表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナキリの店  作者: ゆこさん
15章 ホームへの帰還
113/115

15章-5.本当の力の使い方とは 2005.4.17

 一夜明けて。

 僕は牛腸(ゴチョウ)の店の前にいた。そこには主に覚醒した鬼人(キジン)達も集まっていた。まずは店の片付けからしなければならない。

 力仕事ができる彼等と共に、店の建物を再利用できるようにしたいと考えている。


 防衛を行うにしても、エリアの中心にある建物が使えないのは不便だ。10ヶ月間で相当荒らされているだろう。僕は覚悟を決める。


 まずは地下の店だ。僕は意を決して扉を開けた。

 すると開けた途端、強烈な異臭がして思わず鼻を覆った。どうやら死体が放置されていたらしい。仲間割れだろうか。よく分からない複数の死体の腐敗が進んでいた。

 また、この場で乱闘があったような形跡もある。片付けも面倒だからと、長らく封鎖していたのかもしれない。


 僕は死体やゴミを屋外に運び出すよう指示した後、バックヤード側を確認する。金目の物や物資を探して荒らされたようではあるが、機密書類等には手を付けられていなかった。

 むしろ、この機密書類こそ高値で売れるというのに。武力組織がそこに気がつくだけの脳がなくて良かったとほっとする。


 この資料の中には、グラ達プレイヤーの情報が多く含まれているのだ。本当に重要なものは雪子鬼(セズキ)が暗号化していたから、情報が漏洩したところで致命的ではないのだが。

 それでも過去の経歴から細かく分析をすれば、分かってしまうことはある。それらに手がつけられていなくて本当に良かったと胸をなでおろした。


 僕は不要な書類は破棄し、保管する物は最小限とした。亡くなったプレイヤー達の物はもう必要ない。淡々とシュレッダーに掛けていく。

 こんなに1度に破棄するのは初めてだ。何だか彼らが生きていた痕跡を消していくような、そんな錯覚がして嫌になる。


 シュレッダーにかける作業を終え、僕は次に雑用係達のデスク内を確認した。私物は殆ど残されておらず、作業途中の資料が保管されているくらいだった。

 僕はそれらも分別して、不要な物は廃棄した。


「皆、いなくなってしまった……」


 僕をずっと支えてくれた彼等が受けた傷を思うと、今でも怒りがこみ上げてくる。

 守れなかったという悔しさでいっぱいになる。


 もっと自分が強ければ守れたのだろうか。

 タラればで考えるなんて無意味だ。馬鹿げている。だが、どうしても、彼等が傷つけられずに済むという未来は無かったのだろうかと考えてしまう。

 きっとこれは永遠について回るのだろう。


 失ったものは二度と戻らない。時間は巻き戻せない。選ばなかった道を選ぶことは出来ないのだ。

 だから僕は、何時だって『最善』選び続けなければならない。そう痛感する。


百鬼(ナキリ)さん! 店の方は片付け終わりました!」


 僕が丁度デスク回りを片付け終わった所で、店舗側と繋がる扉から、鬼神野(キジノ)が顔を出して報告してくれた。

 随分と早い。腐った死体の処理なんて、掃除も含めたら大変な作業であるのに……。本当に彼等は頼もしいなと感じる。


「バックヤード側は何か手伝うことは……?」

「うん。大事な書類は奥の棚にまとめたから、それ以外を片付けて欲しい。このデスクや不要な棚類を解体して運び出してもらえる?」

「分かりました!」


 この場所は全て改装してしまおうと僕は考えている。デスク等の什器は、修理すれば使えるかもしれないが……。

 僕はやはり、雪子鬼(セズキ)がここへ帰ってきた時に元気に仕事ができるようにしたいのだ。彼女にとって辛い記憶を呼び起こしてしまう可能性があるこの空間は、さっさと跡形もなく消し去るべきだと考えている。


 実際彼女が戻ってくるかは分からない。

 気が変わって、東家(アズマケ)で平穏に過ごしたいと言うかもしれない。それであれば無理に呼び寄せるつもりは無い。

 だが、もし変わらず僕達の所へ戻ってきたいと言ってくれるのならば、やはり環境は整えておきたいと思うのだ。

 だから、僕はこの忌まわしい空間を破壊する。今は無理でも、そのうち全く別の空間に作り替えてしまおうと考えていた。


 鬼人達は流石の筋力で、重い什器も軽々と運び出していった。分解する作業だって、力業で破壊できてしまうのだから流石である。

 子供達も重い物を平然と持って行ってしまう。体は僕よりまだまだ小さいのに。自分たちの体重より重い物を持って走って行ってしまうのだから驚きだ。

 

 僕は物が無くなり広くなったバックヤードの掃除を開始する。床には液体が零れた痕があったり、ゴミが散乱している。本当にどんな使い方をすればこんな酷い有様になるのかと、ため息しか出ない。

 地下の店がこの様子なのだ。きっと上階はもっと酷いだろう。そう思うと気が重くなる。


「ナキリお昼ご飯」

「ん?」


 グラの呼ぶ声で僕は顔を上げる。

 

「親父さん達が差し入れ持ってきたから。適当なところで切り上げて」

「分かった」


 僕は一旦掃除を止めモップを置くと、グラと一緒に店の外へ向かった。


***


 まさか、地下の店の片付けだけで半日が終わってしまうとは。

 僕は深くため息を付きながらも、パン屋の親父さん達が差し入れで持ってきてくれた軽食を頂く。大量のサンドイッチとおにぎり、そして揚げ物などのおかずまである。子供達は喜んで食べていた。

 

「お疲れ。片付けはどう?」

「厳しいですね……」


 僕の隣にやって来たパン屋の親父さんは、苦笑していた。


「以前の様に住むのは、流石に無理そうです。取り急ぎは、防衛の拠点として倉庫や打合せ室、待機室としての活用が限界かと」

「そんなこったろうと思ったよ」


 僕も苦笑する。

 まだ、地上階の様子は見ていないが、今日一日頑張っても、建物全体は片付かないだろうなと思う。

 

「防衛の方は順調かい?」

「そうですね。今僕は鬼人達と共鳴している状態なので、このエリア一帯の様子が何となく感じ取れます。異変の有無は直ぐに気が付けるので、敵襲への対策は問題ないかと」

「成程ねぇ」


 僕は牛腸(ゴチョウ)の店のエリアをすっぽり包むように、常に狂気を薄く広げている。だから、各地にいる鬼人達と軽く共鳴している状態だ。異変があればすぐに感じ取る事が出来るだろう。

 共鳴している鬼人同士も感覚を共有しているので、問題があれば真っ先に感覚の鋭いグラ達覚醒組が反応する。防衛するには非常に有効な方法であると言える。

 

 また、この町の仕組み自体が、僕達のスキルと非常に相性が良かったというのも大きい。

 この町の規模が丁度、狂気が届く範囲であるのが強みだ。エリアの淵に鬼人達を配置すれば、外部からの襲撃に対して非常に有効な警報装置になるわけだ。

 さらに、エリアの淵にある建物は全て狙撃可能な建物であり、見張りに適した構造だった事もとても有利に働いている。


 狙撃部隊は今もその建物で、エリアの外側からの敵襲を警戒してくれている。もし、敵襲があった場合、共鳴していれば僕達全員がリアルタイムでそれに気が付くことができ、動けるのだ。

 敵襲にいち早く気が付くことは、相手に先手を打たせない事へ繋がる。本当に僕達と相性の良い造りであるなと感じる。


「そういえば、地下通路ってどうなりました?」

「あぁ。それなら殆ど使えるようになっている。一部荷物で塞いでいたやつがいたが……。今日中には片付くから心配するな」

「ありがとうございます」

 

 もう一つ、この町には仕掛けがあった。

 それは地下の通路がある事だ。淵にある建物同士は、全て地下で繋がっているという。普段は使われない通路なのでずっと閉鎖していたが、今は有事だ。敵襲を常に警戒し防衛の準備をしなければならないため、その通路を利用できるようにと整備をお願いしていた。


 しっかりと整備しなければ、地下空間は酸素濃度が低いため通行不可能になってしまうのだそうだ。全体的に換気を行い、急ぎ通行できるよう整備してもらっていた。

 その通路が利用できれば、狙撃部隊の安全な退路が確保できる。怪我を負った仲間を前線から退避させるのにも役立つだろう。


「まさか、そんな地下通路まであるなんて思いませんでした」

「まぁな。元々は外部から穴を掘って侵入されるのを防ぐために、地下にまでコンクリートの壁を立下げる事が目的だったんだが……。どうせなら通路にしちまおうって牛腸(ゴチョウ)君が言うんもんだから。工事は本当に大変だったよ」


 本当に、店主は町を一から造り上げたのだなと感じる。無いなら造ればいいで造れてしまうなんて。本当にとんでもない人だ。

 そして、そんなとんでもない人に付いて行った商人達も凄いなと感じる。


「各地の鬼人達……。彼等とは特に問題は無いですか?」

「ん? 全然。全く。彼等は本当に一生懸命だし、礼儀正しいし。全く問題ないよ」

「……」

「心配するな。私達は普段、滅茶苦茶な振舞いをするゴロツキ達の相手をしてきたんだ。見た目が違う事くらいで何か起きる訳がない。それに、彼等は君と共鳴……というのかな? 同調しているからだろうね。私達の事はさほど警戒していないようだ。勿論考え方の違い、文化の違いはあるだろう。それは今後じっくりコミュニケーションをとって擦り合わせていけばいい。言葉が通じて意思疎通ができるんだ。可能だよ」


 彼はそう言って優しい笑みを見せてくれた。


「君のその力は、鬼人同士を繋ぐかもしれないが、鬼人ではない人間との懸け橋にもなるものだと思う。君を通して感じ取った物を彼等も共有する。だから、彼等も馴染むことができる。そういう役割もあるんじゃないだろうか」

「懸け橋……」

「そうだ。きっとそういう優しい力でもあるんだろう。話によれば、鬼人は鬼人以外には心を開かず、会話すらも避けるなんて言うじゃないか。だけど、君が連れてきた彼等にはそんな気配は全くない。積極的にコミュニケーションをとってくれる。その変化はナキリ君がもたらしたものなんじゃないかと……ね」


 もし、それが事実であるならば、とても喜ばしい事である。

 彼等が彼等らしく、のびのびと生きられる社会へ近づけるような気がする。

 

 鬼人達が窮屈な思いをせずに生きるためには、やはり外部との交流は必要不可欠だ。少数派である彼等だけでは、この社会を生き抜くのは困難であると言える。

 だから、彼等が積極的に鬼人以外の人間とも交流出来るようになった事は、大きな前進だと思う。僕は1つ新しい希望を見つけたかもしれない。

 

 今まで、暴力的な側面ばかりに目を向けていたが、実はそれだけではないのだと思える。

 むしろ彼等が生きやすくなる事に繋がるのだから、この使い方こそが正しいのかもしれない。

 

 そう思うと、より一層。この力があって良かったと、僕は思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ