15章-4.牛腸が築いたものとは 2005.4.16
制圧が無事に完了して、僕は牛腸の店のエリア内にある飲食店にいた。
現在僕の周りには、グラと天鬼と鬼兄弟。そして鬼神野、斗鬼、鬼百合がいる。提供された料理を、彼等と共に夢中で食べているところだった。
大勢で固まってどこかに集まる事はこのエリア内では厳しいため、鬼人達を少人数のグループに分けて、それぞれ休める屋内へと移動させていた。
怪我を負った者もいたが、適切な手当てが出来ており幸い死者は出なかった。宿屋や飲食店など比較的大きな商業施設へと、彼等を問題なく無事に収容出来てほっとしている。
当初の予定では、何もない所から立て直さなければならないと考えていた。
エリア奪還後は、直ぐに荒らされた地域の片付けを行い、それと同時に食料の調達や休憩場所の確保、さらには定期的な物資の供給ルートを開拓する必要があると考えていた。
しかしながら、それらの心配は商人達からの申し出によって全てが無くなったのだった。
本当に一体何が起きているのか。僕は嬉しい誤算に戸惑いを隠せない。
休憩場所として宿屋を利用させてもらえたり、食事は飲食店が用意してくれると言う。物資の供給ルートは現在もしっかりと生きていて、金さえあれば十分確保可能と言う話だった。
また、片付けに関しても商人達の協力であっという間に終わってしまった。やはり元プレイヤーと言うだけあり、手際が非常に良かった。
死体を片付ける行為は、裏社会で生きてきた人間でも抵抗がある作業のはずなのに、彼等は顔色一つ変えずにやり切ってしまうのだから頼もしい。
そんな様子からも、鬼百合が言っていた通り、彼等は優秀なプレイヤーだったのだろう。その辺のゴロツキレベルではなく、プロのスナイパーだったに違いない。
「百鬼君。改めてお帰り」
僕達が食事をしているところへ、パン屋の親父さんがやって来た。
親父さんは僕達を見て、以前と変わらない優しい笑みを見せてくれた。
彼の笑みを見て僕は、彼が焼くパンは小さい時からよく食べていたな……と思い出す。店主にお使いを頼まれて買いに行く事も多かったし、氷織ともよく訪れていた。
いつも白い制服にエプロンをつけて、美味しそうな匂いを漂わせていた彼が、今は武装しているのだから、その差に笑ってしまいそうになる。
「食べ終わったら少し話をしよう。色々と聞きたい事もあるだろう」
「はい。そうですね」
僕は苦笑した。彼等には聞きたい事が山ほどある。
何故元プレイヤーの彼等が商人をやっていたのか、また今まで隠していたのかも気になる所だ。
「今は遠慮せずに、食事を楽しんで。これは差し入れだよ。流石に焼きたてじゃないけどそれは勘弁してね」
彼はそう言うと持っていた籠を僕達のテーブルに置いて去っていた。
僕は早速その籠を開けてみる。するとそこには沢山のパンが入っていた。
「皆、パンも食べる?」
僕が子供達に尋ねると、彼等は笑顔で頷いた。僕はパンを取り出して、彼等に分けていった。
こんな豪華な食事はいつ以来だろうか。シェルターでの生活に余裕は無く、こんなに手の込んだ料理は久々だった。
そのせいだろう、子供達は夢中で食べている。僕も懐かしい味にほっとする。ずっと小さい頃から食べてきた料理だ。帰って来たのだなと感じて、緊張が解けるようだった。
「やっぱりおじさんのパンは美味しいです!」
キユリは嬉しそうに言う。
「皆もよく食べてたの?」
「はい。自分達はよくトラさんの見回りに連れていかれるので。あと、ついでにお店の手伝いをしてたので賄いというか、お土産でよくパンを持たせてもらいました。だから、おじさんとは面識もあります」
「ほぅ……」
トキも昔を懐かしむように言って、パンにかぶりついていた。
「僕もお手伝いしてたんだよ〜!」
「え? アマキが? 一体何を手伝ったのさ」
「新作の味見!」
「成程ね」
僕は思わず笑ってしまった。実にアマキらしい。
お手伝いと言えるかは分からないが、大事な交流の場になっていたのだろうなと思う。
「俺も小さい時、トラに連れ回された」
「グラも?」
「うん。多分、俺達の顔を商人達に覚えさせるために連れていかれたんじゃないかと思う」
「確かに。それは有り得るね。僕も店主から頻繁にお使いを命じられてきたお陰で、商人達とはほぼ全員顔見知りさ」
どうやら日常の中にも、牛腸の思惑はあったらしい。どこまでも隙がないというか、無駄がないというか。
有事の際に上手く機能するように、日々積み重ねていたのだろうなと感じる。
「こんな美味しいパンをいつも食べられたなんて羨ましいっす!」
「こっちの肉もめちゃめちゃ美味いっす!」
「君達は鮫龍さんに色々と連れて行ってもらっていたんじゃないの?」
僕は夢中で食べる鬼兄弟に問いかける。ミヅチがいたのだから、彼等が好むような飲食店へいくらでも連れて行ってもらえるだろうと思うのだが。
「それはそうっすけど……。いつもじゃないし、こんな風に皆で楽しく食べたりはしないっすから……」
確かに彼等の近くには、自分の気まぐれで気軽に行ける商店は無かったのかもしれない。ましてや大人数で、楽しく食事をする場はなかったのだろう。
そう考えると、牛腸の店のエリア内には生活を豊かにするような商業施設が揃っているように思う。それも見た目が奇抜なプレイヤー達が気兼ねなく行けるような環境だ。
僕はこの町で育ってきたからあまり認識していなかったが、実は特殊な事なのかもしれないと、今になって感じる。
副店長になってからこのエリアの外に出て、色々な地域を見てきた。それらと比較すると、明らかな違いを感じる。
僕の印象ではあるが、多くの商店はプレイヤーを毛嫌いするのだ。マナーが悪かったり、踏み倒したりする者が多いからだろう。ルールを武力でねじ伏せるプレイヤーばかりでは商売にならないだろうと、容易に想像できる。
故に、こうしてプレイヤー達を受け入れて、しっかり商売をやってしまうこの地域の商人達は特殊と言える。
「ご馳走さま。僕は向こうでパン屋の親父さんと話してくるから、皆はゆっくり食べていて。まだまだ食べるんでしょ?」
僕は立ち上がり彼等に問う。すると彼等は首を縦にブンブンと振っていた。
そんな様子に僕は思わず笑ってしまった。
「グラも。もっと食べたいでしょ」
「うん……」
「気にしないで。満足するまで食べていて」
グラも僕に合わせて立とうとしていたが、明らかに食べ足りなさそうなので置いていく事にする。
別にパン屋の親父さんから話を聞いて情報を得るだけだ。後で共有すればいいだろう。
僕は一人席を立ち、端の方でこの飲食店のオーナーと話している親父さんの所へと向かった。
***
「お待たせしました」
「おや、もういいのか?」
「はい。彼等が大食いなだけです。僕の体は一般男性ですから」
僕が答えると、パン屋の親父さんは「そうかそうか!」と言い笑っていた。
彼等が座る丸テーブルに椅子を一つ追加し、僕はそこに座る。
「何から聞きたい?」
「そうですね……。やはり、どうして元プレイヤーだった事を隠していたのか。それが知りたいです」
パン屋の親父さんは、少し考えたのち、ゆっくりと口を開いた。
「ナキリ君は、引退したプレイヤーがどうなるのか、知ってる?」
「え……、いや。考えたことが無かったです」
「はっはっはっ。正直でよろしい。怪我や年齢でプレイヤーを続けられなくなった者の多くは、稼ぐ手段を得られずに消えていくから知らないのは無理もない」
確かに彼が言う通りなのだろうなと想像がつく。プレイヤーになる人間の多くは崖っぷちだ。殺し合いなんてリスキーな仕事しか残されていない者が手を出す職業とも言える。
頼る先もなく、住む場所も財産も無い。だから、誰もやりたがらない人殺しという業務を行うのだ。中には人殺しを楽しむ猟奇的な人間や戦闘狂もいるがそれは稀である。
だから、そんな崖っぷちな彼等の唯一の商売道具である身体が使い物にならなくなれば、生きていくのは非常に困難だろう。
また、人殺しを行ってきた人間なんて、関わり合いたくないと考える人は多い。引退後に別の職業に就けるわけがない。稼ぐ手段を失って野垂れ死ぬ可能性は非常に高いだろうなと感じる。
「プレイヤー達の最期ってのは、大抵悲惨なもんだ。仕事柄、恨みを買っていることも多いから、報復されたりもする。店所属の専属プレイヤーですら、戦えなくなった時、店主の方針によっては処分される事もあるからな」
パン屋の親父さんはそう言って、少しだけ悲しそうな目をして俯いた。きっと悲惨な最期を迎えたプレイヤー達を沢山見てきたのだろうなと察する。
「もしかして、再雇用……?」
「あぁ。概ねその認識でいい。別に定年で職を失っていた訳ではなかったから、転職の方がニュアンスは近い。私達は皆、牛腸君の計画に誘われた人間だ」
僕は息を飲む。
「その、計画って……?」
「『プレイヤーの町を造る』だそうだ」
「プレイヤーの町?」
プレイヤーの町とは一体……?
「ナキリ君はこの地で育ったからあまり感じていないだろうが、プレイヤーは差別されたり迫害の対象となる事も少なくない」
「ふむ……」
確かにそうだと僕は思った。
僕の周囲ではそんな事は起きなかった為、想像すらしていなかったが、職業で差別をされるなんて当たり前にある事だと感じる。
「店長はプレイヤー達と仲が良かった……。だから、彼等が彼等らしく生きられる場を造りたかった……?」
「あぁ。概ね正解だ。場がないなら造ればいいと、ね。その計画に私達は誘われたわけだ」
何だか、僕が鬼人達がのびのびと生きていけるような場所をと考えたのと似ている。
僕がそんな場を作りたいと考えたのと同じように、店主もプレイヤーがプレイヤーらしく生きられる場を造りたいと考えたのかもしれない。
「ナキリ君は、彼等――鬼人達の為の場を造りたいんだろう?」
「……はい」
「なら、この町で実現させればいい。彼等は戦闘民族だと聞いている。丁度いい。彼等を中心にした町を造れば、同時にプレイヤーの町にもなるだろう。別にゴチョウ君のやり方を踏襲する必要は無いから。鬼人達を軸にして、君達ならではのやり方で進めれば、きっと出来るさ」
彼はそう言って笑っていた。何とも大雑把で楽観的ではあるが、彼の笑顔を見ていると何とかなりそうな気がしてくる。
「ゴチョウ君から最初に言い渡されたオーダーは、『この国で1番美味いパンを焼け。プレイヤーだったことは忘れろ』だった。ほかのメンバーも似たようなもので、最初は戸惑いしか無かったよ」
「それは何とも……」
何となくその様子が目に浮かぶ。店主のパワハラ気質は昔からのようだ。
「そして、最後に言い渡されたオーダーは……」
彼はそこまで言うと、目頭を押さえて顔を伏せた。あの日の事を――、牛腸の店が潰され多くの仲間が殺された日の事を思い出しているのだろう。
僕だって、未だに思い出すと辛くなる。この傷が癒えるのは一体いつになるのか。永遠に傷として残るのだろうなと感じている。
彼は少しの間、耐えるように俯いていたが、ゆっくりと顔を上げて僕を見る。その目はうっすらと潤んでいるように見えた。
「最後のオーダーは、『今は戦う時じゃない。耐え忍んで待て』それだけだったよ。だから私達は、牛腸の店が落とされる時、戦わずに忍んだ。忍びながらこの地域に残る子供や若い女性など、武力統治に耐えられない者達を逃がした。トラ君達が戦って時間を稼いでくれている間にね……。そして、その後はただの力の無い商人の姿を貫いた。トラ君が落とされる程の武力だったんだ。戦っていたら皆殺しにされていただろうね」
僕は何も言えなくなる。
その判断がどれ程辛いものだったか想像出来てしまうからこそ、胸が締め付けられた。
戦う事が出来たにもかかわらず、仲間が殺されていくのを見続けたのだろう。それが未来のためだと分かっていても、きっと苦しい思いをしたに違いない。
「少ない言葉だったけれど、長年共にこの町を造ってきたから分かる。ゴチョウ君は、君の帰りを待って町を立て直せと命じたんだとね」
「はい……」
「そもそも。ゴチョウ君は、君が店主になったらこの地の管理を君に丸投げして、気楽に生きるのだと言っていたんだ。だから、その時期が少し早まっただけだよ。気負わなくていい」
「え……」
僕が顔を歪めたのがおかしかったのだろう。親父さんは楽しそうに笑っていた。
「もう一度言うよ? 君は君が造りたい町をこの地で実現させればいい。この地で彼等と共に立て直すつもりなんだろう? なら、私達もその計画に乗っかっていいかな?」
僕は彼の申し出に驚きを隠せない。
優しい笑みと共に差し出された右手。僕はしっかりとその右手を握った。
「……はい! 勿論です。是非よろしくお願いします!」
僕は彼と固く握手をした。そして笑い合う。
再びこの町をプレイヤーがプレイヤーらしく生きられる場に、そして鬼人達が堂々と生きられる場にしようと、僕は決意を固めたのだった。