15章-6.防衛戦とは 2005.4.20
僕は牛腸の店の建物前に鬼人達を全員集めていた。
彼等はしっかりと武装しており、直ぐにでも戦える状態だ。そして、彼等の覚悟が決まった顔つきを見て、僕は安心すると同時に勇気を貰う。
「これからは防衛戦だ。この場所を守る為に戦う。防衛戦に終わりは無い。だから、攻め落とす以上に難しいんだ。ここからが本番と思って欲しい」
これからが戦いの本番と言っても過言では無い。
僕達にとっては慣れ親しんだ土地であり、僕達の特性は防衛戦には非常に向いているだろう。
だが、それでも厳しい戦いである事は変わり無い。だから今一度、僕は彼等に伝える。
「麒麟の本部が落とされるまでは、麒麟から断続的に狙われるだろう。分が悪いからと言って引くような奴等じゃない。命が尽きるまで向かってくるはずさ。そしてまた、僕達の敵はそれだけじゃない……。周囲から向けられる悪意にも立ち向かい続けなきゃいけない」
麒麟の本部が落とされるまで、麒麟からの執拗な攻撃が予測される。ここには鬼人達が大勢いるのだ。彼等にとってみれば宝の山と言える。
近場にそんな宝の山が現れたのだから、放っておくわけがないだろう。
また、僕が連れる人間は殆どが鬼人であるという噂まで広く伝わってしまっている。明らかに見た目の異なる覚醒した鬼人を多く連れて、戦い続けたのだから当然と言えば当然だ。
故に、もう逃げも隠れもできない。僕達は戦うしかない状況でもある。
情報によれば、麒麟は既に僕達を狙って動き始めたと言う。牛腸の店のエリアを奪還して僅か3日程度。
全く。死にかけの癖に。麒麟はしぶといなと、改めて感じる。
まだこちらへ攻め込もうとするだけの余力があるとは驚きだ。今だって本部では暁達の襲撃を受けているというのに。
そしてまた、これも恐らくではあるが、麒麟以外の組織からも狙われるだろう。
麒麟のように命がけで落としに来るとは思わないが、弱さを見せればすぐに突いてくる程には狙われていると見ている。
「長く辛い戦いだ。でも、僕は戦い抜いて共に生きる未来を掴みたい。その為に、僕には皆の力が必要だ。一緒に戦って欲しい」
既に皆が同じ方向を見てくれている事なんて、十分に分かっている。それでも僕は改めて彼等にお願いする。
「僕のオーダーはいつだって変わらない。絶対に死なないで。未来で一緒じゃなきゃ、掴みとったって意味が無いのさ。僕はその先の――共に生きる未来を望んでるんだから」
皆に伝えると同時に、僕は僕自身に言い聞かせるように。自分の望みを反芻する。
深淵の摩天楼が崩壊してから、僕達は沢山の物を失った。もうこれ以上失う訳にはいかない。
きっと僕達ならば出来ると。成し遂げられると信じている。
「当然っす!」
「一緒に掴み取るっす!」
赤鬼と青鬼がニッと笑い元気に応えてくれる。彼等の元気には何度救われただろうかと思い出してしまう。
「自分達もいますから。任せてください! 伝達も統制も戦闘も。グラ兄からしっかり叩き込まれてきたんです」
鬼神野は隣にいる斗鬼と鬼百合の肩を抱いて言う。そこには自信がみなぎっていた。肩を抱かれたトキとキユリも僕に笑顔を見せて頷いてくれた。
いまや彼等無しでは集団の戦闘は厳しいと感じるほどに、作戦の根幹を担ってもらっている。これだけの人数を同時に動かす時には、無くてはならない存在達だ。
本当に頼もしくなったなと感じる。
「百鬼さん、任せて~!」
天鬼も相変わらずへな~っとした緩い笑顔を見せて言う。アマキは特に成長したと思う。身体的にも精神的にも。
そして、独特の雰囲気には相変わらず気が抜けてしまう。だが、緊張のし過ぎも良くない。僕は肩の力を少しだけ抜いて、アマキの頭を撫でた。
「俺もいる」
「うん。頼りにしてる」
「任せろ」
隣に立つグラは、何だか以前よりも更に強くなったような気がする。存在感が増したようなそんな気がするのだ。
本当に頼もしい相棒である。
僕は改めて共に歩んでくれる彼等の顔を見て確信する。必ず未来は掴めると。
「それじゃぁ皆。持ち場へ。解散!」
僕がそう告げると、グラとアマキ以外は一斉に姿を消した。
残った2人は僕の護衛である。僕だって戦う事が出来るのだから、護衛はいらないと言ったのだが……。鬼人達から猛反対されて付ける事にしている。
それだけ大切にされているのだと僕は受け取り、素直に受け入れた。
ここにいる鬼人達は皆戦うことが出来る。銃火器を持っただけの人間達に易々と連れていかれる程、弱くはない。
狙撃部隊の大半を構成する鬼人の女性達だって、一般男性よりはずっと強くなった。全員が攻める事の出来る人間であり、守られるだけの者は誰一人いない。
これがどれ程、防衛戦において有利なのか。僕はそれを今まさに、ひしひしと感じている。
また、この町の建物は全て鉄筋コンクリート造であり、特に丈夫に作られている。壁は弾丸が貫通することも無いし、内装は耐火を意識した設えとしている。たとえ火炎瓶を投げ込まれても燃え広がる事は無い。
そもそも窓だって小さく、防弾ガラスだというのだ。建物出入口の扉も鉄扉で頑丈。施錠してしまえば人力でこじ開けられるものでは無いという。
町全体が要塞のような造りなのだ。敵が町中になだれ込んでも、建物内に逃げ込んでしまえば一定時間は安全が確保される。
それら僕達にとって有利になる条件をしっかりと吟味して、僕は『最善』の策を立てた。あらゆるパターンをシミュレーションし尽した。
追い詰められた麒麟の命がけの攻撃だって、無傷で退けてみせる。
「ナキリ。来た」
「そっか。随分と早かったね」
グラは遠くの方へと意識を飛ばしながら状況を探っているようだった。僕にはまだ感覚的に分からないが、敵襲が迫っているようだ。
僕は纏う狂気の質を変える。戦闘のための狂気だ。これで鬼人達は全員敵襲に気が付いたことだろう。
「四方から気配を感じる。でも、メインは正面から。正面にS ランクプレイヤーが10人。他は2人ずつ。戦闘員はうじゃうじゃ」
「分かった。想定内だ。行くよ!」
僕達は走り出す。
正面から向かってくる敵陣へと。
それと同時に周囲から聞こえだす銃声。ピリッと張り詰めた空気。
戦闘の幕開けだ。
狂気を放ち、刃を振るい。僕達は敵を次々に蹴散らしていく。援護射撃を利用しながら的確に命を刈り取る。
自分達の場所を守るための戦いだ。迷いなんてどこにもない。
向かってくるものは全て消すのみ。僕は狂気をぶちまけながら進む。
グラとアマキは僕の周りで楽し気に乱舞する。そして直ぐに僕達の周りには近接部隊の鬼人達が集まった。
「台風だ」
メンバーが揃ったのを確認して僕は言い放つ。
陣形は台風。僕達の慣れ親しんだこの陣形で、一気に蹂躙してやる。
敵にSランクプレイヤーがいようが関係ない。この台風を止められるものなら止めてみろ。
僕は銃弾を避けながらゆっくりと進む。周囲を飛び交う鬼人達が、目にもとまらぬ速さで敵陣を切り伏せていく。
「グラ。アマキ。あのメインディッシュ達、さっさと喰っちゃって」
僕は指示を出す。目前に現れたSランクプレイヤー達。彼等は僕達の勢いに戦意を喪失しかけていた。間抜け面で立ちすくむ彼等が哀れで仕方ない。
こんなにも早く対応されるなんて、敵は想定していなかったのだろう。この数で攻めれば、弱い鬼人を数人攫うくらい容易いと考えていたのだろう。
逃げ腰の彼等を、グラとアマキは容赦なく刈り取った。それは一瞬の出来事であり、一方的な戦いだった。もはやSランクプレイヤーでさえ、僕達の脅威にはなり得ない。
「他の所もSランクのプレイヤーは全員死んだ」
「ん」
どうやら攻めてきたSランクのプレイヤーは、もう全員死んだようだ。鬼兄弟やキジノ達がさっさと蹴散らしたのだろう。本当に頼もしい相棒達だ。
「じゃぁ、残りは雑魚処理だけね。さっさと終わらせて、皆で美味しいご飯を食べよう」
僕は再び狂気の形態を変えて放つ。後は慎重に丁寧に。1人も漏らすことなく安全に処理するのだ。
まだ自爆をするような危険な戦闘員が紛れている可能性もある。相手は雑魚とはいえ、慎重に進めていきたいところだ。
僕が狂気を動かすたびに、まるでこの町全体が生き物の様に鼓動し動きだす。
各地に散らばった鬼人達が、僕の狂気の動きに反応して一斉に動く様子を僕は感覚的に捉える。この町全体を手足の様に動かしているような気分だった。
そうだ。まさにこれが僕達の戦い方だ。
全員で1つの生き物となる様に。
さらに精密に感覚を共有して密度の高い共鳴を。
もはやこの町は、その巨大な化け物の腹の中と言ってもいいだろう。
この町に入った瞬間、この化け物に捕食されたも同然なのだ。絶対に逃がさない。全て喰らい尽くしてやる。
「食い荒らせ!」
僕は示す。
僕達の強さを。
仇なすものは全て、捕食するのだと知らしめる。
僕達を害そうする行為が、いかに愚かであるかを分からせるのだ。
二度と攻めようと思えない程、徹底的に蹴散らすのだ。
僕達を安易に狙った事を、心の底から後悔させてやる。
僕達はこうして防衛戦という長く続く激しい戦いを繰り返し、誰一人として失うことのないままに、常に完全な勝利を重ねていったのだった。
その驚異的な戦果は、周囲を驚かせ、僕達の町の異質さと、鬼人の圧倒的な武力と連携力を知らしめたのだった。