15章-2.出発とは 2005.4.16
僕達のホーム――牛腸の店のエリアの奪還作戦を決行する日の朝。
僕達は避難地域内の中心エリアにある、中央役場前に集まっていた。出発前のミーティングだ。このミーティングが終わり次第、僕達は東家が手配してくれた大型のバスで牛腸の店のエリアまで向かうつもりである。
3日の準備期間で、鬼人達は見違えるほど仕上がっていた。放つオーラがまるで違う。そこにいるのは、ただ避難地域へ逃げてきただけの住民なんかじゃない。戦う意志を持った立派なプレイヤー達だった。
ずっと共鳴しているから分かる。彼等はしっかりと前を向いて、気持ちを同じにしている。心強い仲間達だ。
「皆準備はできてる? もうここへは戻って来る事は無いよ」
もうこの避難地域へ戻る事は2度とないだろう。奪還後は牛腸の店のエリアに僕達は拠点を構えるのだ。
「僕達の戦いはね、エリアを奪還して終わりじゃない。その後は永遠に防衛しなければならない。ずっとずっと戦うんだ」
僕は彼等に今一度覚悟を問う。これから成し遂げようとしている事、そしてその先にある物が何なのか。
戦いの中で生き続けるという事の意味。安寧が手に入る訳では無いという現実。
今更かもしれない。けれど、しっかりと彼等の覚悟を見ておきたかった。
僕は全員の顔を見る。皆僕の目をみて深く頷く。しっかりと覚悟が決まっている。そこには迷いもない。共に生き抜きたいという気持ちが伝わって来た。
「最後に。僕からのオーダーだ。絶対に死なないで。僕はやっぱり、誰一人として失いたくないのさ。約束だ」
絶対に誰一人として失わない。これが僕達の戦い方だ。
だが、それが非常に困難である事は分かっている。無傷で成し遂げられるような野望じゃない。それでも、全員で生き延びたいと僕は強く思う。否、僕達はそう思っているのだ。
「それじゃぁ、行こうか」
全員の覚悟を確認し、僕は作戦に向かおうと歩き出そうとした。
しかし、僕の行く道を塞ぐように鬱金が立ちはだかった。
彼はニヤリと笑い、何か言いたげだ。
「百鬼君。ここに残す鬼人達は私が預かる」
「え?」
「元々、君達が彼等を見捨てられないように仕向けたのは私だ。それくらい責任を持つ」
まさかだった。作戦には連れて行けない、老人や怪我人をウコンが連れて行ってくれると言うのだ。
だが、預かるというが実際どうするつもりなのだろうか。何処か安全な場所にでも彼等を連れてくのだろうか。
「六色家には隠れ家の様な土地がいくつかあるから、そこに隠しておく。この残りの人数程度なら問題ない」
「分かりました。よろしくお願いします」
「よし、任された。これで皆、気がかり無く戦えるだろう。必ず勝ちなさい」
「はい」
ウコンは僕の肩をぽんぽんと軽く叩くと、道を開けた。
僕達は開かれた道を進む。生き残る希望を掴むために。この腐った世の中に抗うために。
***
移動中のバスの中。僕は隣に座るグラを見る。この準備期間の3日間。グラとは殆ど顔を合わせなかったのだ。ずっとウコンと手合わせをしていたようである。
「何?」
「いや、3日間、何をしていたのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかなって」
「……」
グラはフイッとそっぽを向いてしまった。どうやら教えたくないらしい。
「僕が心配しているのは、怪我の事だよ。無茶をして悪化していないか気がかりなんだ」
「それは平気。殆ど治った」
「殆ど治った……ね……。はぁ、嘘はダメ」
僕はグラを肘でつつく。強がって言わないのはいつもの事だ。本当に呆れてしまう。
この短期間で治るわけがない。鬼人達は怪我の回復も早いが、流石に3日で治るものではない。
「ノリさんの応急処置が良かったから、悪化はしてない。痛みは少しあるけど、肩に負担を掛けない戦い方もできるから心配ない」
「分かった」
僕はこの回答で勘弁してやる事にする。グラの怪我が悪化していない事が分かっただけで十分だ。
「ほら。ナキリ君もグラ君も、今のうちに寝てなさいな。目的地まではまだあるんだから。他の子はちゃんと寝ているよ?」
ノリさんに言われて後方を確認すると、皆すやすやと眠っていた。これから待っているのは激しい戦闘だ。それも命を懸けた戦いなのだ。休める時に休むべきだ。彼等が正しい。
「そうですね。お言葉に甘えて」
僕が答えると、ノリさんは優しく微笑んだ。大型バスを運転してくれているのは、東家の人だそうだ。ここに敵はいない。気を張る必要もないだろう。
僕は大きく息を吐き、肩の力を抜くと目を閉じる。すると間もなくして、眠りに落ちていった。
***
僕達を乗せたバスは、牛腸の店のエリアから少し離れた場所――一般人が住む地域内、大通り沿いの大型バスの待機場所に停車した。
人通りは多くない、静かな場所だ。大型バスは流石に目立つため、牛腸の店のエリアの近くまで行く事は出来ない。この先は徒歩で接近していく事になる。
バスを降りた瞬間から作戦は始まる。最初に送り出すのは狙撃チームだ。土地勘のある、鬼神野、斗鬼、鬼百合達に彼等の案内と護衛を任せている。
僕は順番に彼等を送り出した。彼等には隠密して事前にエリア内の狙撃場所に待機してもらう。これから僕達がこのエリアを堂々と蹂躙する際に、逃げ出す戦闘員達を根こそぎ処理してもらうつもりだ。
そして、次に送り出すのは、接近戦の出来る鬼人達だ。彼等にはこの牛腸の店エリアへの道を完全に塞いでもらう事としている。
牛腸の店のエリアは、店が有る建物を中心とした円形の小さなエリアであり、エリア内に入る外部からのルートは、たったの4つしかない。店へ真っ直ぐに続く4本の道のみなのだ。一見すると、建物と建物の隙間を縫って行けば侵入可能に見えるのだが、進んでいくと高く厚いコンクリートの壁に阻まれる造りだ。
その壁を破壊するのは困難であり、乗り越えようとすれば無防備にならざるを得ない。つまり、建物屋上にある狙撃の為の場から狙撃し放題なのだ。
狙撃部隊が優秀、かつ防衛能力の高かった牛腸の店の近くで、そんな危険な行動を取ってまで乗り込んでくる敵は殆ど居なかった。ほとんどの人間が壁を乗り越えるルートは避けて通りたいと考えるだろう。
その壁は同時に、内側からの逃亡も阻止する造りである。だから、基本的に逃亡ルートは絞れるわけだ。
店に続く道のうち3つを近接が得意なメンバーで塞ぎ、その道以外の道を探して逃げようとした敵は狙撃班が撃ち抜く。そういう作戦である。
そして、最後までバスに残った僕達。グラと天鬼と鬼兄弟。このメンバーで真正面から、残りの1つの道を堂々と進んで乗り込むつもりだ。
僕達が全ての注目を集めるのだ。あの頃のように。遠征で凌いでいた時の様に。慣れ親しんだ僕達ならではの戦法だ。
それに、僕達はあの頃よりも格段に強くなった。僕自身も含めて。
僕は携帯電話を胸ポケットから取り出し開いた。準備が出来次第、彼等からメールが届くことになっている。
次々に受信するメールに目を通していく。どうやら、牛腸の店のエリアを占拠している武力組織は、全く僕達の動きに気が付いていないらしい。
作戦は順調だ。先手も取れそうで安心する。
「よし。皆定位置に着いたみたいだ。僕達も行こう」
僕がそう言うと、天鬼と鬼兄弟は元気にバスを降りて行った。
「ノリさん。行ってきます。ノリさん達も、お気を付けて」
「うん。行ってらっしゃい。僕達は直ぐにここを離れて距離を取るし、まだあちらには勘付かれていないから大丈夫だと思うよ。だから、心配しなくていいからね」
僕は頷いた。
ノリさんは僕とグラの肩をポンと軽く叩くと、小さく手を振った。僕達はバスから降りて振り返る。
すると、ノリさんの心配そうな顔が見えてしまった。本当に僕達の事を気にかけていてくれるのだと分かる。
そうやって僕達の事を案じてくれる温かい存在がいる事を、改めて有難く感じる。必ず生きて、勝ち抜いて、明るい未来を手に入れた姿を見せなければと思ってしまう。
僕達が下りて少しすると、バスの扉が閉まった。そして、バスは直ぐにその場から離れて行ったのだった。