった印象だった。だが、決して侮ってはいけない人物だ。むしろ、僕ごときが気軽に話しかけていい人間でもない。僕は失礼の無いように振舞った。

 

 彼女の名前は六色 柘榴(ロクシキ ザクロ)六色家(ロクシキケ)の赤の当主だ。

 今や最強の殺し屋一族である六色家の人間であり、さらには一族内の赤の派閥を治める当主である。そんな大物だったのだ。

 あの時は、赤い瞳の不思議な少女としか思っていなかったが。調べてみればとんでもない人物だったわけだ。


 僕がその事実に気が付いたのは、僕の店が安定して少ししてからの事だった。大規模組織と六色家、そして(アカツキ)と警察の間で結ばれた契約についての、詳細な情報を仕入れた時に気が付いたのだ。

 その契約の場には彼女もいた。情報には彼女の容姿についての記載もあり、まさか……と。


「なぁんだ。知っていたのか」


 ザクロは口を尖らせて言う。もしかすると彼女はこの場へ来て正体を明かすことで、僕を驚かせたかったのかもしれない。

 

「流石……だぁね。それにしても、随分と立派になったじゃんねぇ? 君の活躍は沢山聞いている。大物になるとは思っていたが、これ程までになるなんて思っていなかったぁよ」


 彼女はニコニコと笑う。どこか満足そうだ。直々に名を与えた人間が、成果を上げたと見て気分が良くなっているのかもしれない。

 それにしても彼女は一体ここへ何をしに来たのだろうか。まさか世間話をしに来たとも思えない。かといって、僕の店に仕事を貰いに来るような立場の人間でもないだろう。


「さて。本題だぁよ」


 彼女は一転して、ニヤリと笑った。悪戯を企む子供の様な表情ではあるのだが、いかんせん圧が凄い。

 僕は緊張しながらも彼女の言葉を待つ。


「巫女を探せ」

「巫女……ですか……」

「そうだぁよ。気まぐれな巫女さんがいるからぁね。彼女を探すといい」

「はい……。分かりました」

 

 僕はとりあえず返事をしたが、正直良く分からない。

 何故巫女を探さなければならないのか。そして巫女を見つけるとどうなるというのだろうか。

 

 彼女は僕が困惑する様子を暫く楽しそうに見ていたが、補足説明を行うように、ゆっくりと口を開く。


「奇跡と呪いは紙一重だぁよ」

「奇跡と呪い……?」

「あぁ。その通りだ。奇跡。まさに奇跡。どんな病気も治せるらしい!」

「なっ!?」


 僕はその言葉に驚き反応してしまった。どんな病気も治せるだなんて、そんな奇跡が本当にあるとでもいうのか。


「キャハハハッ! 巫女なら、君の大事な人の病を治せるかもしれない」

「な、何故それを……?」


 僕は更に困惑する。

 今も殆ど目を覚まさない氷織(ヒオリ)の事を知っているというのにも驚きであるし、さらに、何故そんな情報を僕へ与えたのか。

 罠だろうか。だが彼女の様な立場の人間が、一介の店主である僕へ罠を仕掛ける理由も思いつかない。


「お礼だぁよ。六色家は君の働きがあったことで、多くの命が救われた。これは紛れもない事実だ。君達の働きが無ければ戦いはもっと長引いて、犠牲もずっと増えていただろう。そんな君に、少しでも礼が出来ればと思っただけだ。今君が欲するものは、きっと巫女の情報だろうと思って、伝えに来た」

「ありがたく頂戴します」

 

 僕は再び頭を下げた。

 彼女が言う、気まぐれな巫女が見つかれば、ヒオリはまた動けるようになるかもしれない。そう思えただけで涙が出そうだった。

 全く希望の無い暗闇の中に、小さな光が見えたようで。やるべき事がハッキリした事で僕は救われるような思いだった。


「ただし。気を付けるんだぁよ。もう一度言うが、奇跡と呪いは紙一重。奇跡を受けるに値しなければ呪いを受けるからぁね」

「分かりました」


 抽象的な表現であるため、確かな事は分からない。

 だが、下手をすれば命を落とすような処置を行うという事なのだろうと思う。

 ハイリスクハイリターン。イチかバチか。そんな賭けなのだろうと推測した。それでも、間違いなく希望だ。現状手立てが何も無い僕にとっては、本当にありがたい情報だった。


「それじゃぁね。要件は以上だ」

「ありがとうございました」

 

 彼女はニッと得意げに笑うと、扉の方へと向かって颯爽と歩いて行く。

 そしてドアノブに手を掛けた時、おもむろに僕の方へと振り返った。


「前見た時、君の背後で暴れたがっていた鬼達は……。今は君のすぐ隣で、元気に暴れているようだぁね。そんな姿が見られて良かったぁよ」


 彼女はそう言って扉を開けると、店を去って行った。

 

 僕は彼女を見送ってから暫くの間、立ったまま放心していた。今起きた出来事が、まだ信じられずにいる。白昼夢を見ていたのだろうかとすら思えてしまう。

 それくらい衝撃的だったのだ。


 僕はゆっくりと椅子に座り直し、細く長く息を吐きだした。そして心を落ち着ける。

 これからすべき事をじっくりと整理していった。

 

 『最善』を尽くそう。

 そう心に決めて。

 

 新しく見えた有力な希望に、僕は安堵しながら小さく笑ったのだった。

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