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ナキリの店  作者: ゆこさん
15章 ホームへの帰還
115/119

15章-7.宣言とは 2005.6.14

 その日。2005年6月13日。殺し屋を生業とする一族である六色家(ロクシキケ)によって宣言がされた。それは、麒麟の本部が完全に潰された直後の出来事だった。

 宣言の内容は、『大規模組織による、社会を混乱させる行為は、これ以上許容しない』という内容だった。私利私欲から周囲を巻き込んで悪質な行為を行い、裏社会の均衡を崩す行為は認めないというものだった。


 バランスを崩す行為があれば、直ぐに六色家が動き、武力をもって排除するのだと言い放ったのだ。麒麟(キリン)を壊滅させた事でその武力が本物であり、侮ることが出来ないと言う現実を知らしめた。

 金で解決などするつもりは無いと。武力で六色家に勝てるものならやってみろと。そんな強気の宣言だった。


 勿論、そこには詳細な取り決めがあり、契約が交わされているのだそうだ。その内容はまだ僕達の元には情報として流れてこないが、そのうち明らかになるだろう。

 ざっくり言ってしまえば、世の中のパワーバランスを崩し、治安を悪化させたり乱す行為を大規模組織が行えば、六色家が武力を持って制するから覚悟しろという話だ。

 そうやって六色家は武力の象徴となり、大規模組織を牽制したのだった。


 金で解決などしてやらないという強い意志がそこにはあった。金さえ渡せば何でも思い通りにできると考えていた大規模組織にとってみれば、相当な制限だろう。

 金があるだけではどうにも出来ない武力を前に、大人しくならざるを得ないはずだ。


 こうして、裏社会に新しいルールが出来上がり、僕達の常識を変えたのだった。

 今後も金に釣られて大規模組織に付くプレイヤーはいるだろうが、強者であればあるほど、六色家を敵に回したくないと思うだろう。

 きっと、六色家は鬱金(ウコン)のようなとんでもない強者がゴロゴロいるところなのだ。そんな所に喧嘩を売りたい者など居ないだろう。


 その宣言がされた日から一夜明けて。

 僕は警戒態勢を維持しながらも、町のこれからについて静かに考えていた。

 店の建物の1階。元は倉庫があった空間に小さな机と椅子を置いて、一人静かに思考する。

 外から差し込む初夏の日差しが、何もない空間の床を照らしてキラキラと光を反射している。そんな光を見つめながら。

 少し埃っぽい空気は体にまとわりつくようで、あまり居心地の良い場所ではないが、今はここが僕の書斎だった。

 

 ブーッ……ブーッ……ブーッ……ブーッ……。


 そんな所へ、沈黙を破るように僕の携帯電話のバイブレーションが鳴った。画面を開いて確認すると、(アカツキ)からの着信だった。

 僕は応答ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。


「はい。百鬼(ナキリ)です」

『あぁ。繋がって良かった。ナキリ君久しぶり』

「お久しぶりです」


 アカツキの声色は明るい。とても機嫌が良さそうだ。

 

『電話をしたのはいくつか要件があるからなんだよ。まず初めに。宣言の事は聞いたかな?』

「はい。詳細まではまだ不明ですが、ざっくりとした方針は知っています」

『流石だね』


 アカツキはそう言って、楽しそうに笑っていた。


『詳細な内容を教えるから、よく聞いて』


 彼は『宣言』についての細かい話を教えてくれた。彼は当事者として、契約の場にいたそうだ。だから、最も詳しい人物と言っていいだろう。

 

 彼の話によれば、宣言は、麒麟(キリン)以外の大規模組織に対して行われたそうだ。彼等が今後、仲介の店や、殺し屋の一族など、一定規模の武力組織へ、むやみに手を出すことを禁ずるものだと言う。

 一定の規模の武力組織を壊滅させる行為は、行き過ぎれば裏社会全体のパワーバランスを崩し抗争を起こしかねないからであり、それは治安の悪化を招く。裏社会全体の治安の悪化は、全体にとってのマイナス行為であることから、認められないという話だった。パワーバランスを崩す行為が行われた場合、六色家が問答無用で制裁を行うそうだ。

 

 それを聞いて僕は、何とも曖昧な定義だと感じる。いくら契約を結んだからと言って、そんな口約束みたいなものをどうやって守るつもりなのかと、僕は疑問に感じながら説明を聞いていた。


『一定の武力組織というのはね、届け出をし認められた団体を指す事にしたんだよ』

「届け出……?」


 アカツキは僕が疑問に思っていた部分を補足説明してくれた。しかしながらその説明でさらに疑問が湧いてしまう。

 届け出とは一体……?


『警察組織へ、届け出を行い認められた団体に対して、手を出してはいけないという決まりにしたんだ』

「は?」


 僕は思わず声を漏らした。今、アカツキは『警察』と言ったのだろうか。全く意味の分からない状況に僕は混乱し始めた。


『一般人を守る組織である警察にね、新しく裏社会を専門とする部署が出来上がった。その部署の目的は勿論『一般人を守る事』だ。今回麒麟は多くの一般人にも手をだし、あちらの社会も混乱させたんだよ。だから今後、こちら側の人間があちら側の人間に迷惑を掛けないように、明確に棲み分ける必要がある。それを管理するのがその新しくできた警察の部署だよ』

「はぁ」


 言っている事は分かった。だが僕は、あまり信じられずにいる。


『正直上手くいくかは分からないけれどね。やってみる価値はあると思えたよ。それに、その裏社会を担当する警察の部署の頭である男は、非常に頭の切れる若者だったから。何とかなるだろう』

「……」


 僕は何も言えず、ただ頭を抱えた。

 もしその話がうまくいって、アカツキの言う理想通りの動きが出来たのであれば、この裏社会は随分と安定し治安は良くなるだろうと思う。

 届け出を出して認められた店であれば、大規模組織から狙われなくなり、深淵の摩天楼があった時の様な社会に戻るのではないかと思う。深淵の摩天楼が担っていた役割を今後はその警察と六色家がやるつもりなのかもしれない。


『それでもう一つ。ナキリ君には伝えておくことがあってね』

「はい」

『その届け出、出しておいたから』

「え?」


 僕が困惑しているのが面白かったのだろう。アカツキは電話越しでも分かる位大笑いしていた。


『『百鬼(ナキリ)の店』として、届け出を出して既に受理されている。だから今後大規模組織から狙われることは()()()無くなったよ』

「え? え? ちょっと待って――」

『何を今更焦っているんだ。君はこれからその町で店を持ち、その店の店主となるんだ。覚悟ぐらい出来ていたんじゃないのかい?』

「……」

『もう牛腸(ゴチョウ)君はいないんだ』


 僕はその言葉に胸が締め付けられた。

 もうゴチョウはいないのだ。この町を影で動かし守っていた店主はいない。現状店も無い。


 だが、この町を今後周囲の悪意から守るためには拠点となる店を置くべきだ。新しくできたルールを考えれば、店を置かない訳にはいかない。

 それに、鬼人達の未来を考えれば、店がある事のメリットは多々ある。尚更店を置かなければとすら思えてしまった。

 

 故に僕はぐっとネガティブな感情を一気に飲み込んだ。

 そして口を開いた。


「はい。分かりました。店主として店を立て直します」


 これからは僕が店主として。

 この町と鬼人達とプレイヤーを守っていくのだと、覚悟を決める。


 早急に立て直さなければ。僕は頭の中で新たに増えてしまったやるべき事を描いて行く。


『うんうん。頼んだよ。もう既にこの社会で君の事を知らない人間なんて殆どいないんだ。それ程の事を成し遂げた君ならば、立派な店主になれると僕は信じているから』

「……」


 僕はアカツキの言葉に答えられない。と言うより困惑した。

 アカツキが言ったような僕に対する認識は、正しいとは思えなかったからだ。戦い抜いたのは事実であるが、それが周囲にどんな影響を与えたというのか。あまり理解出来ずにいる。


『どうやら、君は君自身が成し遂げた事を正しく理解出来ていないようだね。ナキリ君が成し遂げた事、それを一言で言えば『この社会に希望を与えた事』だよ』

「希望……?」

『その通り。深淵の摩天楼が解散して以降、大規模組織には誰も敵わないと、皆戦う事すら諦めていた。そんな強大な敵に、店という小規模な団体が結束して立ち向かい、見事勝ち抜いたという事実は、多くの人間の希望――ロールモデルとなったんだよ』


 そんな大袈裟な……。と、僕は思う。

 そもそも、誰かの希望となりたくて行った事では無い。自分達の為の戦いだったのだ。だから、そのように認識されるのには抵抗を感じる。


「それを言うなら、アカツキさん達の方が希望となったのではないでしょうか……?」

『はっはっはっ。君は本当に自覚がないね』


 僕は再び何も言えなくなる。

 そこまで笑われるような事を言っただろうか。


『僕達は特別視されているから、今更暁の店の人間が何かをやったって誰も驚かないし、自分達と同一視なんてしないよ。君達のような()()()()団体が、それも、一度は負けた君達が返り咲いた事が特別なんだよ』


 成程な、と。僕は何となくアカツキが言いたい事が理解出来た。

 『大規模組織には到底敵わないと思えるような規模の団体である僕達が抵抗し続け、最終的には勝利を収めた』という事実は、詳細な状況を知らない人間から見れば、それはそれは特別に見えたのだろう。

 僕達だって、アカツキ達ほどでは無いが充分特殊な集団だ。ロールモデルにするには不適切である。だが、そんなもの外部からは分からない。店と言う括りしかない、小規模な団体でしかないのだから。


『きっと君は不本意だろう。そんなつもりは無かったと言うのだろう』

「そうですね。その通りです。それにこの結果は僕達だけで成し遂げられた事ではありません。東家(アズマケ)の方や、他の店主達、鬱金(ウコン)さんの協力があってこそ。そして、牛腸(ゴチョウ)さんと鮫龍(ミヅチ)さんが残した物があってこその結果です」


 僕達が勝ち抜くことが出来たのは、多くの人達の協力があってこそだ。それを無視して、僕をまるでヒーローの様に、希望の象徴のように扱われるのは良い気分はしない。

 単独での成果ではないのに、そんな見られ方をするのは正直重い。可能な限り避けたい重みである。


『そういう所はしっかり見えているのに……。君は本当に面白い。だからこそ、その結果が付いてきた、いや、皆が君に希望を託したんだろうけれどね』


 アカツキはそこで、小さくため息をついたようだった。僕の物分りの悪さに呆れているかのような様子だ。


『いいかい? 君の気持ちや考えは理解出来る。だけど、今大事なことは最終結果を見る事だよ。君はこの社会の希望となった。これは事実だ。『店という小規模団体でも、結束すれば大規模組織にも抵抗できる』というロールモデルになったんだ。そういう認識を社会に植え付けたんだよ」


 僕はその言葉の意味を受け止める。

 確かにアカツキが言う通り、客観的に見ればそう見えるものだと言うことを今更ながらに理解した。


「それはつまり、たとえ大規模組織でも『店に手を出す事は大きなリスクを伴うものだ』という認識に変えさせたんだ。これは非常に大きな成果なんだよ。だから、腹を括って、不本意でも背負いなさい。プレイヤー達だけじゃなく、この裏社会で生きる弱き者達にとっての希望の象徴として、君はこれから生きていくんだ』


 アカツキは、諭すような物言いだった。だが、やはりそれでも僕は、その荷を背負いたくないという気持ちが残る。そんな期待や注目を背負えるとは思えないし、やはり背負いたくないと感じる。

 僕は拒絶感を抱いていた。そもそも注目される事はリスクに繋がるのだ。鬼人達を守るためにも避けたい考えは揺るがない。


「どうしてそこまで……?」


 僕は尋ねる。

 どうしてアカツキはそんな事まで要求してくるのだろうか。周囲の期待にまで答えることを求められるのか理解ができない。

 だが、わざわざ直接明言してくるのだ。相当な意志がそこにあるという事だけはわかる。

 

 するとアカツキは再び大きなため息をついたあと、少し笑ったようだった。そして、ゆっくりと話し出す。


『決まってるじゃないか。これからの社会を作っていくのは君達若者なんだから。残念ながら今までこの社会を作って導いてくれていた人間は、この戦いで殆ど死んでしまったんだよ。だから、今後の社会を引っ張っていく人間の1人としての自覚を持てと言っているんだ。君には『明るい未来への希望』という役割が出来てしまったんだから。いいね?』

「……」

『もう、君は誰かに付いていく側の人間じゃない。先頭を歩いて周りの人間を引っ張っていく立場の人間だ。ゴチョウ君にも出来なかった事を成し遂げた君ならば、きっと可能だと僕は思っているから。分かったかい?』

「分かり……ました……」

『よろしく頼むよ』


 アカツキは満足そうにそう言って通話を切った。


 僕は通話終了のボタンを押して、携帯電話を胸ポケットへと仕舞った。

 そして細く長い息を吐き出す。


 まさか、僕の知らない所で僕は店主になってしまっていたなんて。勝手に昇格させないで欲しい。

 その上、この社会の未来までも背負わされてしまった。もう、誰かに付いていく立場ではないというアカツキの指摘は、僕の精神を深く深く抉った。


 全く……。勘弁してくれ。 


 相変わらずアカツキには振り回されるのだなと感じて、僕は自嘲気味に笑う。


 僕は気持ちを落ち着けるために、屋外へと出た。

 そして外の空気を吸い込み日差しを浴びた。初夏の暖かい風が吹き抜けていく。

 どこか清々しい空気は、僕の昇格を祝っているかのようで。


「あれ。ナキリ。何か良いことでもあった?」


 僕が屋外に出た所で、それに気が付いたグラが僕の元までやって来た。

 彼は早速僕の表情と雰囲気から何かを感じ取ったのだろう。首を傾げながら問われてしまった。

 

「ん。昇格した」

「昇格?」

「そう。どうやら僕は店主になってしまったみたいだ」

「へぇ。おめでとう?」


 何故か疑問形の祝いの言葉に僕は笑ってしまった。


「間もなくこの戦いも終わって、治安は安定するだろうってアカツキさんから連絡があった。だから、周りが安定したら店を立て直そう」

「うん」

「この店の建物も建て替えようか。全部新しくしてしまおうかな」

「ふ~ん。良いじゃん」

 

 隣に立つグラはクスクスと笑っていた。


「そうは言っても、しばらくの間は敵襲を警戒しないとね。完全に落ち着くのはいつになるやら……」

「終わりが見えてるだけマシ」

「確かに」


 僕達は笑い合って互いを小突いた。

 

 この長く辛い戦いはついに終わりを迎えるのだ。

 完全に戦いが無くなるわけではないのは分かっている。今後も防衛し続けることには変わりない。

 だが、それでも以前のような、小さな幸せを楽しめるような状況に戻れるのだと思うと嬉しくなる。

 やっと僕達は希望を掴むことが出来たのだと、心からそう思えたのだった。

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