二話目:「言われなくてもそのつもりだ」
「……は?」
「二度は言わねえぞ。やるのか?やらねえのか?」
突然のセリフに脳がついていかない。この二度は言わないという受け答えは会話の中でも特に緊迫感があるものだと感じる。正直、一度聞いたその発言が合っているのかどうかの確認すらできないというその状況が、一層緊張を加速させている気がする。
「や、や、やや、やります!」
そう、きっと切羽詰まった人間はこういう答え方しかできなくなる。
「よし、じゃあついてこい」
「……?…え?」
信じられないくらいテンポ良く事が進んでしまう。この選択が一生を左右すると本能的に感じてはいるものの考える余裕がない。
「お~い、ビフォア家の皆さん!」
手を叩きグラントが注目を集める仕草をする。それに反応して先ほど電話を渡してきた男が再び近づいてくる。
「はい、お呼びでしょうか」
「お、君が今回の責任者かい?」
「は、第三軍卒でありますハーバード・ウォーカーと申します」
「ああどうも、グラントです」
「存じております」
無駄な会話が多いがそんなことを鶯宮が言えるはずもなく、聞くだけでやっとの状態だ。
「今のこいつとの会話聞いてたね?ばあさんに連絡をしてくれるかい?」
「は、はあ。ビフォア様でよろしいので?」
「いいのいいの、どうせすぐ連絡回るからこの組織」
じゃあよろしく、と伝言だけ渡して再び鶯宮のほうを向く。さっきまで盗賊の下っ端だった少年のみすぼらしい姿を見てものすごく哀れみの目を向けているのが分かる。
「……な、なんですか」
「だせぇ格好だな」
「え?」
「よし、買い行くか」
「え、え?!」
来い、と連れて行かれる。まだその辺に残っている協会の連中に「後はよろしく」と言い残してそのまま廃れたアジトを後にする。そしてそのまま町の中心街に向かい歩き始める。
「この辺だと「クラウド」が一番近い繁華街か?」
独り言に近い発言ではあるが、一応鶯宮に向けての言葉のようだ。
「おい、聞いてんのか?」
だが、歩くグラントについていくのがやっとの鶯宮にはその言葉は届いていなかったようで、聞き返されてしまった。
「え?」
「だから、この辺なら「クラウド」が一番近いか?って聞いてんだよ」
この世界の中心に位置する中央国家『ガーフィールド帝国』。中心街である「クラウド」は世界で一番安全な街と言われているほど厳重な警備が施されており、その安全な街中では日夜多くの人が物品の売買を行っている。そして、そのど真ん中には巨大な銀行である「宮廷銀行」が置かれている。まあ、この中央国家が世界一安全と言われているのは世界統一協会の本部もとい最高会長レウレリヒドが鎮座しているからでもあるのだが。
「ち……かいとは思いますけど」
「じゃあとりあえずその格好なんとかしろ、出してやるから一通り揃えてこい」
そう言い結構な札束を渡しスタスタと歩いていく。「あとは好きにしろ、買い揃えたらあそこに来いな」と言って宮廷銀行前を集合場所に指定した。そのままグラントは姿を消す。
「……どういう状況?」
呆然とする。集合場所は言われても集合時間が分からない。本当に好きにしていつ集まっても良いのだろうか、いやいやそんなことはないだろ、という問答を一生頭の中で繰り返す。
「200万サツーもある……」
肉眼でそうそう見ることのできない束に固唾を呑む。
「これ、使い切れってことなんかな」
ここまでたった5分。さっきまで天使の絵本の中ボスにボコボコにされかけていたのに今や中央国家の中心街でのんきに買い物をしようとまでしているこの温度差に風邪を引きそうになる。正直なにが起こったのか、鶯宮の頭の中では整理が一切ついていない。あまりにも展開が早すぎる。
「……今、俺は何をすればいいんだっけか」
しばらく留まっていたがようやく足が前に出て歩き始める。今までの人生でこんな大金を一度に手にすることもなかったし、それを自分のために使えるという機会が訪れるわけもないようなそんな人生を歩いてきているので浮き足立ってしまっている。
「……ど……こに入れば何が買えるんだ?」
クラウドという街は格子状に道が引かれており、その全ての道沿いに路面店が設置されていてそのどれもが全世界に展開する有名店である。そしてその格子状の道の中心に巨大な銀行があるという構造である。
「いらっしゃいませ~、スクイーズへようこそ~」
いかにも高そうな店に入ってしまった。軒先には『Squeeze』と書かれている。ウロウロするその様子やオドオドしたその目がさながら不審者そのものであり、店員にも警戒されている。
「お客様~、本日は何をお探しで~?」
ビクッ、と背筋が伸びきる。ロックオンされてしまった。服屋あるあるというのはどの世界にも存在はするようで、話しかけて欲しくないときに限って店員に声をかけられる。ただ、これは店側からしても客あるあるなようで、鶯宮のような買い物初心者は口車にさえ乗せられれば大量に買ってくれるから売り上げに繋がるため話しかけにいく、ということらしい。
「何かお探しで?」
「……いえ、何も」
ビックリしたことにより何しに来たのかを忘れている。
「な、なにも……ですか?」
じゃあ何しに来たんだよ、という顔を露骨にされた。
「あ、あぁ、え~と……」
店員のその顔を見て自分のおかしさに気付いたのか我に返る。店で正々堂々買い物をするという人生を経験してこなかったせいなのかそもそも買い物がどんなものか全く分かっていない。
「ふ、服を探しに」
そりゃそうだろうよ、という顔を露骨にしている。
「……どんなお洋服をお探しに?」
「ああ、えっと……」
自分のことをコミュニケーションに難があると今まで思ったことはなかったのだが、鶯宮は正式な対人の会話が苦手なのかもしれないと自覚した瞬間だった。
「……えっと」
会話を終わらせなければならないという感情と終わらせるにはどうしたら良いのかという思考が同時にフルに脳を巡り、鶯宮の目は凄まじい速度でラックにかかっている服の値札を見られる限り確認している。
「こ、これください。これが一番欲しかったものです!」
勢いに任せて指を差してしまったのはこの店で確認できた中で最も安価なものであった。ただ、うん。
「こ……ちらの商品で本当によろしかったので?」
店員からは聞いたことのない「え、本当にこれ買うの?」の最上級に丁寧な言い方をされているにも関わらず、鶯宮は全く理解しておらず「え、あ、はいこれで」と言って会計に進む。
「お会計20万サツーになります」
「20……」
グラントに渡された札束から一枚ずつ数えてトレーにそっと置いた。自分のお金ではないにしろ物凄い大金が一度に無くなってしまったことに少しだけダメージを負っている。店員に至っては「こいつ、こんな汚い格好して本当に20万あるのか?」という疑いの目を向けている。ただ、ピッタリ出してきたので改めて客として認識したようだ。
「丁度お預かりいたします。購入証明書は御入用ですか?」
「購入証明書?ですか?」
「はい。ご購入の証明になる小さな用紙のことです」
「……いるのか?」
「お客様によるかと」
「何にいくら使ったかは言うべきだよな、貰っといたほうがいいのかな」というあり得ないくらい小さく早い言葉を口にして鶯宮は貰うを選んだ。
「ご購入品は袋にお入れいたしますか?」
「あ、えっと、それは要らないです」
ではこちら、と言われて服を渡される。綺麗に畳まれていていてこの後着るのが申し訳なくなる。
「ありがとうございます~、またお越しくださいませ~」
ただここで気付いた。グラントに言われたのはだせぇ格好だから買い物に行けというものだった。だったらこのださい格好は一刻も早く着替えるべきではないのかと。
「あの、ここって着替えるところありますか……」
そうして着替えた鶯宮は別にそんなに時間が経っているわけでもないのに急いで集合場所と思われる宮廷銀行前に向かった。ただ既にグラントが雑貨を売っている屋台の隣で壁にもたれ掛かっていた。
「す、すみません遅れて……」
「遅れてねぇよ、時間言ってねぇし」
「そう……ですよね」
「何だその格好」
「……やっぱり変ですかね」
スクイーズという店で一番安かった服は薄水色のつなぎであったようで今鶯宮はそれを着ている。
「変ではあるが……まあいいんじゃねぇか」
「あ、あのこれ」
そう言って鶯宮は渡された札束を返した。
「なんだこれ」
「残りです」
「使ってないのか?」
「いえ、これ買いましたよ。20万使ってます」
「全部使えば良かったじゃねぇか」
言われたことの無い台詞に戸惑っている。
「なんだよしょうがねぇなぁ」
グラントが辺りを見回し隣の雑貨屋台の店主のおじさんに声をかける。
「……これいくら?」
「いらっしゃい、この腕輪は150万サツーだよ」
怪しさ満載のおじさんだが、宮廷銀行の入口の隣で商売できていると言うことは国に認可されているということなのだろうか。ただグラントが手に取った腕輪は小さな装飾がついただけのただの腕輪であり、とても150万サツーするとは思えない。
「うい、じゃあこれで」
「まいどあり~」
一瞬の買い物に鶯宮はどこを見ていれば良いのか全く分かっていなかった。
「ほれ、これつけとけ」
ポンッと投げられた腕輪をワタワタしながら受け取った。正直付け方も全く分からないが一応「ありがとうございます」の儀だけしてグラントは宮廷銀行の入口の階段を上がる。
「じゃあ行くか」
「えっと、どこに?」
「そろそろ呼ばれる頃だからな、本部行くぞ」
「え、え、本部?」
ついてこい、と言われてそのまま宮廷銀行の中に入っていく。中はありえないくらい広くとんでもなく綺麗である。入口から見て右側には紙幣を引き出すための機械が所狭しと並んでおり、その全ての機械に平均して30人ほどが列をなして自分の番を待っている。その奥にはカウンターが引かれており、銀行職員が直接対応する窓口が設置されている。そこでは融資や投資の相談、諸手続の受付等を行われており、カウンター前にはソファが置かれていて順番を待つ客が座って待っている様子が見られる。その左、機械の反対には薄暗い通路があり、トイレや従業員専用と書かれた扉が無数に並んでいる。
「あの……どこに行くんですか?」
スタスタと先を歩くグラントに話しかけるも返答はなく、心なしか足取りも速くなる。薄暗い通路をそのまま真っ直ぐ進んでいくと突き当たりにポツンと紙幣引き出し機械が置かれていた。
「……なんですかこれ」
そこに迷うことなく向かい、なにやら操作をしている。ピッ、ピッと操作音が通路に響くが、ガヤガヤした表の銀行には全く反応されず見向きもされていない。ただそれは都合が良い。
「お前、元々着てた服は?」
「ああ、えっと、処分に困ったので店に捨ててもらいました」
「そんなことできんのか」
操作をしながら鶯宮に話をする。慣れた手つきで動かす両手は何をどういじっているのかは分からないがとにかくスゴい。
「……うし、開くぞ」
そう言ったすぐ後、
プシューッ
と音がし、目の前の機械が真っ二つに割れ下へと続く階段が現れる。
「……なんですかこれ…」
「うし、行くぞ」
さっきからずっと会話が噛み合っていないというかお互いに一方通行な気がする。
「ああ、ああちょっと!」
どんどんと先に進むグラントの後を追うように階段を下っていく。先は長く、明かりはほとんどないが、薄らと先が見えている状態が続く。離れたら二度と戻ってこられないのではないか、という不安がよぎり、グラントと距離を取らないように少し小走りになる。歩幅が合わないのか小走りでないと間隔が離れていってしまうようだ。ただ、歩幅ばかり気にしていて足下しか見ていなかったばっかりに、突然止まったグラントに正面衝突する。
「ウエッ!?」
「着いたぞ」
一際明るい部屋が見える。ここはエーデルフィアルーム。最高会長レウレリヒドの私室であり、重要な話し合いやALBUMの召集に使われている。
「お待ちしておりました」
例の如く、レウレリヒドの筆頭秘書であるオーサムが出迎える。
「じいさんはどこだ?」
「直に」
「2時間も待てと?」
「いえ、直です」
すると、デスクの後ろにスクリーンが突如現れ、そこに男がアップで映し出される。
「「……これは、設置できているのかい?」」
「「できていますね、向こうには会長の顔が拡大されて写っている頃だと思います」」
画面が揺れる。何かを動かしているのが伝わってくるが、未だ誰なのか確認ができない。
「「これで大丈夫だと思います。向こうにはオーサムがいると思いますので、声をかけてみてください」」
「「お、いけたかい?おーい、オーサムくん?聞こえるかな?」」
そこに写ったのは下に小さなレンズが三つ連なっている丸眼鏡をかけ両耳には大きなリング状のピアスを開けた痩せこけた初老の男だった。
「聞こえております、レウレリヒド会長」
雑把に生えた口にかかっている髭は整えられていないとは言えないが、自由に生やされている感じはする。白髪も綺麗な白髪とは言えないが、染めてはいない天然の白い髪はどこか儚さと若干の神々しさを漂わせている。
「「そこには……おお、いたいた。久しぶりだね、グラント」」
「……なんだこれは」
「これは通信映像ですね」
「それは分かってんだよ、なんで映像なんだよ」
「「私は今ルームにはいないからね」」
「だからなんでいねぇんだよ」
「お伝えしましたよ?終焉の花園にいると」
グラントは前にルームに来たときの話を思い出した。よく考えれば天使の絵本のボスと言われる人物と終焉の花園で抗争中だったとかなんとか。
「……なんだじゃあ意味ねぇじゃねぇか、連れてきたのに」
そう言ってグラントは鶯宮の方を向く。完全に蚊帳の外だったが急に話の輪に入れられた鶯宮は突然のあまり心臓が止まった感覚に陥った。
「え!?……お、おれ?」
「「そうか、彼がビフォアさんから聞いたお前の……」」
映像越しだからかよく見えないようで顔が近くなる。
「会長、顔が近くなっています」
「「おお、すまない、よく見ようと思ったんだがあまり意味がなかった」」
「何してんだジジィ」
画面の向こうでレウレリヒドが一人笑っている。呆れているグラントと無表情のオーサムに反して状況を全く飲み込めていない鶯宮が半口を開けて唖然としている。
「「いやいや、ここに呼んだのは君を一目見るためだったんだよ、鶯宮仄汰くん」」
突然名前を呼ばれて開いていた口を閉じ唾を飲む。緊張とはまた違う寒気が背中を走った。
「……俺を?……というか、な、名前……」
「「グラントから報告を貰ってね、君が弟子入りをしたと」」
「正確には勝手に弟子にさせられた、のようですが」
すぐにオーサムの訂正が入った。「どっちも一緒だろ」とグラントが小さく呟く声が聞こえる。
「「それが本当かを確かめたくてね、私もこの男にはほとほと困り果てていた頃だからね」」
チラッとグラントのほうを見るが、当のグラントはこの場に飽きてきているようで欠伸をしながら部屋の角を見ている。
「「……なるほど、……グラント!」」
急に名前を呼ばれて意を突かれたように身体をピクッと動かしレウレリヒドに目を向ける。
「「仄汰くんと話がしたい、お前抜きで」」
「あ?」
そう言ってレウレリヒドが指を鳴らす。
「ジジィ!てめ……」
その瞬間グラントだけが姿を消す、いや消されたのほうが正しいだろうか。エーデルフィアルームにはオーサムと鶯宮、そして画面越しのレウレリヒドのみとなった。ただ、鶯宮はグラントが消えた事に対してかなりの恐怖を抱いてしまった。
「……ど、どこにやったんですか」
「「なに、その辺にいるさ、この部屋にいないだけでね」」
その笑顔が余計怖い。
「「さて、これで君とゆっくり話ができる」」
改めて話す前ぶりとして咳払いをする。
「「良い服だね」」
急な話に一瞬拍子抜けする。
「え、ああ、ありがとうございます……」
「「ただそのブレスレットはいただけないね」」
「え……」
また咳払いする。始まったときからの優しい顔つきから少しずつ真剣な面持ちに変わっていく。
「「これから審査会を始める、聞かれたことには正確に正直に答えるように、いいね?」」
そう言い、ピリッとした空気が流れる。オーサムは一向に顔つきが変わらない。
「は、はい」
「「では、……君は、ALBUMの弟子になるということがどういうことか、分かって弟子になっているかい?」」
一度では理解出来なかった。何を聞きたいのか、その真意は何なのか、そこまで考える余地はなく気がついたときには鶯宮の口から声が出ていた。
「……どういうことですか?」
「「うん、君は世界統一協会という存在を知っているかい?」」
少し話が逸れたような気がする。
「……ええ、まあ有名ですから名前は。……AUSです……よね」
「「うん、そうだね。では、そのAUSがどんな組織なのか、何をしているのかは知っているかい?」
「それは……すみません知らないです」
「「そうだよね、世間の認識はそうかもしれない」」
「あ、いや、俺は今まで世間一般には属せていなかったので知識がないだけです……」
「「ははっ、そう卑下しないでよ、咎めたいわけではないんだ。ただ、AUSがどれくらいの認知度なのかは認識しておかなければと思ってね」」
少しだけ場が和んでいる感じがする。
「「本気で弟子になるという覚悟があるのなら、君にはしっかりと知っておいて貰わないといけないんだ」」
「……」
オーサムがとても小さな溜め息をつく。流石の筆頭秘書でも四六時中緊張の糸を張り詰めておくのは至難の業なのだろうか。
「「聞くかい?」」
その言葉は、後戻りはできないよ?という呪縛を含んでいるようにも聞こえる。ただ、それを聞く前から、グラントの袖を引っ張ったあの時から、もう鶯宮は後戻りなどするつもりは毛頭なかった。
「……き、聞きます」
「「では……我々AUSは名前の通り、世界を統一するために創設された組織だ。加盟国は世界の約8割ほど、その加盟国全ての安全を保障し、繁栄を促進するために全世界を駆け回っている」」
これは加盟国各国に稀に流れるプロモーションのような協会の説明でも同様の説明を見られるので、ここまでは知ろうと思えば簡単に知れる情報である。
「「それを取り仕切っているのが、世界各地から集められた力のある者であるALBUMと呼ばれる精鋭たちだ。君が弟子入りしたグラントも、そこにいるオーサムくんもそのALBUMの一人に数えられている」」
そのタイミングで鶯宮はオーサムを見て、オーサムは鶯宮にニコッと微笑んで軽い会釈をした。
「「彼らには世界を、平和を、この世にいる人々の全てを守る義務がある。だからそのために私からレコードと呼ばれる力が授与され、その力を以ってして世界の統一を図っているんだ」
「……れ、レコード……?」
「「うん、特殊能力みたいなものだね。簡単に言うととてつもないすごい力ってやつだ」」
なぜだか分からないが物凄く馬鹿にされた感じがする。
「「まあ、相当なデメリットも持ち合わせているから、ただ保有しているだけではやはりその力の真髄は発揮できない。持つべき人が持ってこその力ってわけだね」」
「な、なるほど……」
正直、理解はしていない。ただ、普段の生活では知り得ないことを説明された人間はこう言った反応になってしまうという良い例だろう。
「「もっと細かいことを言うと、レコードには二種類あるんだけど……今の君にはまだ話さなくても大丈夫か」」
なにかレウレリヒドが重要なことをいたように聞こえたが、それ以外の情報の整理に脳の処理を任せているばっかりに聞くに聞けなかった。
「「……情報の整理はできているかい?」」
「……はい、……いや、正直まだ……」
「「だろうね。……そうだ!実際にレコードの能力を見せようか!」」
そう言い始め、レウレリヒドが自分の能力を説明しようとする。ただ、それを遮るようにオーサムが鶯宮に話をかける。あまりにも突然話しかけてきたばっかりにレウレリヒドの話は耳に届いていない。
「鶯宮様」
「……!は、はい」
「これは審査会です。レウレリヒド最高会長が直接、ALBUMの弟子となる者がその立場に相応しいかどうかを審査しています。これがどういうことか分かっておられますか?」
さっきまで黙っていた分、目つきも穏やかなはずなのに圧がすごい。美人に睨まれるのがご褒美と感じる男もいるだろうが、鶯宮は純粋に年上の女性の怖さを感じている。この間も、レウレリヒドはなにかをずっと話し続けている。
「どういうとは……?」
「先ほど会長から統一協会のご説明も、ALBUMという存在のご説明もご教示されたかと思いますが、我々は世界を守るべき立場の者。その弟子になるというのがどういうことか、お分かりかということです」
そう、これはただの仲間入り大歓迎の懇親会ではない。ALBUMが世界を守ると簡単には言っているが、言葉で言い表せるほど簡単なことではないのと同時に、それを担っているALBUMの弟子というのは、なにかあったとき師匠の顔に泥を塗ることになる。つまり世界の平和と繁栄を担う者達に余計な被害を与える可能性を弟子は含んでいるということだ。
「……」
だから鶯宮も簡単には答えられない。本当に自分が、さっきまで道を外れていた荒くれ者が成っていいものなのかと。
「……」
考える。真剣だからこそ、ここでの一挙手一投足が自分の人生を大きく分ける。
「「……?おーい、聞いてた?」」
ここでようやくレウレリヒドが会話に割り込んできた。
「……はい、会長の能力は耳が痛くなるほど拝聴しております」
「「それ聞いてないと同義だよね?」」
会長と秘書との他愛もない会話が生まれる。
「俺は……」
ようやっと鶯宮が声を上げた。その声に二人も鶯宮に視線を集める。
「俺は、もっと……役に立ちたい!」
その言葉に、レウレリヒドとオーサムは驚きながらも内心の微笑みが若干顔にも滲み出てくる。
「あの人はそれを聞いて拾ってくれた。今の俺が世界の平和に相応しいか、ALBUMの弟子という立場が相応しいかは分からないけど……俺はあの人の、世間の、役に立てるようになりたいです」
キラキラと輝くその目は、さっきまで悪党の下っ端だった奴とは思えないほど澄んでいる。感極まった涙のせいか、明るい未来を見据えているからなのか、その目はレウレリヒドたちにも波及していく。
「「……そうかい、じゃあ安心だね」」
オーサムくん、と呼ばれたと同時にオーサムはポケットからクラッカーを取り出して
パァーン!!
と鳴らした。一気に歓迎ムードといったところだ。
「「弟子入り、おめでとう!」」
ウルウルした目が唖然とした目にみるみる内に変わっていく。「審査会は終わりになります。これからは立場を理解し最前の行動を心掛けましょう」とオーサムの目が語っているようだ。
「「さて、君との話はこれで終わりだ。最後に一つ忘れないで欲しいんだが、グラント・エスフィールドにとって君は一番弟子になる。つまり一番最初の弟子ということだね。さっきオーサムくんにも言われていたと思うけど、弟子というのはそのALBUMの権力の象徴でもあり、印象そのものになる。君の行動次第でグラントは生きるも死ぬも決められる。その一番の立場になったということを、ゆめゆめ忘れないように。じゃあね」」
そう言いまた指を鳴らす。
「……?え、え!?ちょまっ……」
それと同時に鶯宮が消え(消され)、代わりにグラントが現れる。
「……なげえよ」
「おかえりなさいませ、グラント様」
「おう」
眠そうなのは相変わらずだ。
「「良い子だね、彼は」」
「……そうかい」
「「……でも、天使の絵本の下っ端の下っ端だったんだろ?始めから目をつけていたわけでもないだろうに」」
その会話は、一見親子のようにも感じられる。口の悪い息子にそれでも気にかける親の姿に近いのだろうか。
「「今まで、40年近くも弟子一人取らずに一人で生きてきた独りぼっちの狼が、急に弟子にしたと言って一人の男を連れてきた……彼に一体何があるんだい?」」
しばらく、と言っても十秒もないだろうが沈黙の末、こう告げる。
「……人の役に立ちたいと言ってた。だから取っただけだ。後世の育成もALBUMの使命なんだろ?」
チラッとオーサムを見るグラントに釣られレウレリヒドも彼女を見る。オーサムは私を見られましても、という顔をしている。
「「まあそうだね。うん、いいだろう、後世の育成に励むといいさ」」
「言われなくてもそのつもりだ」
出してくれ、と上を指し合図をする。
「「……言うようになったなぁグラント。……まあ、念のため彼の出生や素性は調べさせる、いいね?」
そう問いかけ、グラントの反応を見ている。
「……好きにしろ」
「「好きにするさ、お前はこれからどうするつもりだ?」」
「ビフォアのばあさんが天使の絵本は裏で何かと繋がってると言ってた。ジジィもその一端と接触してたんだろ?それを探る」
「「うん、じゃあ頼んだよ」」
レウレリヒドが指を鳴らす。その瞬間、グラントは地上に出た。場所は入ってきた宮廷銀行の薄暗い通路である。同時に鶯宮も出てきたようで、まだ慣れていないのかビックリした顔をしている。
「うわ!……どういう仕組みなんだ……?」
「すぐ慣れる、うし、じゃあ行くか」
「あ、ああ……今度はどこに?」
「会わなきゃいけねぇ奴らがいるんだ、だから『レッドメイン王国』に向かう、ついてこい」
そう言い、薄暗い通路を通り宮廷銀行を出る。場面は変わり、『ガーフィールド帝国』の隣に位置する『レッドメイン王国』の北側「チェスト」という街では、とある男たちが談笑をしている。
「聞きました?グラントさん、弟子取ったらしいですよ」
「ああ、聞いた。というか俺が教えたんだろ」
「どんな奴か、気になりますね。あのグラントさんの弟子ですからね」
新たな冒険が幕を開ける。