三話目:「世界勝手救い隊だよ」
中央国家『ガーフィールド帝国』。この世界の真ん中に位置し、世に出回っている地図というものには必ず中心に書かれている世界で3番目に大きな国家。人々が自身の出生地などを説明する時に基準とする国であり、そこには世界最大級の金融機関である「宮廷銀行」が存在する。この宮廷銀行というのは、「白東銀行」「赤西銀行」「青南銀行」「黒北銀行」の4つの地方銀行と、主要国家に開設している「中央銀行」の本店のすべてが一ヵ所に集められたもののことであり、現在ガーフィールド帝国にしか存在していない。要はお金を下ろせない銀行はないということになる。
「……あ、あの、どこに向かってるんですか?」
「どこって、レッドメインだって」
褒美の国『レッドメイン王国』。ガーフィールド帝国の西に位置し、大きな田園を抱えた北の街「チェスト」では数多くの果物が栽培されており、傍から見れば裕福な国として映っている。その果物はしばしば贈り物として世界各国から取り寄せられ、富裕層のみならずあらゆる人種間で授受されている非常に質の高い作物である。ちなみに、レッドメイン王国の世界的に有名な特徴は国王が全身真っ赤の服装を常時着用していることだ。
「レッドメインならあっち……ですよ」
「……」
「あ、あの……」
「……分かってるよ、いちいち言うな、戻るぞ」
進行方向とは逆に足早にグラントが進む。道を間違えていたようだが、まだ仄汰が改めて指摘できるような関係性ではないのかほんの少しだけ居心地が悪そうな顔をしている。
「……」
多少の沈黙が流れる。グラント側もバツが悪いのか、ただその沈黙にも耐えられなくなったのかなにかを口にしようという動きはしている。
「……あの、歩くの速いです」
心なしかグラントの歩くペースも速くなる。
「お前さ」
突然の発言。
「……?はい」
「右利きか?」
「……いえ、左利きです」
「だったら腕輪は右に付けろよ、邪魔になるから」
仄汰が腕に付けているブレスレットを指差す。話が急すぎてグラントの心情がグラついているのが分かりやすい。ただ、逸らした話も自分が仄汰にあげたブレスレットにまでしか広げられず、情けなさは増す一方である。
「右……ですか?」
少し驚きはしたがこの気まずさに耐えられないのは仄汰も同じで、辛うじてブレスレットの話に照準を合わせにいった。
「……ああ、メインで使う手には基本的にアクセサリーは付けるな、動きづらくなるから」
「……なるほど」
そう言われ仄汰は素直に言うことを聞き、左腕に付けていたブレスレットを丁寧に右腕に付け替えた。このブレスレットは先のガーフィールド帝国での買い物でグラントから貰ったものだ。値段は150万サツー、一般的な感覚でいえば装飾品の中での頭一つ抜けて高額なものである。
「……これで大丈夫ですかね」
そう、一般的に高額ということは今まで極貧生活をしていた仄汰からすると超がつく高額装飾品ということだ。雑に扱えるはずがない。恐る恐るグラントに確認をする。
「おお、まあ左から右になっただけだろ」
自分で言っといてもう興味ないのかよ、とは思うが正直ALBUMからしたら150万サツーは言い方は悪いがはした金程度なのかも知れないと少し悲しくなる。
「……大事にしろよ」
不意な発言に仄汰も少し戸惑ったが、その後すぐに「勿論です」と答え、左手でブレスレットを触る。その瞬間、つなぎの袖が捲られ左の手首の内側に何かの模様があるのが見えた。その一瞬をグラントが見逃すはずがなく、目線がそこに向く。
「……手首になんか付いてるぞ」
そう言われ仄汰の頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。それもそのはず。なんと言ったって仄汰の手首にはブレスレットが付いてるのだから。
「……?ブレスレットですよね……?」
「馬鹿か、左の手首だよ」
「え?」と思い言われた自分の左手首のを見る。そこには上半分が欠けた月のような半円の中に横一文字の線が引かれたマークのようなものが描かれている。刺青、いわゆるタトゥーのようなものだろうか、皮膚の中にまで染料が染み込んでいるように見える。
「ああ、これ」
「なんだそれ、刺青か?」
「いや、生まれた時からあったらしいんですよね。あんまり覚えていないので俺もよくわかっていないんですけど」
「……ふーん」
聞いといてそれかい、とまた思うような返事がくる。レッドメイン王国への道はまだ長い。その後しばらくはまっすぐな道をひたすらに歩き続け、ガーフィールド帝国圏外にまで到達した。道中にさほど危険な区域があるわけでもなく、普通に人の往来もある道を通っているだけに何か特別なことが起こるわけでもない。先を歩くグラントとその後ろをついていく仄汰という構図も一向に変わらない。ただ驚くべきことに二人の歩幅はここにきてほとんど同じである。
「なあ仄汰」
「……え、あ、はい」
突然の名前呼びに戸惑うも弟子であるのだから名前も呼ばれるか、とすぐに納得し返事をした。
「飯食わねえか?」
グラントの視線の先には軽食を済ませられそうな店が並んでいる繁華エリアがある。『Paradise of Rest』、世界中に点在する休息所であり、移動する人々や近隣住民の憩いの場として設置されているAUSが運営する公的エリア。年中賑わっているのが日常茶飯事であり、老若男女問わず利用している平和の象徴の一端でもある。皆は愛称を込めて「パラレス」と呼んでいる。
「……?はい」
「遠慮すんな、別にいらねぇなら寄らねえぞ」
時刻は昼真っ只中。正直仄汰のお腹はかなり空いていて、さっきから腹の虫が鳴き止まない。
「……食べたいです」
「じゃあ寄るか」
遠慮すんなというグラントの言葉にはどんな真意があるのか仄汰はまだ距離感が掴めず探っている最中である。まあ、真意などというものはなく、ただただ居心地を悪くしたくないグラントが「師弟関係なんだから気を使うな」と言っているだけなのだが。
「なんか食いたいもんあるか?」
ちゃんとしたご飯を今まで食べてきていないわけではないが、そのどれもが倫理的に認められているかギリギリのラインなので、食べたいものを考えることすら久しぶりの感覚に仄汰は陥っている。
「なんでもいいんですか?」
「……?おう、なんでもいいぞ」
唾を飲む仄汰からわかる通り空腹は限界を超えていそうだ。その様子を少し驚きながらグラントが見ている。パラレスに二人とも足を踏み入れる。今日も各店は繁盛しており、中には長蛇の列が出来上がっている店も散見される。
「……」
辺りを見回す仄汰。後ろめたい感情をなしにして賑わう場所を歩くのに不慣れなのだろうか、通り過ぎる店を険しい顔で物色している。
「……どうした?」
さすがに険しすぎてグラントが意識を逸らすために話をかける。
「え、いや……見たことない食べ物や店がいっぱいで迷ってます」
どうやら険しい顔の正体はワクワクの裏返しだったようだ。それを聞いてグラントは微笑む。
「好きなだけ選べよ」
掻き上げているグラントの黒い髪が風で靡く。反対に額のサングラスは全くと言っていいほど微動だにせず、整った髭は長さ的に靡いてはいないが気持ちよさそうに風を受けているのがわかる。
「あの、これは……なんですか?」
気になっているのか仄汰が店の前に立ち止まる。客は一人も並んではいないが、あまりにも食欲を唆る匂いを立ち込めさせており仄汰もその香気にあてられる。
「ケサディーヤだな、美味いぞ」
「これにします!」
穀物粉を練って伸ばした薄いパン生地に肉や野菜、チーズなどを挟んで焼いた料理であるケサディーヤ。焼けたチーズの匂いと見た目の美味しさは凄まじいものである。
「味はどうする?」
「えっと……普通のやつで大丈夫です」
「量は?」
「え?」
「多くするか?」
「いいんですか?」
「当たり前だろ、食わなきゃ持たねえだろうが」
「……じゃあお願いします」
店前での軽い会話を経てグラントが店主に注文をする。
「注文いいかな?」
「いらっしゃい!何にしますかい?」
「ケサディーヤプレーンの大盛を一つと、レッド(辛いやつ)の大盛三つ、あとローデッドフライを……お前もいるか?」
急に話しかけられるもすぐに合わせる。
「いや、大丈夫です」
「じゃあこっちも三つで、飲み物は水二つちょうだい」
「はいよ!合計で5,550サツーね!」
「これで」
「……!なんだあんちゃん連盟の人なのかい?じゃあサービスしとくよ!」
グラントが出したのはAUSに所属する人間全員が持つ身分証明IDとその中でも限られた人間のみが所有を許されている特別許可証が一つになったオールマイティなカードである。勿論支払いの許可もこれで下りる。そのまま商品を受け取り会計を済ませる。サービスはドリンクだったようで水のほかに白濁として炭酸が入った飲み物がついてきている。
「どうも」
店の目の前のテラス席のような場所に座る。
「これお前にやる」
そう言って仄汰の前に置かれたのは先ほどサービスされた炭酸飲料だ。
「え、いいんですか?これは連盟の人にサービスって……」
「お前だって連盟の人だろ、それに俺は得体の知れないものは飲み食いしないって決めてんだよ」
得体の知れないはさすがに言いすぎな気もするし、折角の厚意を無碍にしている気もするが、まあ飲めるなら飲んどこうと仄汰は渋々受け取った。
「いただきます」
「い、いただきます」
食前の挨拶はちゃんとするタイプだ。ただ、目の前にして改めて感じるが、どう考えても二人前の量ではなく、明らかに頼みすぎだ。主食であるケサディーヤはただでさえ大盛なのに四つもあるし、グラントが勝手に頼んだ副菜であるポテトにはチーズやベーコンが大量にかけられておりそれが三つもある。仄汰は目の前のあまりにも豪勢な食事を見て何から食べればいいのか志向が若干停止しかけている。その様子を脇目も振らずにケサディーヤに喰らいつく自身の師匠を見て仄汰も後に続いた。
「……美味っ!」
目が輝く。枯渇していた口や胃が旨味成分で満たされていく。温かいというだけでも仄汰にしてみれば有難いことなのにそれに加えて味まで一級品だなんて前までの生活では考えられないと口に運ぶたびに感激を繰り返している。漏れてしまったその陳腐な食レポも感動の前には一切の羞恥心を感じることはなく、ただひたすらに食に没頭した。その様子をグラントが見て微笑んでいるようにも見える。そして仄汰は次にポテトに手を伸ばす。
「ああ!こんなところにいた!!」
突如耳元で知らない大きな声が響く。仄汰は反射で体が起き上がったが、グラントは微動だにせず黙々と食事を続けている。聞こえてきた方を振り向くと男が二人立っている。
「もー、遅いですよグラントさん、こっちがどれだけ待ってると思ってるんですかー」
口調的にグラントとは知らない中ではなさそう、と仄汰は判断する。要するに敵(敵がいるかはわからないがいわゆる警戒する相手)ではないということだ。
「……」
咀嚼を続けるグラント。目は完全に合っている。
「……」
モグモグという音だけが静かに聞こえる。
「いやなんとか言ってください!」
「何しに来たフィフィ、リバ」
よくそんなに口に入れて喋れるなと感心してしまう。
「何しに来たじゃないですよー、一向に来ないから迎えに来たんじゃないですか!」
大きな声を上げているこの男、頭には髪を掻き上げる用のカチューシャを着けており、ややウェーブがかった美しいベージュの髪を靡かせている。
「先生が言っていました、『どうせグラントさんは迷子で道に迷ってるだろうから早く連れ戻してきなさい』と」
もう一人の長身で短く漆黒な髪をツンツンと立たせている男が低い声で話す。
「俺が迷子なわけないだろ、なあ?」
知らない会話に巻き込まれる仄汰の身にもなってほしいが、仄汰はさっきの道間違いのことを思い出した。でも、それは師匠のために胸にそっとしまい、「……はい」とだけ答えた。
「めっちゃ気を使われてるじゃないですか!」
「それよりハベルとアルデはどうした、一緒じゃねえのか?」
信じられないほど急に話がカーブする。
「二手に分かれて探していたんですよ。我々が見つけたので連絡しました。じきに来ると思いますよ」
「二時間後か?」
グラントの脳裏にはにっこりと微笑むオーサムが浮かぶ。
「え?」
「いや、なんでもない」
その様子を目で追う仄汰。傍から見ると状況を飲み込めていないように見える。まあ、実際に状況は飲み込めていないが。
「ああ、そうか、自己紹介してなかった、君がグラントさんの一番弟子の仄汰くんでしょ?」
「……!あ、はい、鶯宮・仄汰と言います」
何故か立ち上がる。別にかしこまった場ではないにしろ、やはり挨拶する時は立つのが礼儀というものだろうか。
「ごめんごめん!俺はALBUMの一人ユアン・ティーディンガルの一番弟子、アリグラス・フィフィア!隊からは「フィフィ」って呼ばれてるよ!」
「あ、ああ、どうも」
フィフィアが自身の顔を親指で差す。陽の光すぎて仄汰には若干眩しいとすら思われている。
「で、こいつが同じくALBUMであるシグリアさんの一番弟子の……」
「リバテイン・カグランだ、俺は「リバ」と呼ばれている」
黒髪のツンツンも自己紹介を軽く済ませる。こちらはそこまで明るくはないが陰までとはいかない明るさを携えている。
「あ、よろしくお願いします」
そう言ってグラントの方を見る。仄汰の瞬きが早くなる。少しの沈黙の後、仄汰に何も言っていなかったことを思い出した。
「ああ、忘れてた。こいつらがお前に会わせたかったやつらの一部だ」
「あぁ……え、一部?」
「隊にはまだいるからな」
「それよりも仄汰くん、いくつ?」
「え?」
突然の質問に動揺するが「じゅ……16歳」と答える。
「え!一緒一緒!俺もリバも16なんだよ!!」
なぜかはわからないがこういう時、年が一緒、出身が一緒というだけで少しだけ仲が良くなった気がする。
「あ、そうなんですね……」
「ね?リバ」
「ん?……ああ、そうだな」
リバはあまり同い年ということに興味はないらしい。
「なんだ、じゃあ全然同い年じゃん!」
意味のわからない日本語を話している。
「気使わずにタメ語で話そうよ!同じALBUMの一番弟子なんだし!」
「え?」
「いいよね?リバ」
「ん?……ああ」
「え、でも先輩?になるんじゃ……」
「そんな細かいことは気にしなくていいの!仲良い方がこれから仕事もしやすいし、ね?よろしく!仄汰!」
グイグイ来る。ただ、このグイグイは嫌いじゃない。
「う、うん、よ、よろしく……フィフィ、リバ」
「よろしく」
一通りの挨拶を終える。その間グラントはずっとケサディーヤを食べ続けている。
「まだ緊張してんのか」
「そりゃそうですよ、まだ会って5分も経ってないのにフィフィにタメ口を強要されていますから」
「そんな言い方なくない!?」
「そんなことよりあいつらはまだ来ないのか?」
あいつらとは先ほど名前が挙がった「ハベル」と「アルデ」と呼ばれる人物だろう。
「もうすぐだと思うんですけど」
そう言うとこれからグラントたちがレッドメイン王国へと向かう道の先に二人の男が歩いてくるのが見える。片方は小柄で仄汰よりも身長が小さく、左目に少し髪がかかっている青髪の青年で、もう片方は前髪が両目にかかっている天然パーマのようなモジャモジャした髪を携えた濃い茶髪の青年である。
「あ、ほら、噂をすれば」
グラントたちを見つけ小柄な青年の方が全速力で向かってくる。
「フィフィ!!!」
どうやらフィフィアの名前を呼んでいるようだ。顔は完全に怒っているのがこの距離からでもわかる。足の速さは目を見張るものがあり、常人とは思えないその速度からも怒りが伝わってくるくらいだ。
「てめぇ!俺に嘘教えやがったな!!」
フィフィの胸ぐらを掴む。
「うぅそぉ?何のことだろう」
完全にとぼけている。
「とぼけんな!何が『グラントさんが見つかるまでは単独行動だから』だ!全然リバと一緒にいんじゃねぇか!」
この怒っている方、いわゆる小柄な青年の方は、フィフィアやリバテイン同様、ALBUMであるアーネスト・ピースメイクの一番弟子ハベル・グラスボトル。フィフィアとはタイプの違う声の大きい青年であり、そのフィフィアとは馬が合わないのかお互い嫌いなのかしょっちゅう罵り合っている。ハベルはよく見ると左目にかかった髪だけが緑に近い色をしており、眼も左右で少し色が違う。
「えぇー、なんのことだかさっぱりー」
「ふざけんなよ!」
「まあまあ……落ち着きなよハベル、僕も単独行動だって聞いてたから君が騙されてたわけじゃないんだってきっと」
やんわりと仲裁に入ってきたのは残されたもう一人の天然パーマである青年だ。彼もALBUMであるブランシェット・ディートの弟子フィメール・アルデバランだ。物腰も柔らかく声も中性的であり、前髪の奥の瞳はエメラルドグリーンに似た美しい瞳をしており、眼全体は垂れている。
「じゃあ俺ら二人とも騙しやがったなこの野郎!!」
ハベルが殴り掛かる。拳がフィフィアの顔に当たる直前、その瞬間に流れるようにフィフィアは避け、いつの間にかハベルの背後を取り動きを止めていた。フィフィアが通った道筋にはなぜか花びらが舞っているように見える。
「ちょっとー、顔はなしって言ってんじゃん!」
「てめぇ!ずりぃぞそのユアンさんの『六華術』使うの!」
「師匠の技使うのは弟子の特権でしょー」
また仄汰はついていけておらず、グラントは構わず飯を食い続けている。
「はい、じゃあハベルも仄汰に自己紹介して!」
フィフィアは未だにハベルの動きを止めた状態だ。つまり、今は誰もいないところを殴った状態で固まっている。
「術を解け!この格好でできるか!」
うおおお!!といい無理矢理術を解く。
「あらら」
「本来は自力では解けないはずの術なのにな」
ハベルは自由になった体を振り回すように動かしている。
「騒がしくてごめんね、僕はフィメール・アルデバラン。皆からは「アルデ」って呼ばれてるからそう呼んでくれると嬉しいな」
先にアルデバランのほうが話しかけてきた。
「あっちの叫んでる方がハベル・グラスボトル。よろしくね」
そう言って仄汰に手を差し伸べる。俗に言う握手というやつだ。
「おい!挨拶くらい自分でさせろ!」
少し離れた場所でハベルが叫んでいる。
「ちなみにハベルも同い年だよ」
だからタメ語でいいよ、とフィフィアが言ってくる。そしてここからは恒例の新人に対する質問時間がやってくる。
「仄汰って和名じゃん?出身はどこなの?」
「ああ、えっと、スイレン……だよ」
「え!?杜の都?いいなあ、まだ行ったことないんだよねぇ、景色めっちゃ綺麗なんでしょ?」
「うん、そうらしいね、俺はまだ小っちゃくて記憶がない時に離れちゃったから覚えてないけど……」
「そっかぁ、でもいいなぁ和名!」
「え?」
「だってかっこよくない?」
フィフィアの嘘のないその笑顔に、今まで感じたことのない感情が仄汰の心に満ちていく。嬉しさとはまた違った心の芯が暖かくなるような感覚だ。
「かっこいい……かな」
「かっこいいよ!ね、リバ」
「ん、ああ、かっこいい」
こっちは全く心がこもっていない。
「あれ、でもスイレンってめちゃくちゃ遠いよね?どうして中心に来たの?」
ポジティブは時にノンデリカシーへと姿を変える。
「……それは……」
「そいつ、元エンジェルブック」
「!?」
グラントのその発言でALBUMの弟子一行は一瞬体を硬直させた。エンジェルブックと言えばこれから内情を調査し相対する予定の組織だからだ。
「一番の下っ端だったけどな」
そう言ってまた食事に戻る。
「……ああ、なるほど。この前のアジトに行ったときに弟子になったってことか」
そう言って納得するフィフィアは思ったよりも理解が早く賢いのかもしれない。
「でもいいの?これから仄汰の古巣をやっつけに行くわけだけど」
「うん……まあ、居たくて居たわけじゃないから」
そう言う仄汰の体をフィフィアが見る。つなぎを着ているので直視できているわけではないが、至る所に傷跡は確認でき、グラントがエンジェルブックのアジトに行った時の話を思い出しながらその傷を誰につけられたのかと頭を巡らせ、大方脳内に当時の正しい状況を思い浮かべることができている。
「そっか、大変だったね」
「……?」
仄汰からしてみれば全く会話が嚙み合っていないが、何かを感じ取ったフィフィアは少しだけ悲しい顔をする。
「うしっ、これで隊は全員か?」
ひとしきり飯が終わったグラントが割って入ってきた。ただ、目の前にあるケサディーヤたちはほとんど減っていない。今までグラントが食べ続けていたのが嘘かのようだ。
「…あの、まだ全然減ってないような」
「あと食っていいぞ、俺は満足したから」
「え」
残り全部お前にやる、というジェスチャーをする。
「ああ、気をつけなね。グラントさん、少食のクセにいっぱい頼むだけ頼んで人に食わせる人だから」
弟子として、この先思いやられると痛感する瞬間だった。
「で、これで全員か?」
「いやいや、師匠たちがいますんで」
仄汰は残されたケサディーヤたちを処理している。
「そういやあいつらはどこにいんだよ」
辺りをキョロキョロと見渡す。この時間のパラレスはやはり人が多く、見渡したくらいではそう簡単に探し人は見つからないだろう。
「待ってるんですよ、チェストで」
レッドメイン王国の一角にある町「チェスト」。グラントと仄汰が目指している目的地だ。
「あ、あの……」
「どしたの?仄汰」
「さっきから出てくる”隊”って……何?」
しきりに会話に飛び出してきた単語、「隊」。あまりにも当たり前に使いすぎており、また飯を食わされていて聞くのが遅れてしまったようだ。
「ああ、ごめんごめん、隊っていうのは俺らが所属しているチームみたいなものだよ。グラントさんとうちの師匠、あとシグリアさんとアーネストさんの四人のALBUMが率いているのが俺ら『世界勝手救い隊』だよ」
フィフィアのその説明で凍り付く空気。2秒の沈黙の後、仄汰がギリギリ聞こえないくらいの声でこう言ってしまった。
「……ダサい」
場はさらに冷え切り、全員がが黙る態勢に入る。
「……仄汰、それは言っちゃいけないお約束だ……」
「……え」
「名付けたのは、グラントさんだから」
そう言われ、仄汰は恐る恐るグラントの方を向く。ただ、当のグラントは何食わぬ顔をしており、「おれ?」みたいな顔をしている。
「俺がつけたっけ」
「先生にはそう聞いています」
「俺もー」
「全然覚えてねぇわ」
冷え切っていたのが嘘かのように急速に場が温まり始めた。
「まあ、じゃあ丁度良いし名前変えるか」
「え?そんなことできるんですか?」
「できないことはないだろ、ってことで仄汰。お前の一番最初の仕事だ」
「え、俺?」
突然の指名。
「いいだろ、初仕事だ、気合い入れてけよ。エンジェルブックとの抗争が終わった時までに考えとけよ」
いいな?という半ば強引な師匠命令というやつに仕方なく「……わかりました」と返事をする。するとそこへ、
ペレペレペレペレッ
と、一件の連絡がグラントの許可証に届く。
「あ、お疲れ様です。グラントさん今大丈夫ですか?緊急なんですけど」
許可証には連絡を取れるツールも備わっている。かけてきた相手の名前は「葦路院」と記載されていた。その名を見てグラントは「ちょっと話してくる」と言いその場を離れる。さきほどケサディーヤを買った店の裏手まで行ってから許可証の「出」と書かれたところに手を翳す。
「おお、どうした?」
「会長から聞きましたよ、弟子取ったって」
「おお、ついさっきな」
「どうしちゃったんですか、グラントさんが」
緊急だったはずなのに世間話から始まってしまう。グラントが弟子を取ったということはAUSにとってそれほど異質で異例の出来事であったということを表している。
「……まあ、あれだ。運命に身を任せてみようと思ってな」
「なんですかそれ」
「さすがにじいさんに言われるのもうんざりしてきたし丁度良いタイミングだったんだよ。これで怒られずに済むし伸び伸び仕事できらぁ」
電話口で相手が笑っているのがわかる。
「で?急用なんだろ?アッシー君よ」
「ああ、忘れてました。これからレッドメインに行くんですよね?」
「まあそのつもりではいるが」
「どうやら北部で乱闘騒ぎがあるみたいで早急に鎮圧せよとの命令が」
「じいさんからか?」
「まあ、会長もその一部と言いますか」
濁った答えが返ってくる。
「……冠絶者か」
「察しが良くて助かります。一応自分は伝えましたからね、頼みますよグラントさん」
大人の会話が続く。ここだけ内容を聞いても第三者には何のことかさっぱりだろう。
「螢透、そういえばアレはどうなった?」
アレ。当事者同士ですら伝わるか怪しい代名詞であり、どんなイニシャルトークにも使える万能な言葉。
「安心してください。今回の一件が終われば渡せると思うので」
葦路院は一撃でアレの中身を理解し会話を進める。
「それでは、ご武運を」
「おう」
そう言って電話が切れる。許可証には「終了」という文字が書かれている。それをポケットに仕舞い、仄汰たちのもとへグラントが歩き始める。一方の弟子たちはというと、自己紹介の延長なのかかなり話が弾んでおり仲は一層深まっているように見える。加えてグラントが残した飯を全員で食べているようだ。
「仲良さそうだな」
グラントが笑っている仄汰に話しかける。
「え?そうですか?」
頬が緩んでいる。その顔を見てわかる、仄汰にとってこの環境がどういうものなのかが。
「葦路院さんから電話ですか?」
フィフィアがグラントに聞く。緊急の連絡だったということは周知の事実だ。しかも相手があのALBUMの一人であり、世界貢献記録「知識」を所有している葦路院・螢透となればAUSに所属している人間ならなおさらだ。
「ああ、レッドメインの北部で乱闘騒ぎだと」
重要なところだけを掻い摘みグラントが話す。
「北部って……」
「ああ、おそらくチェストだろう」
フィフィアとリバが話す。ハベルとアルデは仄汰としばらく談笑している。
「……じゃあ、ゆっくり行くか、飯食ったばっかだし」
「……え?」
談笑していた組も合わせて全員がグラントの発言を聞き返してしまう。しかもまだ食っている最中だ。
「あ?」
「聞き間違いじゃないですよね?」
「当たり前だろ、俺たちはゆっくりチェストに向かう」
「聞き間違いじゃなかった……」
「大丈夫だろ、だってチェストにはあいつらがいるんだろ?」
その頃、その乱闘騒ぎが起きていると報告されていたレッドメイン王国北部に位置するチェスト、その入り口では実際に騒ぎが発生しているようで作物を育てている畑は荒れに荒れ、農民と見られる人たちは数十人は優に超える数の若者、いや荒くれ者たちにより怪我を負わせられている。
「や……やめてください……大事な作物なんです……」
「うるせぇな!品質が全然良くねぇじゃねぇかよ!」
そう言い一人の若者がさらに作物に手をかける。それに続き取り巻きの連中も調子に乗り始め辺りはよりめちゃくちゃな状態となる。そこに、男が二人現れた。
「あーあー、やってくれちゃって……痛そー」
一人はレンズが二つ付いたモノクル型の眼鏡(右目にレンズが二つ付いている)をかけ、真っ黒の煙草を燻らせており、ベージュの髪を全体的にふんわりと掻き上げている。彼は世界貢献記録「適性」を所有するALBUMの一人であるユアン・ティーディンガル。
「あれが螢透さんが言ってた乱闘騒ぎですかね」
そしてもう一人は濃い灰色の髪をオールバックにしており、太く束ねた前髪が一本額にかかっており、両耳には目立たないほど小さなピアスを空けている。彼は世界貢献記録「旋風」を所有するALBUMの一人であるシグリア・シーバーバッチである。
「乱闘っていうかあまりにも一方的じゃないか?」
「ええ、あまりにも」
「人数も多いし……え、グラントは?」
ユアンはシグリアの方を一切見ず聞く。
「じき来ると螢透さんが」
「じゃあ当分来ないか」
「ですね」
「うしっ、じゃああいつが来る前にサクッと終わらせますか」
グラント一行は全く急ぐ素振りも見せずチェストに向かうこととなる。




