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ナキリの店  作者: ゆこさん
14章 後始末
103/115

14章-3.変化とは 2005.4.12

「さてと。みんないくよ」


 僕は狂気を纏う。そして一気に全体へ広げた。どうやら僕がオーラを広げられる範囲は随分と広がったようだ。中心エリアをすっぽりと囲んでいる。

 遮蔽物の少ない屋外だからというのはあるだろうし、濃度も濃い訳では無い。だが、鬼人(キジン)達と連携を取るには十分だ。

 この場の空気を全て支配したかのような、そんな感覚だった。


 また、この地域に避難していた鬼人達ともリンクした事も感じた。随分と人数がいたのだなと思う。

 今まさに各拠点での戦いに参加している者もいるようだ。


「後は殲滅するだけだから。好きに暴れていいよ」


 もはや作戦なんて不要だ。

 狂気による共鳴で繋がる僕達ならば、臨機応変に緻密な連携が可能だ。取り逃がすなんて事も無い。


 僕は子供達の顔を見る。

 皆、待ってましたと言わんばかりの顔つきだ。

 本当に、彼等は戦いの中で生きる戦闘部族のような気質なのだろうなと改めて思う。


「ただし。無理はしない事。いい?」


 僕は彼等がしっかり頷いた事を確認して送り出した。


「成程。これは面白い……」


 背後から鬱金(ウコン)の声が聞こえて振り返ると、彼はニヤリと笑った。

 グレーの着物を着て佇む姿は、それだけで貫禄がある。白髪の混じる黒髪と立派に生やした口髭は、その雰囲気をさらに強調しているようにさえ感じた。

 患者衣(かんじゃい)を着ていた時から、強者のオーラではあったが、服が変わるだけでより一層本物なのだと実感する。本能的に理解できるという感覚だろうか。


 これで両手両足両目が揃っていたら、まさに化け物だったかもしれない。本当に僕達なんかとは一生交わることの無い、雲の上の存在なのではないかとすら想像してしまう。

 こんなとんでもない人間が、僕達の味方でいてくれて良かったと、心の底から感じてしまった。


「覚醒した鬼人は普通群れない」

「え?」

「そういう言い伝え……、噂話程度だがそんな話が昔からある。恐らく、そんな彼等同士を繋ぐのが君の狂気という事だ」


 確かに以前牛腸(ゴチョウ)から貰った資料には、覚醒した鬼人同士は反発するなんて記載があった気がする。

 だが、実際の彼等の様子やグラの話からはそんな事実は無かったため、資料が誤っているものと思っていた。


「1度でも君の狂気で繋がった者同士は、親和性や絆が生まれるのだろう。私が初対面の彼等と普通に会話が出来たのも、その恩恵だと考えられる」

「ふむ……」


 確かにグラはウコンに対して嫌悪感は無いと言っていた。本能的に動く天鬼(アマキ)も直ぐにウコンに懐いていた事を考えれば、彼の分析は正しいと僕も感じる。


「それにしても、この規模で密度の高い連携。それもポテンシャルの高い鬼人をとなると凶悪だ。力を手にした後の事も、考えなければならないだろう」

「後の事……?」

「そうだ。目立つ驚異は狙われやすい。だから、突き抜けるほどの驚異となるか、分散するしかない」


 ウコンが言う内容は、あまりピンとこない。

 出る杭は打たれるといった話だろうか。


「気をつけなさい。これから君が戦っていかなければならない悪意は、今までよりずっと質が悪い。よく、周囲に目を向ける事だ。そうしなければ君が大事に思う者達が奪われてしまうだろう」

「分かりました」


 抽象的な話だ。

 だが、強者であるウコンの言葉だ。重みがある。きっと僕の知らない世界を多く知っている。ましてや、『力を持つ事の意味』なら、誰よりも知っているのだと思う。


 今の僕には完全な理解はきっと無理だ。経験値がない上に、世の中を知らな過ぎる。だからこそ、今彼が言った言葉は忘れずにいたいと感じた。

 いつか理解出来る日が来るかもしれない。いや、理解できるような人間になりたいと思う。


「君の事は随分昔から、牛腸(ゴチョウ)君から聞いていた」

「店長から……?」


 まさかウコンの口から、ゴチョウの名が出てくるとは……。そんな所に接点があるなんて思いもしなかった。


「そうだ。今育てている雑用係が化けた。面白いと言ってよく笑っていた」

「……」


 あの店主が……よく笑う……?

 僕はにわかには信じられずにいる。


 ウコンはそんな僕の微妙な表情を見て、声を出して笑っていた。


「なんでも、価値観がブレないし、腐らない。それでいて適応能力もあるからと」


 僕は首を傾げた。店主からそんなふうに思われていたとは驚きである。


「多くの人間は、酷い環境下にあれば腐る。開き直ったり、自暴自棄になったり、色々だ。だが君は悪いものは悪いという考えのまま変わらない。他者の考えに染められる事も無いときた」


 僕は死んでいった同僚の雑用係達を思い出す。確かに、彼等は徐々に腐っていった。段々仕事が疎かになっていき、終いにはプレイヤー達に唆されて、悪事に手を染めるなんて日常茶飯事だった。

 また、解体ショーでは、無駄に対象を痛めつけたり狂ったように笑っていたり。

 さらには、日々のストレスを発散するために、自身より弱い者――女性や子供、小動物に当たり散らす者もいたくらいだ。

 アルコールや麻薬に溺れて廃人になった人間も多く見てきた。


「それでいながら、やれと言ったことは確実にやり切る。それがどんなに悪い事だろうと、指示であれば躊躇いもなくやるんだと。悪いと認識しながらも、淡々とやってしまうからこそ恐ろしいとさえ言っていた。生き残る為の優先順位を一切間違えないともな」


 思い当たる節はある。僕は常に自分の思う『最善』を実行してきた。きっとその事だろう。


「だから、どんな恐ろしい化け物なのかと構えていた。だが、実際に会ってみれば実に人間らしいときた!」

「人間らしい……?」

「まさか、気づいていないのか? 君が鬼の子達に向ける視線はとても優しいものだった。もしかして、自分が彼等に微笑んでいることすら気がついていないのか」

「……」


 僕が微笑む……?

 確かに、氷織(ヒオリ)の前では穏やかになるように、表情を出そうと心がけていた。だが、彼等の前では特に意識していなかった。

 だからきっと、無表情であると思っていた。全くもって自覚がなかった。


 僕が困惑しているのが面白かったのだろう。ウコンは腹を抱えて笑っていた。


「ゴチョウ君の話だと、君は一切ニコリともしない。全く何を考えているか分からないような人間と言っていたから、かつては無表情だったのだろうな」

「僕自身その認識です。目をつけられれば、直ぐに殺されるような環境でしたので」


 僕という人間は、随分と変わったのだなと感じた。今までであれば、その変化に対して危機感を持つべきだっただろう。

 だが、僕を取り巻く環境は大きく変わった。それと同時に僕自身も変わるべくして変わったのかもしれない。

 副店長として求められる姿になろうとしたから、その影響もあるだろう。


 故に悪い気はしなかった。これでいいのかもしれないとさえ思えた。


「私はこの体だから、今後はもう前線からは退いて隠居する」

「えっ!?」

「なんだ。そんなに驚くことか?」

「……」


 あんなに動き回れる人が隠居するなんて考えられないのだが。


六色家(ロクシキケ)を抜けて、避暑地でゆっくりするのもいいな」

「一族を、抜けるんですか……?」

「弱い者が頭にいたら、組織全体が弱体化する。第一線で戦えなくなった老人は、口なんか出さずに、さっさと若い者に役職を譲ってしまうべきだ」


 そう言う彼は少し嬉しそうにしている。重役を他者へ押し付ける真っ当な理由ができて、喜んでいるようにも見えなく無い。 


「だから今後、何か困った事があれば私に言いなさい。その頃には私は何にも属さない人間になっているだろうから、色々と動けるだろう。それと、たまに鬼の子達とも会いたいから、彼らを連れて顔を見せに来てくれ」

「分かり……ました……」


 彼はそれだけ言うと、倉庫へと戻って行った。

 何だか不思議な会話だったなと思う。とても印象的だった。

 彼の様な強者との関係性は、この裏社会では貴重だ。あの店主(ゴチョウ)が楽しげに会話を行った相手と言うだけでも興味深い。

 環境が落ち着く日がいつやって来るかは分からないが、いつか鬼の子達を連れて会いに行けたらいいなと思った。

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