14章-4.今後の課題とは 2005.4.12
「百鬼さん。報告します」
音もなく僕の隣に現れた鬼百合は、手帳を開きながら言う。
「この中心エリアの東側と南側は処理完了しています。それぞれの拠点に怪我人がいますので、何人か配置して防衛しつつ、残りの拠点の方へ応援に向かっています。まもなくそれも終わるかと」
「分かった。ありがとね」
「はい!」
キユリはニコリと笑うと、すぐにまた姿を消してしまった。
間もなくこの避難地域での戦いが終わるという。だが、この後始末は大変だ。どうすればいいだろうかと僕は考える。
この場所の再利用はできるだろうか。麒麟が使った侵入経路を塞いだとしても、この場所の座標がバレている以上、上空や周囲からゴリ押しで辿り着かれてしまう事だろう。
戦えない人間を置いておけるほど安全な場所にはなり得ない。ましてや、足を引っ張る人間が1人でもいるならば、同じ事を繰り返すだけだろう。
やはり、ノリさんがこぼしていたように、この場所はもうダメなのだろうなと感じてしまった。
潔く捨てた方がいいかもしれない。
僕は狂気を維持したまま、倉庫の方へと向かう。そして、異常が起きていないかを見て回る。
倉庫周囲を警戒してくれているのは、殆どがこの地へ避難していた鬼人の大人達だ。
僕が連れてきた子供達に感化されて、出来ることをと積極的に動いてくれている。本来ならば避難する側の人間であるのに、こうして見張りを申し出てくれたことに感謝する。
そのおかげで、戦闘能力の高い子供達を戦闘の最前線へ応援に出す事が出来ている。
「ナキリさん、今よろしいですか?」
見張りを行っていた鬼人の成人男性から声を掛けられる。
「うん。どうしたの?」
「その、倉庫内の人達の様子があまり良くない様で……」
「様子……?」
男性は明言したくない様だ。その歯切れの悪さから何となく察する。
「ふむ……。僕が直接行った方が良さそうって事ね」
「はい。我々だけでは解決できず、申し訳ございません」
「いや、いいよ。教えてくれてありがとね」
どうやら倉庫内で問題が起きているようだ。狭い空間で、鬼人の住人達と近くで待機しなければならないというのは、互いに難しい事なのだろう。
僕は問題の現場へと急ぎ向かった。
倉庫内に入ると、早速鬱金が僕に無言のまま目で合図してくる。彼の視線の先を追えば、まさに一触即発といった雰囲気を出す集団がそこにあった。
ウコンが見張っているから喧嘩になっていないだけのように見えた。
「ふむ……。君達さ、仲良く出来ない?」
僕は彼等に問いかける。
そこにいるのは、戦う事が出来ない人間達だ。怪我人や子供、女性と老人が多くを占める。
鬼人かどうかで区分けする余裕なんて無いから、一緒くたになっている。そのせいで小さな争いが起きているようだった。
「出来ないなら、全員出て行ってもらうけど。僕はここでどちらが正しいかを考えること自体不要だと考えている。それぞれの言い分を聞くつもりもない。全員揃ってここから追い出す方がずっと、コストパフォーマンスがいいからね」
正直ここで何が起きていたのか、真相なんてどうでもいい。
面倒ごとを起こされるのは勘弁してもらいたい。鬼人だからと優遇するつもりもない。僕が特別に扱うのは、共に戦う人間だけだ。
「ならば、私が出て行こう」
一人の年配の男性が声を上げて立ち上がった。見た目は普通の人間だが、恐らく鬼人だ。今は狂気を纏い共鳴しているから、何となく分かる。
血は薄い方だろう。鬼人特有の強靭な肉体や戦闘能力は持ち合わせてはいないだろうなと思う。
「じいちゃん! どうして! 悪くないのに!」
「こうやって問題を起こすこと自体が、彼に迷惑だからだ。戦力にならない、むしろ足を引っ張る我々の事で彼を煩わせるわけにはいかない」
「でもっ!」
10歳程度の鬼人の少年が老人を引き留めている。
納得できないようだ。老人が言っている意味も理解できる年齢ではないだろう。
僕は念のため倉庫の外の気配を確認する。戦闘はほぼ終わっているので、今から倉庫の外に出たところで危険はさほどないだろう。
鬼人達には悪いが、彼等に外へ出て貰う方が良いかもしれない。
「私達も外へ行きましょうか」
近くにいた鬼人の女性も立ち上がり、それを皮切りに鬼人達は次々に倉庫から出て行った。
その様子を見ると、やはり共存というのは無理なのだろうなと思う。適応できる者もいるが、やはりそこには無理が生じているのだろう。少数派である彼等が生きていくには厳しい世であると改めて思う。
避難地域内の他の拠点でも、こうやって鬼人達は追い出されてしまったのだろうなと察しが付く。
何となく違う。何となく気持ちが悪い。何となく怖い。何となく気味が悪い。何となく自分と異なる。
そんな本能的に感じる差異の積み重ねが亀裂を生んでいるのだ。どうしようもないと感じる。
事実、各防衛拠点となる建物の傍には、鬼人達の死体がまとまってあったという報告も聞いた。非常時に共通の敵がいたとしても、団結することが出来ないという事だ。これは相当根深いなと感じた。
倉庫内の問題がおさまったのを見届けて、僕は屋外へ出た。
すると、比較的近くに鬼人達は固まっていた。
「もうすぐ戦闘は終わるから。少し我慢して欲しい」
僕は彼等に言う。喧嘩へ発展する前に、身を引いてくれた彼等の行動は正直ありがたかった。
「いえ。ナキリさんの為に、私達にできるのはこんなことくらいですから……。あんなに小さな子供達が前線で戦っていると言うのに、何も協力が出来ず申し訳ございません」
鬼人達は皆、僕へ頭を下げる。僕が連れる鬼人の子達と触れ合った事、そして僕の狂気とリンクした事で、僕とは仲間意識が芽生えているようだった。
僕達に対しては、とても友好的な様子だ。自分たちの我儘や要望を通すよりも、僕達に協力したいと思ってくれているそうだ。
少数派故に、団結して困難を乗り越えてきた彼等だからこそ、個の要望を押し殺して全体の為、仲間の為に動く事を優先できるのだろう。
同調圧力も相当なものだと思う。今の僕にとって、それは非常に都合がいい性質だ。この非常時に協力できる関係は非常にありがたい。
だが一方で、僕は彼等にものびのびと人らしく生きてもらいたいと思っている。窮屈な思いなんてしてほしくない。
この戦いが終わって、世の中が落ち着いたらば、天鬼や鬼兄弟達の様に、毎日元気に笑っていて欲しい。僕にはそんな願いがある。
これは、鮫龍やノリさんの願いでもあるのだ。今後の課題として『最善』の道を模索していきたい。
と、そこで、僕は鬼人達の殺気が解除されていくような、そんな感覚を覚える。恐らく各地の戦闘が終わったのだろう。
同時に僕の前に鬼神野と斗鬼が現れた。
「ナキリさん、戦闘は完全に終わりました」
「怪我人を各施設に運んだりとか。他のメンバーは救助活動を行っています。それと……裏切り者を取り押さえているので、中央役場前まで来て欲しいです」
2人はそう報告すると、ほっとしたように息を吐いて笑い合っていた。
「報告ありがとう。皆でそっちに向かおうか」
僕は2人の頭を撫でた。すると2人は、嬉しそうにはにかむ。その子供らしい笑顔に、僕もつられる様に笑ってしまった。
まだやるべき事全ては終わっていないが、少しくらい気を抜いても罰は当たらないだろう。頑張り続けてくれた彼等を労う方がずっと大事だと思える。
「一旦倉庫へ行ってノリさんと話してくるから。2人は、ここで彼等と待っていてくれる?」
僕は倉庫外で固まって待機する鬼人達を指して言う。
「何故皆が、外に……いるんですか?」
「うん。やっぱり難しいみたいでね。喧嘩になりそうだったから、彼等には外に出てもらっていたんだ。2人が傍にいれば、彼等も安心するだろうから。お願いね」
彼等は納得できなさそうな表情をしていたが、頷いてくれた。元はと言えば、鬼人達を助けたくて奪還した倉庫だったのだ。だから、その鬼人達が追い出されてしまっている現状は、彼等が納得できるものではないだろう。
僕は2人に鬼人達の安全確保を任せ、倉庫にいるノリさんの元へと向かった。