終章-1.再始動とは 2006.8.13
真夏の炎天下。ついに出来上がった店の建物を僕は見上げた。解体工事から始まって、建物を計画して建てていく業務は非常に難しく骨が折れた。それでも、街の商人たちの知恵を借りながら、ようやく完成したのだった。
地上7階、地下1階の建物であり、店は変わらず地下に配置した。セキュリティの関係上、不特定多数が出入りする店は地下の方が管理がしやすいという判断だった。きっと牛腸もそんな考えで、かつての店を計画したのだろうなと想像する。
上階には、僕の住居の他、プレイヤーや従業員達の住居、医務室、フィットネスルームなど元々あった施設があり、さらに外部の人間を招き入れる応接室や会議室等も追加した。
そして、建物にはちゃんとエレベーターも設計した。いつだったか、爛華にエレベーターを付けろと文句を言われたのを思い出すと笑ってしまう。あの頃に懐かしさを感じて僕は小さく息を吐いた。
「感慨深い?」
「まぁね。やっと店ができたんだ。長かったよ」
1年と少しかかってしまったが、ようやくちゃんとした店として構える事が出来る。
隣に立つグラも建物を見上げていた。僕と同じように、建物が無事出来上がったことに安堵しているのかもしれない。
この頃になると、町への襲撃は殆ど無くなっていた。大規模組織以外の武力組織から、物資の強奪目的で襲われる事はあっても、僕達はそれらを軽々と退けて、しっかりと武力を外部へと知らしめていた。
また、今ではこの町には沢山の鬼人が住んでいる事から、『鬼の塒』や、『鬼の町』として呼ばれるようになっていた。鬼人の存在も裏社会へ周知され、この地に集まっているという認識が広がっていた。しかしながら、同時に武力を示したことで鬼人を狙う者は僅かだった。
この調子であれば、彼等が彼等らしく窮屈な思いをせずに生きられる日は近そうだと感じる。
「さて。町の見回りしようか」
僕はグラと共に歩き出す。
長い戦いの中で、僕達は本当に多くのモノを失った。住む場所も十分な物資も、そして大切な仲間達も。
東鬼は右足を失い、雪子鬼は左目を失い、更に精神的にも深く傷つけられた。鬼楽に至っては未だに消息は掴めていない。
牛腸とトラ、そして店のプレイヤー達は、僕の周りにいた鬼人達と氷織を除いて全員殺されてしまった。懇意にしていた野良プレイヤー達もだ。
生き残ったヒオリだって、左足の太腿から下を失い、薬の影響と長期的な虐待を受けたせいで、脳に重い障害が残ってしまった。
また、鮫龍も恐らく亡くなっているという話だった。死体は未だに見つけられていないが、襲われた鮫龍の店の様子からそう判断されている。
襲撃時、鮫龍の店で戦っていたプレイヤー達も大勢亡くなっているという話も聞いた。そこには避難シェルターへ逃げてきた子供達の両親や兄弟もいたそうだ。
そして、避難地域では多くの住民達と爛華を失った。ノリさんの情報によれば、常駐していた晩翠家の男性も行方不明のまま見つかっていないと言う。
僕達が避難地域に辿り着く前に、多くの物資と捕虜が麒麟に持ち去られたと言う話なので、捕虜として連れて行かれてしまった可能性があるそうだ。
僕達は大事なものを本当に本当に……、沢山、沢山失った。もう二度とこんな思いはしたくないと心から思う。まるで体の一部を失うかのような痛みと虚しさだ。こんな事、二度とあってはいけない。
この裏社会が一般人の社会の様に平和になる事は永遠にないだろうが、せめてこの町では、武力の無い者も生き生きと人らしく生きられる場であって欲しいと願う。
そのためには、圧倒的な武力が必要になるというのも、皮肉な話ではあるのだが。
幸い僕達にはその圧倒的な武力がある。今後も戦い続ける事で、この町を守っていきたい。
まずは、店の建物がしっかりと出来上がったことを喜ぶべきだろうか。望む未来に確実に1歩近づけたのだ。理想の姿には程遠いが、いつか必ず理想の町を造り上げたい。
「どこから回るの?」
「近くから順番に。建て替えた建物のチェックもあるし。住み込みで商人として働く鬼人達の様子を確認する必要もあるし。やる事は沢山あるよ。午後には東鬼と雪子鬼がこの町に戻って来る予定なんだ。さっさとやってしまおう。まずはパン屋からかな」
店の建物が竣工したため、本日午後、シノギとセズキがこの町へ戻ってくる予定だ。そして、店の開店準備を手伝ってもらう事になっている。
やっと僕の店――『百鬼の店』が本格的に始動する。僕は店主として店をしっかり運営していけるだろうか。ノウハウはあってもやはり不安だ。責任と言う重圧が重くのしかかってくる。
それでも、僕は沢山の仲間達に囲まれているのだ。一人ではない。店だって町の運営だって、彼等と共に造り上げていけばいい。そう考えれば少しだけ気持ちが楽になった。
僕達は町の様子を観察しながら、早速パン屋へと向かう。
パン屋では3人の鬼人達が弟子入りをして、住み込みで働いているという話だ。
「こんにちは」
僕は扉を開けて挨拶する。すると室内カウンターや陳列棚前には鬼人達が待機しており、僕達に笑顔を見せてくれた。
「どう? 調子は」
「はい。だいぶ慣れてきました。パンの作り方を少しずつ教えて頂いてます。接客はまだ苦手なんですけれども……」
レジに待機していた鬼人の男性は苦笑しながら答える。確かに接客は彼等にとっては苦手分野だろう。それでも逃げたり避けたりせずに、取り組んでいるようだ。
と、そこへレジの奥の部屋からパン屋の親父さんが顔を出した。
「おう。来てたのか。見回りかい?」
「はい。問題が無いかと皆の様子を確認しに」
「そうかそうか。ご苦労様」
親父さんはそう答えると、にこりと優しい笑みを見せる。
「彼らは頑張っているよ。飲み込みも早いし。もう少ししたら彼等が焼いたパンが並ぶだろうな」
「ほぅ……。それは凄い」
「それに、用心棒にもなってもらっているから、非常に助かっているよ」
「それは良かった」
どうやら、鬼人達は上手く馴染めているようだ。
鬼人は強いというイメージが社会に浸透しつつあるのも後押ししているのだろう。彼等が店に立つことで、ゴロツキ達も大人しくなるようだ。これは良い効果かもしれない。
うまく共存して回っているのを確認出来て僕はほっとする。
「ほら。これ持ってけ!」
「え? あ、ありがとうございます」
手渡されたトートバッグの中身を見ると、沢山のパンが入っていた。
「そのパンは彼等が焼いたパンだ。見た目が整っていないから、まだ店には並べられないが、十分美味しい。子供達と食べてくれ。そんで感想を貰えると嬉しい」
「分かりました」
僕は有難くパンを受け取った。よく見ると、どのパンを誰が作ったのか、分かるように付箋が貼られていた。
顔を上げて鬼人達を見ると、少し緊張した面持ちだった。きっと一生懸命作ったものなのだろう。これはしっかりと味わって感想を伝えなければ。
「食べ終わったら感想を言いに来るよ」
僕は彼等にそう告げて、パン屋を後にした。
鬼人達の多くは、このように商人達の元で住み込みで生活することになった。手に職を付け、生計を立てようとしている。勿論、有事の際には防衛ラインとなれる様に、狙撃や体術の訓練は継続しているそうだ。
一方で覚醒した者など、積極的に戦う事を選んだ鬼人達は、僕の店の専属プレイヤーとなった。この町の中に住居を持ち、プレイヤーの仕事をこなしながら生活している。
うまくこの町に溶け込めたようで、本当に良かったと感じる。鬼人達を受け入れてくれた商人たちの懐の深さにも感謝している。
「あ! ナキリさ~ん!」
遠く、天鬼の声が聞こえた。そちらの方向へと視線を向けると、道具屋の前でアマキが僕達に両手を大きく振っていた。
アマキの後ろでは、道具屋で働く事になった鬼人の男女もいる。彼等も僕達に気が付くと、ぺこりとお辞儀をして笑っていた。
アマキは一体道具屋で何をしているのだろうか?
僕達は早速アマキの元へ行ってみる事とする。
「アマキはここで何をしてるのさ」
「お手伝い!」
「え?」
僕はグラと顔を見合わせる。道具屋では味見なんて手伝いは存在しない。
一体どんな手伝いをしたのだろうか。
「おじさんがぎっくり腰になっちゃったから、荷物を運んでたんだよ~」
アマキは笑顔で報告する。これは褒めて欲しいのだろうなと感じる。遠くから僕達を呼んだ理由はこれかと思うと笑ってしまう。
チラリと背後にいた鬼人の男女を見ると、アマキの様子を見てクスクスと笑っていた。
「アマキ君はちゃんと手伝っていましたよ。工具類とか重いものも軽々と運んでくれて、とても助かりました」
鬼人の女性はそう言ってほほ笑む。どうやら本当にお手伝いをしていたようだ。
誰に言われるでもなく、自ら手伝いをするなんて、本当に驚きである。また1つ、アマキは成長したようだ。
「やるじゃん」
グラは早速アマキの頭を撫でまわす。するとアマキはとても嬉しそうに腕をブンブンと振っていた。
道具屋でも鬼人達は順調に仕事が出来ているようだ。彼等の明るい表情を見られて良かった。
「午後には、シノギとセズキが帰って来るから、それまではお手伝い頑張って」
「は~い!」
僕達はアマキと別れると、町の見回りを再開した。
こうして町を歩くのは良い。
少しずつ前に進み、立ち直っていく彼等の営みを見ていると、かつての姿を取り戻すのは時間の問題だなと感じる。
ミヅチやノリさんが願った鬼人達の町。そして、ゴチョウや商人達が願ったプレイヤー達の町。
それは僕達の願った物でもある。そんな理想へ向かって、今着実に動き出した。
僕達はこれから、そんな町を自らの手で造り上げていくのだ。僕は気持ちを新たに、前向きに進んでいくのだった。