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一話目:「弟子になってみるか?」

 40年前、世界の繁栄を願い、強さこそがものを言う世界の実現のため、とある世界機関が誕生した。その機関の名は「世界統一協会(Association for Unification of Sphere)」、通称AUS。レウレリヒド・エーデルフィアという人物が最高会長を務める全世界共通の最高機関であるAUSは、40年前の創設当初、全世界を統一し纏め上げるために世界各地から力を持つ者達を集め、20人の親衛隊「ALBUMアルバム」を作成した。彼らは世界に貢献した証として世界貢献記録ワールドレコードをレウレリヒドから授けられ、その結果それぞれが特別な力を有し、それぞれが名を与えられ、それが今の世界の繁栄を導いていた。


「……どこだここは」


 そして時は経ち40年後の現在、そのALBUMたちは後継を遺すために門下を構え、勢力を伸ばし続けていた。…ただ一人、たった一人を除いて。


「北門を西にって言うから言う通りに来たってのに、一回も来たことのない場所に着いたぞ。…あの門番、嘘つきやがったのか」


 この男はグラント・エスフィールド。世界各地を周り強い奴を求め続けている半戦闘狂であり、自らが生み出した流派「アンチピスト流」の達人である。


「だいたい北とか西とかよ、そんなもんで分かるわけねぇだろうが」


 そう言って石でできた灯籠にもたれ掛かって一休みつこうとした瞬間、その灯籠が床に沈み、何かのスイッチが入ったかのように、


カチッ


 という音を立てた。


「……!…なんだ?」


 その灯籠を囲むように床が開き、地下に続く階段が中に見える。ただ、どう考えても真ん中にある灯籠が邪魔をしているようで、入りにくさ抜群である。


「……これに入れってことなのか…」


 雑な誘導、と言って差し支えないような勧誘にグラントも一歩後ろに引くが、だれも「どうぞ」と言ってくれないネタばらしのないドッキリに仕方なく足を踏み入れることになった。この場所に呼んだ人物をグラントは知っているだけにこれだけあり得ない状況でも仕方がないと受け入れてしまう。暗いな、と思ったタイミングで明かりが灯される地下行きの階段は思っている4倍は長く続き、降りきってからはこれまた長い一本道が続いた。


「……なげぇ」


 もう流石に面倒くささが表情を突破してきた頃、奥に一際明るくなった空間が見える。心なしか足早になり、明かりを求める虫の気持ちがなんとなく分かってきた。そしてその明るい空間にグラントが足を踏み入れた。そこはここまで歩いて辿り着いたにしては広すぎる場所であり、一種の秘密基地のような、それでいて寛げる雰囲気もある独特の空気を醸し出している。そう、誰かの部屋。グラントはここに何度も訪れている。


「お久しぶりです。グラント様。」


 黒いメイド服を着たショートカットの女性が配置されたデスクの前に立っている。髪色は毛先になるにつれて濃くなった紫であり、左側にはクローバーのような円が三つ繋がった髪飾りをつけていて、左目の下にはその髪飾りとリンクしたようにホクロが三つ三角形を描いている。


「おお、久しぶりだな、オーサム」


 オーサム・ビートウィン。世界統一協会最高会長レウレリヒドの筆頭秘書であり、世界貢献記録「懐刀ナンバーバヨネット」を保有しているALBUMの一人。腰には二本の名刀「グレイティー」と「来未ノ風前(くみのふうぜん)」を携帯しており、両手にオープンフィンガーの革手袋を着用している。


「ここに来るのは7年ぶりとご記憶しております」


「7年……あの時か」


「はい。会長もその後のグラント様の動向をお気にされておりましたので本日はお越しいただけて大変喜んでおられます」


「で、その呼びつけた当人レウレリヒドは今どこにいるんだ」


「会長は現在、『終焉の花園』にて盗賊団「天使の絵本(エンジェル・ブック)」と抗争中でございます」


 グラントはレウレリヒドに呼び出されてこの部屋「エーデルフィアルーム」に誘われたわけだが、謁見することはできないでいた。


「エンジェルブック?」


「巷で騒がれてる悪質な盗賊団でございます。そのボスが終焉の花園にいると言う情報が先ほど入りまして、すぐに出掛けられたということです」


「……お前は連れてかれなかった訳か」


「わたくしのお力では事態を終息できないと判断されたのでしょう」


「……謙虚なのもここまでくると嫌みだな」


「グラント様にそう仰っていただけるだけで光栄でございます」


 相変わらず掴みにくい女だ、と軽く溜め息をつく。


「じゃあ、当分あのじいさんは戻ってこないってことだな?」


「2時間もすれば直に」


「それは直の時間じゃねぇのよ」


 ったくなんで呼んだんだよ、とまた溜め息。


「会長がグラント様をここにお呼びになる理由は一つしかないと思いますが?」


 心当たりがあるのかばつが悪そうにオーサムを睨む。そう、このエーデルフィアルームはレウレリヒドが呼びつけた相手に対してやって欲しいこと、いわゆる会長命令があるときにしか招待されない特別な部屋。そして、グラントがレウレリヒドに命令されることはたった一つしかない。


「まだ言ってんのか、俺に弟子を取れって」


「他のALBUMの方々は全員門下を抱えておられます。現状お弟子様をおとりになっておられないのはグラント様だけ。会長のお心もご理解いただければと思いますが」


「……必要だと思ったら取るよ」


「嘘をついておられる顔が分かりやすいですね」


「ビフォアのばあさんみたいに軍隊をつくったってしょうがねぇじゃねぇか」


「後世の育成も我々ALBUMの使命と言っても過言ではありません。それにグラント様だって…」


「分かったって、考えとく。……それでいいか?」


 何度もされている話なのか少しイライラした様子で会話を無理矢理中断した。


「わたくしが判断できる事ではありませんので」


「とにかくじいさんが戻ってくるまではここにいても仕方がねぇってことだろ?俺は帰る、出してくれ」


 そう言って上を指す。


「どうせこの空間もドゥルウェンが創ってるんだろ?だったらさっさと出してくれ。お前が合図をすれば出られるはずだろ」


「……相変わらずせっかちな性格ですね。またすぐにここでお会いすることになると思われますよ」


 オーサムがそう言って指パッチンをする。するとすぐに場所が外に変わる。「ALBUM」の一人に空想世界を創り出せる世界貢献記録を持つ者がおり、あのエーデルフィアルームもその男ドゥルウェン・エフレイヤが創った空間であり、レウレリヒドが思う部屋を創り出すことができている。


「たいした能力だぜまったく……」


ドンッ


 外に戻ったのも束の間、少年の様相をした男がグラントにぶつかってきた。エーデルフィアルームに入ってきたときと同じ場所ではないようで人通りも多い場所に出てきてしまったようだ。


「あ、すみません」


「お?…あぁ」


 その一瞬の会話に人間の全てが詰まっている。ぶつかった時点でどっちも過失があって然るべきなのに目下だと感じている方が先に謝る、それがこの世界の、人間の在り方なのだ。まあ確かに、辛うじて髪の色が黒なだけでサングラスを額にかけ、両頬から人中にかけて髭が伸びている目つきの悪いグラントを見れば自分が悪くなくても謝ってしまうだろう。


「……チッ、しけてんなぁ、イカツイ顔したおじさんなら幾らか持ってると思ったのに」


 グラントにぶつかったその少年は路地に入った途端、手に持っていた布切れ、いわゆる財布を物色している。言い草的には多分グラントの財布なのだろう。特に気にしていないようだが、あまり綺麗な財布ではない。


「はあ、今日中に100万サツー必要なのに……次しくじったらアルカリさんに殺されちまうよ」


 少年の羽織っているフードには天使が読書をしている模様が描かれている。巷で騒がれている盗賊団の名前に酷似したその模様は不気味に微笑む天使が余計な怖さを生み出している。


「他の奴からもたいして奪えなかったし、どうしたら……」


「おい兄ちゃん。良いもんいっぱい持ってんじゃねぇか」


「おれらから盗んだもので良い思いはできたか?コソ泥よ」


「……!……お、お前ら!?」


 グラント以外からも盗んでいたらしく、その他被害者がゾロゾロと少年の元へ訪れた。そこから先は分かりやすいくらいコテコテの自業自得が続いていた。見るも無惨な姿になり、服もボロボロ。完全に反撃が成功されてしまった。


「盗んだお前が一文無しとはどういうことだよ使えないクソガキだな!」


 おい行くぞ!と最後の一撃を浴びせて男達は去っていった。残された少年は虫の息であり、自分で仰向けになるのもやっとの状態だ。


「……うっ、や、やり過ぎだよあいつら……」


 結果として盗った銭入れたちは今の男たちに盗り返されてしまった。彼らから盗った以上の金額を盗り返されているので、被害者側はプラスで帰っていったということになる。


「……なにしてんだ、オレ」


 起き上がれないほどの傷を負っていても起き上がらなければならない。誰も手を差し伸べてはくれないこの状況では自分の力で身体を起こすしかないのだ。口の中も切れ、血が滴る。奥歯が折れているような感覚、骨にも違和感を覚える。ミシッという音が聞こえないだけで身体のあちこちから悲鳴が上がっている。


「……はあ」


 その姿がより惨めさを加速させる。一文無しになったこの状態で歩く少年はフラフラととある場所に向かい始めた。


「……只今戻りました。……あれ?」


 瓦礫まみれの廃墟。the悪党のアジトという雰囲気を醸し出しているこの場所は今巷で話題となっている盗賊集団「天使の絵本」の溜まり場となっている場所だ。廃墟に吹く風が天使の描かれた少年の上着を靡かせる。その一瞬で見えた腕には本に羽が生えた入墨が彫られている。これがその盗賊の一員の証ということになるのだろう。


「……?誰も居ねぇ、なんもねぇ、あれ、場所間違えたか?」


 その台詞からも分かるようにアジトは各地に存在しているようだ。ただ、今この場所は雰囲気だけがアジトっぽいだけで中身は空っぽ。抜け殻のような様子が漂っている。そこに少年以外の人の音が二つした。


「ホントにここなのか?なんにもねぇぞ?」


「本部からの情報だぞ?間違っているなんて口が裂けても言えないだろ」


 調査隊、といったところか。服装はどこかの軍隊のように二人とも全く同じで、違いは服のサイズくらいだろうか。


(本部……あいつらAUSのやつってことか。じゃあオレらのアジトがバレちまったってことか?)


 咄嗟に隠れた判断は正しかったようで、少年は調査隊の男たちとは相反する存在だとすぐに認識し視界から消える選択をした。


(……誰かがバラしたのか、それとも凄腕の調査員がいんのか?)


「でもよ、なんで本部がこんな躍起になってそこまで大きくもねぇ盗賊の捜索をするんだ?ビフォア様もなぜこの捜索に力を貸しているんだろうか……」


「おい!こっち来てみろ!」


「なんだよ、でっけぇ声で呼びやがって……」


 でかい声の発生源に集まる。隠し損ねた証拠、もとい次の計画らしき図面が残されていた。


「……これ」


「……ああ、こりゃやられた。すぐに連絡しよう」


 そう言い残し、二人の男は足早に廃墟を後にする。何を見つけたのか、それを確認しに少年がさっきのでかい声の発生源跡地を見に行った。


「……!……なんだこれ」


 目にしたのは少年が所属している「天使の絵本」の強盗計画である。この周辺には宮廷銀行と言われる大きな銀行があり、そこには莫大な資産と膨大な情報が保管されていて、日夜警備が厳しい。この計画はその銀行の中身を奪う計画のようだ。


「最近アルカリさんが忙しくしていたのはこれがあったからだったのか……こんな大事なことなんでオレには言ってくれなかったんだろう、アジトも違うし……もう一個の行ってみるか」


 そう言って廃墟を後にした少年が向かったのはもう一つのアジトと呼ばれる廃墟である。先の廃墟より廃墟の面持ちであり、こちらは片付けた後もなく現在進行形で使われている形跡もある。


「……只今戻りました……」


「おう、遅かったな」


 溜まり場のようなところに30人ほど集まっており、その中でも明らかにこいつが頭だろうなという風格を漂わせる男が少年を睨み付ける。手には飲み物の入ったコップを持っており、なぜか瓦礫の上に膝を立てて座っている。遅かった事に対しての睨みではなく、何か違った理由がありそうだ。


「……どこ行ってた」


「あ、あの……も、もう一個のほうに」


「もう一個?」


「あの、東の砦の近くにある場所で……」


「……ああ、あそこか。誰か来てたか?」


「あ、そうなんですよ。誰か来てたんですよ」


「その誰かを聞いてんだよ」


「あ、すいません。なんか探ってるっぽい人たちが来てました。多分AUSの人たちかと……」


 実のない会話が続く。ただ、少年の会話相手は異様な雰囲気を醸し出し、今にも手を出しそうな感じだ。


「AUS?協会がオレらに何のようだ?」


「いや、それはオレには分からなくて……」


バコンッ


 男が持っていたコップを少年に向かって投げる。頬を掠める程度だったが気迫を感じる。後ろの壁に当たり粉々に砕け散る。


「あ、アルカリさん……?」


 この男が盗賊集団「天使の絵本」の頭の一人であるアルカリ・セバスチャン。幼い頃から治安の悪い地域に身を置き、悪行を重ねてきた根っからの悪人である。窃盗や殺人などやったことのない犯罪はないと言っても過言ではない悪の申し子のような男だ。


「なんでさ、あの場所がバレたわけ?」


「え、あ、……わっからないです……けど」


「誰かがさ、言ったとしか思えないんだよね」


「……そう、かもしれないですね」


「……勘が鈍いな、お前じゃねぇのかって言ってんだよ」


 立ち上がったアルカリは懐に隠していた小型のナイフを取り出し、少年の元へとゆっくり歩いてくる。


「この中で出身が明確なのはお前だけ、しかもあの『スイレン』、協会加盟国だろ。情報を流すとしたらお前の確率が高いのは当然。何か反論は?」


「いや、いやいやいや、待ってください。そんな理由でオレが疑われちゃたまったもんじゃないですよ!他にだって金さえ貰えればすぐに裏切るやつがいっぱいいるじゃないですか!それに……」


「ほぉ……情報を渡せば金が貰えるのか?」


 言葉の綾ではあるが、状況証拠が少年の裏切りを徐々に濃く色付けていく。


「いや……そういうことじゃなくて、オレ以外にもできる可能性があるのに出身が加盟国ってだけで疑われちゃ生きていけないっすよ」


 少年が早口になる。焦りの助長と言わんばかりにどんどん口数も増える。


「それに、あの場所には宮廷銀行への強盗計画が置いてあった。それこそ、オレがあそこに行く前からあったんだ。オレ以外の誰かがわざと置いていったとしか……」


「あれはオレが置いたんだよ。俺たちの真の狙いは宮廷銀行の中身じゃねぇからな」


「え?」


バシュッ


 その瞬間少年はアルカリから勢いよく一太刀を食らう。今度は頬が思い切り斬られ、血も滴ってくる。その頬を押さえ、少年はアルカリを睨む。


「あれは協会の戦力を分散させるためのカモフラージュだ。今協会の連中は銀行前の警備を強化していると偵察部隊から連絡があった。それに、オレが依頼したギャングたちが終焉の花園で協会とドンパチしてる真っ最中。完全に戦力は分かれている。オレたちはこれから本当の目的を果たす。そのためにここには「天使の絵本」に所属しているほとんどが集まっている」


 後ろから隠れていたのか見えていた人数の10倍の人数がゾロゾロと現れ始めた。鉄パイプやバット、なんかトゲトゲがついた棒など完全にこれから暴力に溢れる様相が透けて見える。


「じゃ、じゃあオレもそれに……」


「その前に、情報を漏洩した犯人をここでボコボコにしなければいけないんだよ」


「ちょっと待ってくださ……」


 勢いよく少年に襲い掛かる大人たちが大人げなく見える。蹂躙。そんな言葉では表せないほど一方的な暴力は生死を問わないただの攻撃に等しい。濡れ衣であったとしても関係ない。疑わしくは罰する、それが悪党の世界に蔓延る第一の常識だからだ。


(……クソッ、何も良いことねぇなオレの人生……疑われて、殴られて、見捨てられる。ずっとそれの繰り返しだ……)


 走馬灯が少年の脳内を駆け巡っているようだ。


(……ああ、悪さしかしてない……人生だったな……)


 15年前、少年は生まれて2年ほどで親を失い血の繋がりがない孤児院にいた時を思い出している。


「これ以上人を増やしてどうするんだ!この家にはもう金なんかないんだぞ!」


「私だって欲しくなかったわよこんな子!」


 13年前、ついに家を追い出される。


「二度と帰ってくるな!元々お前はうちの子じゃないんだ!」


 そこから怒濤の人生だった少年は生きるために初めて盗みを働き、それがバレたことにより逃走、故郷を追われる形となり僅か4歳で一人生きていく事になった。そこからは悪事に手を染める道しか残っておらず、色々な組織や一味に加入しては悪さをして行き続けてきた人生だった。ただ、生きるために。悪と悪と思い実行する奴らとは違い、悪を悪と思っていない奴は余計に質が悪い。そうした負の連鎖が少年を深い悪の道へとどんどん引きずり込み、振り返った時には手遅れになっていってしまう。


「……」


「やったか?」


 虫の息とはこういうことを言うのだろうか。息をする音すらも聞こえない。


「いいんですかい?これで」


「ああ」


「こいつがやったという確証はなかったんでしょ?」


「いいんだよ。コイツは目標金額も盗んでこれないようなゴミ。うちになんの貢献もしないまま10年も居やがったからそろそろ消したかったんだ。邪魔な奴も排除できて濡れ衣も着せれて一石二鳥だ」


「……!じゃあ、こいつがやってないって分かっててボコしたんですか?」


 その瞬間アルカリは部下を思いきり睨んだ。


「何か文句でもあるのか?」


「……いや、なにも……」


「行くぞ。ここにも協会の調査隊とやらがもうすぐ来るらしい」


「……まさか、アルカリさんが呼んだんすか」


「じゃなきゃコイツがやってないという確信なんか持てるわけないだろ。早くしろ、目的は必ず果たす」


 恐ろしい人だ、という声があちこちから聞こえてくる。その会話は、少年の耳にも届いていた。


(……なんだよそれ、じゃあオレは……オレは……)


 目を閉じる力もなく、瞼を半分開いたまま涙が頬を伝う。微かに見える視界には遠くへ歩いて行くアルカリの背中が写る。声を出す力も、手を動かす力もない。全てを奪われてなお、何もすることができない少年はより自分の無力さを痛感してしまった。まだ見つめるその視界の中のアルカリは立ち止まっている。


「……?誰だお前は」


「ここか、エンジェルブック?のアジト?」


 全員が臨戦態勢に入る。発した一言だけでこの男が自分たちの敵だと認識させられるほど力を持っている。


「本当に誰だお前は!」


「名乗るほどのものじゃねぇよ。そもそも名前ってのは聞く前に名乗るものだろ?常識ねぇよなコソ泥って」


「アルカリさん!どうしますか?!」


 ボスの一声を下っ端たちは待っている。出方を窺っているのかこの男グラント・エスフィールドの様子を目を離さずに見続けている。


「アルカリって言うのか、変な名前だな」


「……なんだと?」


「おぉおぉ、えらいボコボコにしてくれちゃって」


 グラントが倒れている少年のほうを覗き込む。


「お前……あのガキの知り合いか……?」


 構えろ、と言う合図とともに一斉に攻撃が始まる。先ほど少年に浴びせた大人げない集団リンチが再び起ころうとしている。


パァーン!!


 その音と同時に、浴びせた暴力が一瞬にして弾き飛ばされる。グラントに食らわせた攻撃がそっくりそのまま跳ね返されたような感覚を帯びている。バタバタと倒れていくアルカリの部下たち。完全なるカウンターを食らい再起不能になっているようだ。


「……何をしたお前」


「ん?なんにも?」


 ノーモーションで殴りかかるアルカリ。グラントが何をしたのか全く分からない状況なので、速さで突破しようという魂胆なのだろう。ただ、その判断が間違っていた。


パァーン!!


 アルカリもあっけなく弾け飛んだ。与えられた威力をそのまま打ち返しているようなのでアルカリが全力で与えた攻撃をそのまま食らっているのでその分威力は絶大である。吹き飛んだアルカリにゆっくりと近づくグラント。


「悪かったな、名乗ってもらったばっかりなのにオレが名乗りもせず。オレはグラント、レウレリヒド・エーデルフィア率いるALBUMの一人であり、世界貢献記録「交響(ナンバーシンフォニー)」を授かった世界統一協会の犬だ」


 アルカリが倒れた直後から隠れていたかのようにゾロゾロと統一された制服を着た軍隊の一部のような奴らが現れた。


「お疲れ様ですグラント様」


 勢いのいい一礼が何十人も続く。倒れている天使の絵本の奴らをどんどん拘束していく。アルカリも拘束され専用の車に運ばれていく。軍隊の一人からグラント宛に電話を渡してくる。


「「お疲れ様グラント」」


「……なんだババァ」


「「相変わらず口が悪いわね、更年期かしら」」


「自己紹介はいらねぇんだよ、で、なんのようだ」


「「あなたに今回流した情報ではアルカリという男が誰かと取引をして大きな犯罪を犯そうとしているというものだった。まだこの事件は終わっていないわ。大きな犯罪がなんだったのか、取引相手はだれだったのか、そこを探ってちょうだい」」


 じゃあね、と電話の向こうは言いすぐに切れる。


「勝手なばあさんだな」


「いくらグラント様でもビフォア様にあのような態度が取れるとは恐ろしいです」


「ありがとう」


 褒めてないんだけどな、電話を渡してきた男が呟く。グラントはようやく起き上がった少年のところに近づいていく。まだ安静に、と医療班のような人に言われるもグラントは少年の襟元に手を差し伸べて何かを取った仕草を見せる。


「な……なに」


「これでお前の役目は終わった。後はオレの財布返せ」


 取ったのは盗聴器のようなもので、それで居場所や会話の中身を聞いていたようだ。


「なんだよこれ」


「すれ違ったときにお前の入墨が見えた。聞いてたエンジェルブックのマークと似てたから念のため仕掛けた、それだけだ。いいから財布返せ」


「……おじさんの財布はもうねぇよ、盗られちまって……」


「何してんだお前!盗ったもの盗られたって、自分で作ったテスト0点だったみたいなことだぞ?」


 ちょっと何を言っているのか分からない顔を少年にされ、ちょっとだけふて腐れる。


「まあいいや、役に立って良かったな」


 じゃあな、とグラントが去りかけたその時、少年が咄嗟にグラントの服を掴む。


「もっと!……もっとオレ、役に立てませんか?」


「はあ?」


「今何かの役に立てないと、この先、生きていける気がしない。なんでもいい、役に立てませんか?」


 ウルウルと水分を含んだ眼がグラントの目を見つめている。その目力に必死さが滲む。


「あのなぁ、そういうのをしたいならもっと上に……」


 ここで、グラントはあることに気付く。そう、今、レウレリヒドに言われていた命令があったのだ。


「……お前名前は?」


「……仄汰(ほのた)


「……ほのた?……上は?」


鶯宮(うぐみや)


鶯宮・仄汰(うぐみや・ほのた)……鶯宮……和名か、……出身は?」


「『スイレン』……」


「……杜の都、……綺麗なところだ」


 何故か天を仰ぐグラント。息を吐き、口を開く。


「お前さ……」


「……?はい」


「オレの弟子になってみるか?」

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