14章-6.生き残るためにする覚悟とは 2005.4.12
避難地域の中央役場建物内。約20人程度が座れる会議室で、僕達は急遽会議を行うことになった。
内容は今後についてだ。
そこに集まるのは、この避難地域をずっと運営してきた元店主達、そして避難地域に常駐していた東家の人々。それから僕とグラと鬱金だ。
「まずは情報を共有するよ」
ノリさんはゆっくりと丁寧に話し始めた。
説明されたのは、主にこの避難地域の被害状況だった。主要施設は元々頑丈に作られていたので、復旧及び再利用は簡単だという。
インフラにもさほど影響はないそうだ。
深刻なのは、住居の方だった。殆ど焼けてしまったり、壊されてしまっている。生活を行うのは困難だろう。
現在避難地域に集まっていた人数規模を考えると、主要施設だけでは明らかに足りない。もしこの場に留まるのであれば、早急に簡易な仮設住居が必要になる。だが当然、そんな宛は無い。
また、物資も深刻な状態であるという。初動で多くを奪われたそうだ。つまり、僕たちが避難地域へ到着した時には、搬出済みだったという事だ。
その際に捕虜も沢山連れていかれているらしい。誰が連れていかれたのかの調査は現在進行中だというが、判別がつかない程酷い状態の焼死体も多いため、大雑把な人数程度しか分からないだろうとの事だった。
僕は会議に出席する全員の様子を確認する。皆暗い顔をしている。
話を聞く限り、有効な打開策なんて無いのだ。途方に暮れている状態だろう。
「恐らくね、この場所の座標情報は把握されてしまっただろうから。今後は上空から爆弾を落とされたり、外周部の木々を燃やされるなどして攻められるはずだ」
この避難地域の座標が割れてしまったのがやはり痛い。出入り口を塞ぐだけでは攻撃を止められないため、エリア全体の防御力が必要になる。
守るものが多いという弱点を考えると、もはや避難地域とは呼べないなと思う。
「今は麒麟が情報を独占しているだろうから、麒麟の攻撃だけを警戒すればいい。直ぐにまた攻めてくるなんて事は出来ないだろうね。だけど、座標情報を他の大規模組織に売られたりしたら、直ぐにでも攻められる可能性がある」
敵は麒麟だけじゃないのだ。弱ければ奪われる。その驚異から逃れる為には、強い存在となる、もしくは奪う価値もないくらいの規模に縮小するかだろう。
これだけの戦えない人間がいて、今直ぐに強い存在にはなり得ない。つまり、分散する――この場所から離れるしかないだろうと僕は思う。
「なぁ。百鬼さんの連れてる戦力で、この地域を守って貰えないか?」
「え?」
元店主の1人が、僕を見て申し訳なさそうに言う。予想外の要求に、僕は困惑する声しか咄嗟に出せなかった。
「そうだ……。そうだよ。彼等がここに居てくれれば、周囲を牽制出来る! 大規模組織だって、分が悪いと判断して攻めてこようとはしないはずだ!」
僕が何も言えない内に、今度は他の元店主がその案に乗るように、声を弾ませて言う。
まだ僕は何も答えていない。なのに、まるで承諾したかのように扱われてしまっている。僕達の戦力を前提にした発言だ。
「確かにプレイヤーが常駐してくれれば、住民のコントロールもしやすくなる。裏切りも起きなくなる! いいじゃないか!」
それを皮切りに、他の元店主達も息を吹き返したようにそれぞれが発言を始めてしまった。あぁすればいい、こうすればいいと、次々に活発な意見が出て盛り上がりをみせる。
そしてどんどん話が進んでいく。僕はその勢いに圧倒されて口を挟めない。
僕の考えからはどんどん話が離れていくのだから、止めなければと思っていても、こうした勢いのある会議自体慣れていない。
情けない事にどうしていいか分からなくなっていた。
僕達の戦力を前提に話を進めないで欲しい。
子供達がこんな場所に居続けるなんて賛成できない。
「ちょ、ちょっと待っ……」
僕は何とか話を止めようと声を出す。
しかし、僕の声はまるでなかったかのように、一瞬でかき消された。まるで聞いて貰えない。
このまま話が進んだら、後からNOとは言いづらくなる。だから早く止めなければならないのに。
僕は自身の不甲斐なさに嫌気がさす。
そしてこの先の展開を想像して不安になる。
どうやって彼等を止めて、自分の意見を聞いてもらえばいい?
どうやって会議の主導権を握ればいい?
会議自体は何度も出席してきた。しかし、明確な進行役がいないようなものは初めてだ。上手いやり方が分からない。
しかし、そうして戸惑っているうちに、会話はどんどん進んでいってしまう。
と、その時だった。
「そこまで!!」
突然の怒鳴り声に場が静まる。そしてその声の主であるウコンの方へと全員の視線が集まった。
僕もその圧に驚き恐怖を感じる程だったのだ。元店主達は相当驚き怯えたことだろう。
「お前達。彼の戦力を長期間雇うだけの金はあるのか?」
「え……。いや、そこは助け合いたく……」
「助け合い? 医療施設を失ったのに? 彼等にメリットなんて無いように見えるが?」
「今は、ひ、非常時……です……か……ら……」
元店主の1人が答えるが、どんどん声がしぼんでいった。ウコンの放つ圧倒的なオーラのせいだろう。
あれを正面から浴びてもなお発言を続けられる人間なんて、ほとんど居ないだろうと思う。
「お前たちの考える助け合いのプランを、詳しく言ってみなさい」
「い、今は非常時ですから……。後に安定したら、その時に恩返しを……と……」
「はっ!」
ウコンは鼻で笑うと、発言した店主をギロりと睨み付けた。
「宛なんてないくせに何を言うか。それとも彼等に一時的にでも借りを作れるほど、自分達が偉いとでもいうのか? それに、君達はプレイヤーをなんだと思っている? 彼等は一人一人が意志を持った人間だ。それを自在に動かせる道具とでも思っているのか?」
「いや、そういう訳では……」
「そういう訳ではないなら、何故彼の意見を聞かない? 勝手に話を進めた? 都合のいい戦力として扱った証拠だろうが!」
再びウコンの怒鳴り声で場が凍り付く。元店主達の表情は恐怖に歪み、とてもじゃないが声を上げられないような様子だった。
「ナキリ君。君の考えを聞かせてくれないかな」
ノリさんは優しい声色でアシストしてくれる。それによって、僕はようやく口を開くことが出来る。
本来なら、僕自身の力で、ウコンがやったように逸れた話の軌道修正を行い、ノリさんのように発言すべき人に促す事をしなければならなかったのに。
僕は自身の未熟さを痛感しながらも、考えをまとめる。言いたいことは沢山あるが、簡潔に自分の考えを主張する事がこの場では必要だろう。
僕は鬼の子達の未来を背負ってここにいるのだ。しっかりしなければ。
「僕達は、ここに常駐する事は出来ない。戦力を宛にしないで貰いたい」
「なっ!? それなら我々はどうしたら……?」
それを考えるのがこの会議だというのに。
まるで見捨てられた、酷いことをされた、かのような口振りで、こちらに全ての答えを求めるのはやめてもらいたい。
「この地を捨てて分散して逃げる以外ないんじゃないかと、僕は思うけど」
「そんな……。物資も資金も何も無いのに場所まで捨てるなんて……」
気持ちは痛いほど分かる。だが、それしか道は無いと思うのだ。生き延びるためにはそうするしかないと。
「そ、そうは言っても、住民達が動くと思えない……。この場所を捨てる覚悟ができると思えない……」
そう零した元店主の1人は頭を抱えてしまう。
危険だからと言って、そう簡単にこの場所を捨てられる訳が無い。相当な覚悟が必要になる。
だから、捨てられない人間は多いと僕も思う。特に力の無い者には死ねと言っているようなものだ。簡単な話じゃない。
だが、覚悟をしてもらわなければならないだろう。彼等に手を差し伸べる事が出来る人間はもう居ない。自力で生きる気がないならば、死ぬしかない。そんな状況だと思う。
「まずは僕達から覚悟を決めようね。分散する方向で話を進めていいかな?」
ノリさんは元店主達に優しく問いかける。彼等は暗い顔をしつつも頷いた。ノリさんもそんな彼等の様子に頷き、そこからは分散の仕方について話し合うことになったのだった。