15章-3.奪還作戦とは 2005.4.16
僕達は道の中心に立った。そして正面にある牛腸の店の建物を見据える。
吹き抜ける春風の暖かさを受けても、一切緩まる事の無い緊張感を大切にしながら、まだ見えぬ敵への憎悪を膨らませていく。
この町は変わらない。相変わらずどこか薄暗く静かで、不穏な空気が渦巻いている。武力組織に乗っ取られてから、約10ヶ月。どのように住民達は耐えてきたのだろうか。
いつか訪れた、地方の武力組織が統治する地域のように、荒れている様子は無い。きっと住民達が身を削りながら環境を維持してきたに違いない。
いつ戻るか分からない僕達の帰りを信じて、ずっと……。
全員の準備が出来たことを確認し、僕は強烈な狂気を纏った。必要な場所へ必要な分だけ、適切に狂気を振り分けていく。
これだけ怒りと憎しみに溢れていようとも、僕はもう冷静さを失う事は無くなった。きっと、1人では無いのだという事実、そして守りたい者達の存在が僕を強くした。そう思う。
僕の隣に立つグラ達には、とびきり凶悪な狂気を。
覚醒組には最大限まで動き回れる様な力強い狂気を。
伝達を任せた鬼神野達には、より共鳴できる親和性の高い狂気を。
そして、他の鬼人達には勇気と安心感を与えるような、優しい狂気を。
そして僕自身は、最前線で戦い続けられるだけの力を得るために、狂気を纏い喰らう。
絶対に出力を間違えてはいけない。コントロールを誤ってはいけない。全員が『最善』を尽くせるように。僕は正確にコントロールするのだ。
誰も失いたくない。この願いを叶えるために。
最前線で戦ってきた僕達からすれば、敵は明らかに格下だ。
だが、油断なんて一切しない。侮るなんてありはしない。
圧倒的な火力で蹂躙する。それこそが『最善』だ。
だから僕は、今日も『最善』を実行する。
かつて『あの人』が起こした事件では、覚醒した鬼人達は全員死んでしまったという話だった。これは、全員が全員戦いの中で敵に殺されて死んだのではない。
過剰な狂気を喰らい、限界を超えた動きをし続けたせいなのだ。戦いが終わった後、彼等の肉体は限界を迎えて死んだのだと聞いた。
そんな悲劇を繰り返すつもりは無い。
僕は『あの人』とは違う。
現状を打開する事も大切だが、共に戦う鬼人達、そして僕自身の事も大事なのだ。僕は欲張りだから、どちらも必ず手に入れてやる。
「これより、エリア奪還作戦を始める」
僕達は一斉に駆け出したのだった。
***
僕達が進行し始めた直後、異変に気付いた武力組織のプレイヤー達が次々に立ちはだかった。
僕の狂気はオーラだ。存在感を示すものである。それを牛腸の店のエリアいっぱいに広げたのだから、感覚の鋭いプレイヤーならば、真っ先に気がついて迎え撃ちに来るだろう。
僕はニヤリと笑う。
作戦通り。これでいい。
全ての敵意が僕達へ向かえばいいのだ。
勢いを殺さないまま、僕達は敵の陣形に突っ込んでいく。そして、流れるような動きで切り伏せる。
中距離から打ち込まれる弾丸を避けながら、迫り来る火炎放射を躱しながら。僕達は的確に敵の背後を取って首を飛ばす。
この程度のレベルで僕達の進行を止める事なんて出来るわけがない。一方的な戦いだ。向かってくる者は勿論、逃げ出そうとする戦闘員も捉えて殺していく。
圧倒的な人数差を覆して、僕達は進行する。
すると、次第に戦闘員だけでなくプレイヤーまでも逃げ腰になっていくのが分かる。まるで化け物を見るかのように顔を引き攣らせながら、背中を見せて逃げ出すのだから呆れてしまう。
数で押せば何とかなるとでも思っていたのかもしれない。
確かに普通ならば数の多さは脅威だ。だが、僕達にそんなものは通用しない。たった一人でも数をひっくり返せるような者達が集まり、尚且つ精度の高い連携をしているのだ。
セオリーなんて簡単にぶち壊すほどの暴力がここにはある。
僕達は僕達の意思でここに立ち、自分達の理想の未来を切り開くために戦っているのだ。他人の大きな意思に流され、命令に従っているだけの奴らとは覚悟が違う。
背負っているものも、未来を願う気持ちも、何もかも、重みが違うのだ。そんな連中に僕達が負けるわけが無い。
僕は両の手にそれぞれ持った大鋏の刃で、戦闘員達を切り裂き進む。肉を切り裂いた時に感じる振動も慣れたものだ。生暖かい返り血を浴びても、今や何も感じない。
他者の命を刈り取った所で、心に響く事なんて無いのだ。人らしさなんてものは、もう一欠けらも残されていないのかもしれない。
本当に……。
人間を殺しても何も感じない人間なんて、まさに化け物だ。
この僕こそが鬼なのかもしれない。
だが、それでいいと思う。それで守れるものがあるのだから、それでいい。
「ペースを上げるよ」
僕はそう宣言して、まるで感情で殴り付けるような、そんな真っ黒な狂気をグラ達に投げつける。
狂気の本質は怒りだ。僕の感情が乗れば乗る程純度が上がる。そして、鬼人達はそれを好むのだ。
グラ達の様子を見てみれば、皆楽しげに笑い、踊り狂う様に戦っている。実に彼等らしい、美しい姿だった。
一方の僕は、冷静に周囲の状況を観察し把握する。
僕達正面特攻組の最重要ミッションは、プレイヤーの排除だ。戦闘員の数を減らすことも大切ではあるが、プレイヤーだけは必ず僕達で処理しなければならない。間違っても狙撃部隊が狙われる事が無いように。
いかにプレイヤーを僕達に集中させられるかによって、味方の生存率が変わってくる。上手く戦力を配置できなければ、大きな被害が出る。例え最終的に勝てたとしても、被害が出てしまっては意味が無いのだ。
だから、プレイヤーがここへ集中しているかどうか、常に注視する必要がある。
僕達が存在感を示し、蹂躙を始めてから少しすると、遠くから銃声が響き始めた。僕達の登場に対して、逃亡しようとする者達が現れ始めたようだ。
そして同時に僕は、グラ達以外の戦う鬼人達の気配も感じ取る。皆緊張しているのが伝わってくる。
命を懸けて殺し合いをするのなんて初めての人間だっているのだ。怖いに決まっている。
僕は彼等が本来の力を出せるように、狂気の出力を徐々に上げていく。
大丈夫だ。
僕が全てを背負うから。
そんな思いを込めて。
人間を殺す事自体に抵抗がある者もいる。
敵意を向けられて恐怖に震える者もいる。
それでも彼等は逃げ出す事無く、共に戦ってくれている。
その事実が、どれ程僕達を支えてくれているのか知って欲しい。
後方で支えてくれる狙撃部隊や、敵の退路を塞ぐ近接部隊がいるから、僕達はこの場で大暴れ出来ているのだ。
「皆ありがとね。狂気を追加するよ」
少しずつ慎重に。彼等の体に過度な負担をかけない程度に。かつ、優位に戦えるように。
と、その時。
僕は新たな気配を感じ取る。
嫌な気配だ。
その方向へと視線を向ければ、僕達の進行方向に複数の影があった。
「ついに出てきたね。高ランクプレイヤー。全員揃っていて良かった。探す手間が省けて助かるよ」
それは牛腸の店のエリアの管理を任されていた、麒麟の配下の武力組織所属のプレイヤー達だった。
現れた敵メンバーは、事前情報通りで安心する。高ランクプレイヤーは全員そこに揃っているようだ。
すぐにでも奴等を処理したい。しかしながら、戦闘員に囲まれて、四方八方から銃弾が撃ち込まれる状況下で狙いに行くのは難しい。
まずは銃火器を持った戦闘員の数を少しでも減らさねば。
僕は弾丸を避けながら、戦闘員の懐に入り腹に刃を突き立てる。そして刃を引き抜きながら、背後から銃を向ける戦闘員の方へと切り込みに行く。
しかし、僕が刃を振り上げる直前。目の前の戦闘員は頭部に弾丸を受けバタリと倒れてしまった。
「流れ弾に当たった……?」
この乱闘の中では、正確な事は分からない。僕は次の標的へ意識を向け、刃を構えた。
と、その瞬間。
視界に入っていた戦闘員達が、次々に頭から血を吹き出し倒れていく。
全てヘッドショットだ。それも確実に1発で撃ち抜かれていく。
「一体何が……?」
この辺りは危険だから、狙撃部隊は配置していない。なのに何故、僕達を的確に援護する狙撃が発生しているのか。
気配を探っても分からない。周囲を見回しても、どこから狙撃しているのかすら掴めない程、しっかりと隠密しながら狙撃している。かなりの手練だ。
また、狙撃を行う人間はどうやら1人、2人では無い。次々に減らされていく戦闘員を見るに、この周囲に10人以上いる。
そして、それらは間違いなく僕達の味方だ。僕達が戦いやすいように、適切にアシストしてくれている。
この援護射撃があれば、より有利に戦える。距離をあけて戦う戦闘員達へ、いちいち接近せずとも済むのだ。
これはまさに、牛腸の店のエリア内での王道の戦い方だった。
「ナキリさん」
「え?」
突然呼ばれて僕は驚く。音もなく隣に現れた鬼百合は、僕を見上げてニコリと微笑む。
「大丈夫です。現場はプロの方々に任せてきましたから」
「プロの方々……?」
「はい! ここで狙撃を行う人達もプロの方々です」
僕は訳が分からず固まる。するとキユリはそんな僕を見て、また小さく笑った。
「あちらの建物の屋上から狙撃してるのが、パン屋のおじさん。あっちは工具屋のお兄さん。その建物の3階からは、花屋の奥さんと武器屋のおじさんです」
「……」
「ここの人達、実は皆、元プレイヤーだそうです!」
キユリは楽しそうに言う。
「だから、現場の管理や狙撃部隊の護衛は彼等にお願いして、前線で戦える私達はここへ来ました」
「私達って……まさか……?」
僕が振り返ると、そこには案の定、気配を消して接近していた鬼神野と斗鬼もいた。
「自分達が、この周りにいる戦闘員を蹴散らします。だからグラ兄達を前へ」
「うん。そうだね」
僕は鬼神野の提案に頷いた。
「グラ。天鬼。赤鬼。青鬼。前へ。奴等を殺っちゃって」
僕は彼等に追加の狂気をたっぷりと喰わせると送り出した。あの4人が連携すれば、高ランクプレイヤーだろうと、すぐにでも片付くだろう。
「それじゃぁ、僕達はこの残りの戦闘員を頑張ろうか」
僕は応援に来てくれた彼等と、心強い援護射撃と共に、戦闘員達を一気に削っていった。