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ナキリの店  作者: ゆこさん
2章 他店への訪問
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2章-5.最初とは 2000.8.2

 解体ショーの開始予定時刻が近づくにつれて、どんどん人が会場へ集まってきた。作業着に着替えた僕は、定刻まで会場で静かに待機している状態だ。

 顔を上げて、賑やかになっいく会場を注意深く見回してみると、いつもの解体ショーで見るバイヤーや観客も訪れていた。

 彼らは僕に気が付くと嬉しそうに手を振ってくるのだ。どう反応すればいいのか分からず、僕は丁寧にお辞儀をすることでごまかした。

 

 (アカツキ)は、まともに解体ができる者がいないせいで、集まる人間が減り困っているなどと言ったくせに、この場を見る限り満員御礼状態だ。

 一体どういうつもりなのか。


「いやね。今日は百鬼(ナキリ)君を借りてきたと言って宣伝したんだよ。そうしたら沢山集まってくれたようだ。君は客寄せパンダとしても優秀だね」


 僕の隣にやってきたアカツキは嬉しそうに言う。


「言わなくても分かっていると思うけれど、処分する人間は君があの中から選んで、君が好きな順番で処分してくれ。もちろん処分の作業に彼らを使うのもありだよ」


 なんという丸投げかと突っ込みたくなるが、僕は我慢する。

 アカツキは相変わらずの笑顔でそんなことをサラッと言うのだから、本当に狂気じみている。会場の端に一列に並んだ雑用係の彼らは皆、アカツキがここまで冷酷な事は知らないのだろうなと思う。

 

 まもなく定刻だ。僕は磔の台座の隣にグラと立つ。そして、アカツキが前に出た。

 すると、この部屋の出入り口の2つの扉がバタンと音を立て閉められたのち、施錠された。さらには鎖が両開きの扉の取っ手部分に厳重に巻かれていた。


 これは逃亡防止対策だろうと思う。なおかつ、扉の前にはこの店のプレイヤーが立つ。当然SSランクの彼らだ。対立している()()を常に行っているとされる2人のプレイヤー達がそこに立っていた。

 扉が閉まる音で場の緊張感が増したのが僕にも分かった。皆話すのをやめアカツキに注目していた。


 いよいよ始まる。


「皆さんこんばんは。今日はナキリ君を借りてきたという事でこんなに集まってくれたのかな?」


 方々で小さな笑い声が漏れてくる。一体何が面白いのか分からない。


「まぁ、冗談は置いておいて。今日はね、選定もナキリ君にお願いしているんだ。これから選定しながら処分してもらう事になる。滅多にない企画だろう。是非楽しんでいってくれ!」


 アカツキが開始の挨拶を終えると、大きな拍手と歓声が上がる。この様子はいつも通りだ。どこの店でも一緒なのだなと感じて少し肩の力が抜けた気がした。

 とはいえ、ここからショーのメイキングをするのは僕だ。処理する順番ややり方は重要だろう。彼らが望むものを見せてあげなければならない。

 これは今日僕に与えられた仕事だ。僕は小さく息を吐くと気持ちを切り替えた。


「じゃぁ、早速始めよう。ナキリ君。最初は誰から行こうか」

「えぇ。最初ですから。1番から行きましょう」


 僕がそう答えるとアカツキはニコリと笑った。最初は最も肝心だ。御祝儀が入る可能性もある。

 派手さが最も求められるのだから、その期待に答えられそうな者を選ばなければならない。そういうものだ。


「グラ。頼んだよ」


 僕が指示する頃には、グラは1番の雑用係を拘束し、磔の台座へと引き摺りながら向かっていた。

 1番の雑用係の男は困惑しながらも暴れ、拘束から逃れようとする。しかしグラの拘束を一般男性の力でどうにかできるわけがない。グラによって、あっという間に磔の台座に拘束されてしまった。

 

 一方でその様子を見ていた他の雑用係達の多くは放心しているようだった。現実が呑み込めないといった様子だ。

 いつも解体ショーは手伝うだけの彼らだ。不要なプレイヤー達が解体されていくのを安全な場所から見守るだけだった彼らは、まさか今日、この場で自分達から処分対象が選ばれるとは思わなかっただろう。まさか自分達の方が処分される側になるなんて思いもしなかっただろう。

 

 現実が段々と理解できてきたのか、震えだす者、青ざめる者が現れ始める。彼らはこの場から逃げることができないという事を痛いくらいに理解しているはずだ。出入口は塞がれてプレイヤー達が見張っている。

 生きた心地がしないだろうなと察した。


「プレイヤーではないからね。今回競売にかけるのは内臓と頭部だけだよ」

「分かりました」


 僕は刀身の長い小刀風の道具を手に取った。これは腹部を切り裂くものだ。僕は1番の男が磔にされた台座の正面に立った。男と目が合う。


「なんでお前なんかに! 部外者のお前に何が分かるっていうんだよ! ふざけるな!」

「そういう浅はかな考えだから、今君はここで磔にされているんだよ」

「アカツキさんっ! 何故ですか!? 私が何かしましたか!? 長年ここで真面目に働いてきたのに、あんまりです! こんな部外者に殺されるなんて納得できません!」


 1番の雑用係は懸命にアカツキに訴える。これは命乞いの時間が始まってしまったようだ。こうなっては解体はできない。

 僕は静かに見守る。


「おかしいじゃないですか。こんなの。適当に決めるなんて酷過ぎる……」

 

 男は悔しそうに顔を歪め涙を流す。しかし、アカツキは一切笑顔を崩さなかった。


「君は今、こんな部外者ってナキリ君の事を言ったけれど、僕初めに言わなかったかな? 彼は僕の大事な知人だから失礼がないようにって」

「……」

「ナキリ君。せっかくだから選定の理由を彼に話してあげて」

「分かりました」


 全くこの展開は非常に面倒だ。さっさと解体して次に行きたいのにと思ってしまう。僕は渋々彼を処分対象に選定した理由を話す事とした。


「結論から言うけど、君、アカツキさんの店にとって不要だよ。要らない」

「え?」

「虎の威を借る狐って言葉は知っているかな? 君は強いプレイヤーと仲が良いようだね。だから君自身も強くなった気なのかな。色々と悪さをしていたみたいだ。バレていないと思っているのかもしれないけれど、今日僕が調べただけでも沢山君の悪事は出てきたよ。ちゃんと調べたらもっと出てくるかもね」

「な……にを……。デタラメを言うなっ!」

「さすがに横領はダメだ。これは一発アウトだと僕は思うよ。ましてや君は雑用係なんだから。少し怪しいと思われるだけでも消されるって分からないのかな。プレイヤーや正式に雇われている事務員達とは命の重さが違うんだよ。浅はかだよね。だからこの店に君は要らないのさ」


 僕が横領の証拠となる書類を見せると、1番の雑用係は困惑した表情をしていた。僕から見れば明らかな証拠ではあるのだが、彼にはそれが分からないのかもしれない。

 もしくは、僕が言った内容を理解できなかったのだろうか。あまり頭がよくないのだろうなと思う。


「こ、こんなの知るか! そんな紙切れが何だと言うんだ! 確かに横領の痕跡だろうが、私がやったとは言い切れないだろ! 言いがかりは辞めろ! それとも、私がやったという証拠でもあるのか!?」

「あるよ。ですよね爛華(ランカ)さん」


 僕はこの部屋の出入り口の扉前に立つプレイヤーのうちの一人、ランカという名の女性プレイヤーに声を掛けた。


 ランカは細身の美しい女性だ。真っ赤なドレスと真っ赤なハイヒールを身にまとっている。この会場では唯一の華と言っても良いような見た目だった。

 艶のある黒色の髪は腰まであり、前髪も含め毛先は一直線に切られたヘアースタイルだった。切れ長の目、黒く大きな瞳、長いまつ毛、高い鼻と、とてもハッキリとした顔立ちだ。

 アクセサリー類はつけておらず、ドレスのデザインもタイトでシンプルなものであるため、全体的にとてもスッキリとしている。

 ただ、元の素材が良いからだろう、シンプルな素材を身につけただけでも、美しさが溢れている。美しく、そして強さも滲み出ているようなそんな印象だった。


「えぇ、私はその子から賄賂を貰ったし、店のお金を横領したものだって、その子の口から直接聞いたわ」

「なっ!? ランカさんまでどうして!?」


 1番の雑用係の男は酷く絶望したような表情をしていた。

 気持ちは何となく分かる気がする。

 この社会において高ランクプレイヤーの証言は強い。彼らが所属する店の店主以外で彼らを制御できる者はいない。

 彼らが黒といえば黒なのだ。たとえ嘘でも正しくなる。そういうものだ。

 

「ランカさんは、私を見捨てるのですか……?」

「え? 見捨てるも何も、最初から君を仲間なんて思ったことはないんだけれど……。 そんな勝手に好意を持たれても、私困るわ」


 ランカのその言葉に1番の雑用係の男は愕然とした様子だった。

 信じていた人間に裏切られるというのは非常に辛いことだろう。

 とはいえ、僕からすれば信じる方が悪いとしか思えないが。


「おいおい。ランカ。流石に彼が可哀そうじゃないか。相変わらずひでぇ事するなぁ」

「えー? アンタがそれ言うー?」

 

 そんなランカに対して、もう一人の扉の前に立つ男性プレイヤーがニヤつきながら言う。彼女はそれに対して少し呆れたように笑いながら答えていた。

 その様子を見れば一目瞭然だ。彼らは冗談を言い合って笑えるくらいの仲だ。やはりグラが言ったように対立は見せかけで間違いないだろう。


「嫌だっ! 嫌だ嫌だ嫌だ! こんな所で死にたくない。嫌だ。許してくれよなぁ? これからは心を入れ替える。悪い事なんてしない! だからっ!」


 頼れる相手がいなくなったからだろうか。1番の雑用係の男は僕に懇願してきた。

 涙を流し酷く歪んだ顔だ。自分も何かを間違えればこうなる未来があるのだ。他人事じゃない。

 だが、落ち度があったこの男が悪いとしか僕には思えなかった。


 ミスをしなければ良いし、ミスをしたならバレないようにすれば良かった。

 そうとしか思えないのだから、同情の余地はなかった。


「残念だけれど。1回でもミスした雑用係は要らない。そういう場所だよ。それに気がつけなかった君の落ち度だと思う」

「なっ!? ミスなんて人間なら誰だってするじゃないか! お前だってミスくらいするだろっ! たった1回のミスも許されないなんて、そんな事あるわけっ――」

「うん。人間ならね。人間なら誰でもミスをするだろうし、ものによっては許されたりもする。でも、君達雑用係は人間だなんて思われてない。だから許されない」

「え……?」

「もういいかな。後が詰まってるんだ。それに僕は仕事でミスなんて今まで一度もしたことが無い。君と一緒にされるのは心外かな」


 僕は1番の男の腹を割いた。

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よ、容赦ない! 雑用係にも人権ならぬ人としての価値を与えてあげてくだせえ!(・ω・`人)
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