14章-8.『最善』の道とは 2005.4.12
この時期、日が暮れた屋外は寒さを感じる。日が無くなるだけで冷え込むなと。暗くなった周囲を見回して思う。
僕達は、この地を去る元店主と住民達を順番に見送った。
彼等の表情は皆険しかった。これからの苦労や苦難、危険を想像して強張っているようだった。だが、覚悟を決めたようでもあった。元店主達はどのようにして彼等住民を説得したのだろうか。
元店主達は僕の前を通り過ぎる際には、皆必ず一礼していく。そこに言葉は無かったが、この先も互いにやれる事をやり抜こうと言うメッセージは伝わってきた。
僕達も、やれる事をやらなければと強く思う。
「元店主達は皆ここを出発したね。子供達は役場前から動く気配もないし。僕達が中央役場前に行ったほうがよさそうだ」
元店主達全員が出発したという事は、残っているのはこの地に残る者、そしてどの店主にもついて行かずにこの地から去る者だ。
元店主達について行った人数を見る限り、残る者もそれなりに居そうだと感じる。
「鬼人が誰もいなかった」
「え?」
「だれも付いて行ってない」
グラに言われるまで気が付かなかった。まさかこの地域に避難していた鬼人達は、誰一人として動かなかったというのか。
彼等こそ、元店主達について行き、逃げる必要がある。大規模組織に捕まれば、鬼人と言うだけで酷い目にあうのだ。だからこそ、真っ先に逃げて欲しかったという思いがある。
一体どういう状況だろうか。
僕達は中央役場前へと急いだ。
***
中央役場前に着くと、東家の人間と鬼人のグループ。そして子供達と鬱金がいた。
僕の姿を見た子供達は、何か言いたげな様子だった。だが、表情を曇らせて俯いてしまった。これは何かあったなと感じる。
「ふむ……」
僕の想像だと、鬼人達は溢れてしまったのだと思う。一悶着あった末、身を引いたのかもしれない。
そして、その一部始終を子供達は影から見ていたのではないだろうか。
否。見るように仕向けられた。
きっとウコンの策略だ。子供達に敢えてその現場を見せたに違いない。全く、どういうつもりだろうか。
僕はチラリとウコンへと視線を向ける。すると彼はニヤリと笑った。確信犯だろう。僕は深くため息を付いた。
「皆。話してくれないと、僕は分からないよ?」
僕は彼等に問いかける。
きっと僕に言いたいことが沢山あるはずだ。
子供達は互いに顔を見合わせている。誰が発言するかで迷っていそうだ。
僕はそんな子供達に近付き肩を抱いた。
そんな不安な顔をしないで欲しい。言い難い事なのかもしれないが、遠慮なんてしないで欲しいと思う。
「まとまってなくてもいいから。思った事を皆が言ってくれればいいよ」
僕がそう伝えると、皆僕の目を真っ直ぐに見上げてくる。オレンジ色の瞳たちは不安に揺れていた。
「ナキリさん」
「うん」
意を決したように鬼神野が言葉を発する。
「鬼人の彼等を助けたいです……」
「ふむ……」
やはり、ここに残ってしまった鬼人達が気がかりなようだ。
「このままじゃ、皆生きていけないです! それが分かっているのに……」
続けて鬼百合も言う。ここに残して自分達がシェルターへ戻れば、彼等を見捨てるのと同じだと理解してしまっているのだ。
そこに責任を感じてしまっているのだと考えられる。
「俺達頑張るっす! どうしたらいいのか分からないっすけど、頑張るっすから!!」
「何をすれば助けになるのか分からないっすけれど、出来る事をしたいっす!」
赤鬼と青鬼も懸命に訴える。
恐らく、どうすれば彼等を助けられるのか、方法が分からずに途方に暮れていたのだろう。何とかしたいという気持ちはあれど、気持ちだけではどうにも出来ずに困ってしまっていたのだと察する。
「皆、一緒に戦った仲間なので、諦めたくありません……。でも、それが難しい事も分かっています」
斗鬼もそう言って僕を真っ直ぐに見た。
本当に諦めたくないのだと伝わってくる。
「仲間ね……」
きっと、僕が全員と軽くではあるが共鳴したことによって、絆が生まれてしまったのだろうと思う。
彼等にしてみれば、もはや同志なのだろう。ただ、鬼人だからという理由だけではないのだ。見捨てる事は、体の一部を失うような物なのかもしれない。
「僕も……。このままは、やだ……」
天鬼もまた、悲しそうな表情で僕を見上げた。自分の興味だけで動いていた子が、他者の為に何かしたいと言うようになるなんて。
僕はそんな彼等の気持ちをしっかりうけとめて、決心する。
「皆聞いて」
僕は子供達の顔をよく見た。緊張しているのがよく分かる。僕から怒られると思っているのかもしれない。
「僕はね、君達の事が大切だから。ボロボロの皆をこれ以上戦わせたくない。無理したら怪我が悪化したり、取り返しのつかないことになるかもしれないからね」
子供達は黙って僕の言葉を聞いてくれる。
まずは僕が彼等を心配する気持ちをしっかりと伝えたいのだ。これ以上無理をさせる事は望んでいないと。本当は今すぐにでも休ませたいのだと。
しかしながら、それと同時に思う事もある。
だから僕は続けて言う。
「でも、それと同時に、皆の気持ちも僕は大事なのさ。大切にしたい。だから、何か良い方法がないか一緒に考えよう」
僕がそう伝えると、彼等は嬉しそうにはにかんだ。その表情が見られただけで、僕は嬉しくなる。
とは言え、手放しに喜んでいて良い状況ではない。残された鬼人達を助けると決めたならば、解決策を真剣に考えなければならない。
僕達の拠点であるシェルターは、これ以上の人間を収容できない。ここに残る鬼人達は50人を超えるのだ。とてもじゃないが収まらない。
かと言って、この破壊された避難地域を継続利用するのも良くない。
短期的には可能かもしれないが、持続は出来ないだろう。それでは問題を先延ばしにするだけで、根本的な解決にはなり得ない。
また、短期間でさえこの地を守り抜くのは簡単では無い。その上、立地的に物資の調達も困難だ。現実的では無いだろう。
「ふむ……。どうしようか……」
僕は鬼人達のグループを見る。そこには戦える者もいるが、年寄りや鬼人の血の薄い者等戦いに不向きな者もいる。
守らねばならない存在がいるのが厄介だ。問題解決の難易度を格段に上げている。
「君たちの中で、戦えるのはどれくらい?」
僕は鬼人達のグループに問いかける。すると、彼等のうち戦える者が一斉に手を上げた。
「ほぅ……」
僕はその人数に思わず声を漏らした。
約9割の人間が手を挙げたのだ。彼等は積極的に戦うつもりなのだと理解する。逃げるつもりは無いという覚悟が、そこに見て取れた。
鬼人の血が薄い者は、普通の人間と変わらない。普通の人間と比較しても、殆どポテンシャルなんて存在しない。そんな人達まで戦うと言っている。
挙手していない者というのは、杖を付く老人と怪我人だけだった。明らかに戦うことが出来ない者以外、全員戦うつもりだということである。
「戦えない私達は見捨てくれ。構う必要など一切ない。だから、どうか動ける者だけでも、連れて行って貰えないだろうか」
杖をつく老人が言う。
そこには確かな覚悟があった。全体の為に個を諦める判断。それは簡単なことでは無い。ましてや、今諦めると言っているのは、己の命そのものなのだ。
僕はその覚悟を受け取る。
「分かった。それなら……」
僕は『最善』を考える。
子供達と戦える鬼人を連れて、可能な選択肢はどれほどあるだろうか。その中で『最善』の選択はどれなのか。
絶対に間違えられない。
僕の背中には沢山の命が乗っている。
僕はあらゆる方法を考えた。そしてそれに伴うリスクもだ。また、見込めるリターンも考慮する。
その中で、最も良いと僕が思う方法を導き出した。
だが、当然懸念事項もある。
詳しい情報が欲しい。
僕は顔を上げて、ノリさんへと視線を送った。
「ノリさん。もし知っていたら教えて欲しいんですが……」
僕はノリさんに尋ねる。
回答次第では道は切り開けるかもしれない。
「牛腸の店のエリアの今を教えて頂けませんか?」
僕の質問に、ノリさんは案の定驚いていた。
僕がやろうとしている事を察したのだろう。
「ナキリ君……。本気かい?」
「はい。本気です。僕達の場所を取り戻す。それが今出来る『最善』ではないかと。もちろん状況によりますが……」
そう。僕が考える『最善』は、牛腸の店のエリアの奪還だった。
慣れ親しんだあの場所は今、きっと麒麟の管轄下だ。麒麟が追い込まれている今なら、奪還も可能ではないかと思うのだ。
それにこの規模の人間を収容するなら、丁度牛腸の店のエリアは最適だ。増えた鬼人達の戦力を考えれば、十分に持続的な攻防ができる。
知らない土地で新しく拠点を構えるよりずっと良いと考えられる。戦うことが出来る人間がこれだけいれば、避難地域の様に逃げ隠れる必要も無い。
さらに言えば、牛腸の店のエリアならば、物資の調達も楽だ。故に、これが僕が現状で考えうる『最善』と言える。
「僕は彼等の覚悟をしっかり見ました。それに、子供達には僕の願いをこれまでに散々叶えてもらったんです。今度は僕が彼等の願いを叶えないと」
「……分かった。そうだね……。今ある情報を説明するね」
「はい。お願いします」
ノリさんは、子供達も理解できるように、優しくゆっくり丁寧に状況を話してくれた。
牛腸の店のエリアは現在、麒麟を後ろ盾に持つ武力組織が縄張りとしているそうだ。
武力組織自体の戦力はそれ程では無いが、何時でも麒麟から武力を供給できる為に、手が付けられない状況になっているという。
武力組織自体の戦力は、Sランクレベルの戦闘員が10人程度、Aランクレベルが20人。それ以下のランクのプレイヤーと戦闘員が50人程度の規模だそうだ。
その規模ならば制圧は可能だろう。
そこに住んでいた住民達については、今も耐え忍んでいるという。武力組織による統治で生活は酷いものだと言うが、逃げる事もせず、ただ耐えているそうだ。
劣悪な統治でも、何とか生き延びている状況だという。武力組織側も搾取先が無くなり維持出来なくなることは望んでいないのだろう。
生かさず殺さずやっているのだと考えられる。
「どれくらいの住民が残っているんでしょうか?」
「ほぼ全員だよ」
「え……? どうして……」
僕はノリさんの回答に困惑する。
牛腸の店のエリアを縄張りとしていた人間達は、全員が全員ではないが、戦えずとも、この裏社会では強者だったはずだ。
裏社会の中でも1、2を争う治安の悪さで有名なあの地域で、毎日の様にゴロツキ達を相手にして商売するくらいなのだ。只者では無い。
それに、資産やツテもあって、あの地を捨てて逃げる事は比較的容易なはずだと思ったのだが……。
逃げずに留まる意味が分からない。牛腸とトラが死んだ事くらい、彼等は当然知っているはずだ。僕達の店が潰された後、残された地域がどんな状態になるかくらい想像できない人達では無い。
なのに、何故……?
「まさか……。まさか彼等は僕達の帰りを……?」
「うん。彼等はナキリ君達の帰りを、今も待っているんだよ」
「どう……して……」
ノリさんは困ったような顔をする。
「いつかナキリ君が必ず戻ってくると。その時に立て直せる場所が必要になるからと。彼等はそんな気持ちで待っているよ。君達の活躍は有名だったからね」
「それなら、何故今まで僕達にそれを言わなかったんですか……?」
「……」
ノリさんは答えない。
だが、僕には何となく理由が想像出来てしまった。
きっと僕の負担になるからと、知っていても伝えなかったのだろう。確かに僕には手に余る内容だ。伝えられていたとしても、今の今までどうにも出来なかったはずだ。
僕への精神的な負担を考えれば、知らせないままの方が良いと判断したに違いない。
優しい彼ならば、そういう選択をするのは容易に想像できてしまった。
僕は大きく息を吐き出して、気持ちを切り替えた。やるべき事、方針は固まった。
今こそ、僕達のホームへ帰るのだ。奪還してやる。これだけの戦力をもってすれば、可能だと思える。
それに住民達も待っているというのだ。そう言われてしまったら、もうその道以外考えられない。
牛腸の店のエリアから逃げた時とは違う。僕達は格段に強くなったし仲間も増えた。絆だってより深くなったと思う。だから、きっと上手くいく。
「皆。取り返すよ。僕達のホームを」
僕は子供達としっかりと肩を抱いた。
そして、皆の顔を見る。僕と共に歩んでくれる彼等のオレンジ色の瞳は、僕の見据える未来と同じものを映している。
同じ気持ちでいてくれる仲間が、これ程までに心強いなんて。きっと雑用係をしていた頃の僕だったら、全く想像もできなかったことだろうと思う。
強さを手に入れて、僕達は明るい未来に繋がる選択肢を得たのだ。勝ち取っていきたい。
肩を抱く僕達の輪にグラも加わる。
そして僕達は、改めて、築き上げた深い絆を誇らしく思いながら、笑いあったのだった。