魔人とエルフが暮らす国
言うべき事はただ一つ
放置していてごめんなさい
次の日、スーアとリイアは3人の巫女と大量の乙女に見送られ神殿を後にした。
どうにかして引きとめようとする巫女を黙らせ、さりげなく着いて来ようとするカグラを引き剥がし学園の門前に転移する。
「それじゃ、俺は行かせてもらうよ」
「ん? リムナーヤに会っていかないのか?」
「ちょっと人間には行けない所に行く予定だからな」
言いながら、行く場所を思い描き転移しようとする。
しかし、肩を掴れ転移を中断する。掴んだのは当然リイアである。
「………何?」
「未来の嫁を置いていくのは感心しないな」
顔がマジである。
「誰が誰の嫁だって?」
「決まっている、リムナーヤがお前の嫁だ」
決まってはいないと思うが、顔はやはり真剣そのものである。
しばらく無言で見つめ合っていた2人だが、やがてスーアの頭の中で情報の整理が終わったらしい。
「何で俺がリムを嫁にしなきゃいけないんだ?」
「リムナーヤがお前の事を好いているからだ」
「俺の意思はどこにいった!」
「知らん。お前の正体が何であれ、あの子がお前の事を好いている事に変わりは無い」
聞く人が聞けば子供を想う良い母の言葉だが、スーアにしてみれば暴論にも程がある。
「俺の正体が問題なんだよ! 寿命やら住む世界やらで!」
確かに、スーアの寿命は実質的には無いに等しい。
それだけで無く、神々のいる空間は生きている人間には入り込めない。
地球のある『世界』では神と人間が結ばれ子を成す話があるが、この『世界』では根本が違う。
『人間』と『神』が結ばれる事は決して無い。
「ならばあの子を人間で無くしてしまえば良い。出来るのだろう?」
「出来なくは無いけど………」
言ってしまえば反則技だが『人間』と結ばれる事が出来ないなら『人間』では無い存在にしてしまえば良い。
今までにも、人間を愛してしまった神は何人かいた。
その度にスーアが相手の人間を神に近い存在に押し上げ、結ばれる手伝いをした事がある。
「俺はそこらに転がっている神とは格が違う。俺と歩むって事は永劫を歩むって事だ。本人の覚悟も承諾も無くそんな事は出来ない」
神は転がってはいないのだが………。
スーアはこれまでに無い程の真剣な表情でリイアに語る。
「………………そうか」
その真剣な表情に深刻さを感じ取ったのか、リイアは鎮痛な面持ちで返事をする。
「そんな訳だ。もう行かせてもらうぞ」
言い残し、スーアの姿がその場から消え去る。
「…………つまり、本人に覚悟があれば良いんだろう?」
さっきまでスーアが立っていた場所に話しかける。その顔は何かを企んでいるような表情だった。
学園の門から転移したスーア。転移した先は、学園の庭だった。
「フー、ラーク、学園を離れる事になったんだが、お前達も行くか?」
今までに何度か忘れていた2匹を迎えに来たようだ。
「ウォフッ」
「無論、我も着いて行く」
それを聞いたスーアは杖の先端を振り、黒い穴を作り出す。
「とりあえず、この穴の中にいてくれ。ああ、フーはそのままだとマズいな、存在を昇華してみるか?」
間髪いれずに返事をするフーを光が包む。光が収まったと同時に穴の中に飛び込む。
しかし、ラークは穴に入るのを渋っている。
「どうした?」
「む……これはあの時と同じ穴なのか?」
どうやらトラウマになってしまっているらしい。
「大丈夫だ。前回と違って中の環境は整えてある」
それを聞いてもまだ渋るラークを穴の中に放り込み、スーアはその場から姿を消した。
次にスーアが姿を現したのは広大な草原だった。草原には小さな木造の家がポツンと建っていた。
スーアはその家に近付き、躊躇い無くドアを開ける。
「ザーブ」
スーアが名前を呼ぶと、椅子に座りながらボーッとしていた青年が顔を向ける。
「あぁ? …何だ、親父か」
白い髪に黒い目をした、体つきの良い青年…ザーブはスーアの顔を見ると、興味を失ったように顔を戻した。
「親父よぅ……俺は何時までこんな退屈な仕事を続けなけりゃならないんだ?」
椅子の上で胡坐を掻きながら片手で頬杖を付いている。
「観測者として創ったのに、退屈とか言うなよ。って言っても、無理も無いか。お前はどっちかと言えば身体を動かす方が好きだからな」
言いながら、ザーブの前の椅子に座る。
「もう退屈で退屈で死にそうだ」
「分かったよ。気が向いたらお前の後任を創ってやるから、そう拗ねるな」
言った途端、ザーブの顔を上げみるみる明るくなる。
「ホントか!? 絶対だぞ!?」
スーアの両肩を掴み激しく揺する。
頭がガクガクと揺さぶられているが、気にした様子もない。
「ほん、とだ、って、それ、より、きき、たい、こと、があ、るん、だけ、ど」
すると、ザーブは立ち上がり両手を掲げて喜んでいる。
「よっしゃぁぁ! これで退屈な生活ともおさらばだぁ! ………で、聞きたい事って何だ、親父」
一応、話は聞いていたようだ。
「最近、異世界から来たって人が見られるって話なんだけど、何か知ってるか?」
聞いた瞬間、思い当たる事があるのか硬直してしまう。
「……忘れてた。ちょっと前から壁突き破って何人かこの『世界』に来てる」
ははは、と乾いた笑いを浮かべながら視線を逸らす。
「そういう大事な事を何で言わないんだ? お前は」
ザーブの頭に手を置き、力を込める。
「痛っ! 痛い! うっかりしてたんだよぉ!」
しばらくザーブの頭を締め付けていたスーアだが、これ以上やるとザーブの頭頂部が手の形にへこむと判断し止める。
「っ……酷ぇよ親父! 大体、自分で見れば良かったじゃねぇか!」
もっともである。
「うっさい! 俺は休暇中だ!」
これも虐待の一つに数えられるのだろうか。
「ちくしょー、今に見てろよ」
「はいはい、楽しみにしてるよ。で、異世界人が一番多いのは何処だ?」
「あー……魔人の国だな。4人いる」
何処か遠くを見るような眼で空間を見つめる。
ザーブの役目は観測する事だ、故にその眼は特殊な眼をしている。この『世界』を隅々まで見渡す事が出来る眼を持たされている。
『世界』に異変が起きた時は現地の担当神や担当精霊に連絡をし、対応してもらう。
現地の者が対応できない程の事柄になると周辺の神や精霊に連絡が行く、それでも解決しない時はスーアに連絡が行き、対応する。
しかし、今回の場合は状況が状況だった。
次元に穴が開く程の事ならばすぐに連絡が行ってもおかしくないが、その穴がすぐに塞がった事、出てきたのが無害な人間であった事、ザーブにやる気が無かった事、これらが積み重なる事で連絡が遅れてしまった。
「魔人の国……アドールか。久しぶりに孫の顔を見るのも悪くないか」
呟くとドアに向かい歩き出す。
「親父ぃ! 約束忘れるなよ!」
「気が向いたらな」
ザーブの声に答えながら、外に出て転移する。
スーアを見送ると、ザーブは再び椅子に座り『世界』の観測に戻った。先ほどまでとは違い、若干嬉しそうな顔で。
魔人とエルフが暮らす大陸。
そこにある魔人たちの国、アドール。人間の国であるジェリテオンにある都市よりも一回り大きい街の門の前。
スーアはそこに転移した。
いきなり現れたスーアを見た門番達は警戒態勢を取るが、すぐに転移した者の正体に気付き直立の体制を取る。
「スーア様! ようこそアドールへ!」
「おー、お前らか。ご苦労さん」
傍から見れば同い年の門番がスーアに向かい敬礼する。
「トウクは城か?」
「はっ! この時間でしたら謁見の間におられるかと思います!」
それを聞くと城に向けて歩き出そうとする。
「ご案内を致します!」
「まだ仕事中だろ? 迷うような事は無いから大丈夫だ」
軽く手を振りながら案内を断り、今度こそ歩き出す。
道々にスーアに手を振る子供たちやスーアを拝む老人、スーアに自分の店の果物を渡す男性など。そんな人々に軽く応対しながら城まで歩く。
城の門番たちは無言でスーアに敬礼をし、跳ね橋を降ろす。
城に入ったスーアは慣れた足取りで謁見の間を目指し、謁見の間に着くと躊躇いも無く大きな扉を開け放つ。
玉座に座る黒髪黒目の若い、否、幼い王。その王と謁見していた貴族らしき男、玉座の近くに立っている大臣らしき男に警護の騎士たち、それらが一斉にスーアを見る。
本来であれば謁見の間に闖入した狼藉者として、良くて城から摘み出されるか悪くてその場で処刑だろうが、玉座に座る少年はその場で立ち上がり叫ぶ。
「お祖父様! いらしていたのですか!」
10歳前後程の少年、トウクは両手を広げて走り寄りスーアに勢い良く抱きつく。
「でかくなったなぁ。何歳になった?」
「12歳です!」
トウクを抱き上げながら慈しむような表情を浮かべる。
「両親は元気か?」
「はい! お父様もお母様も相変わらずです!」
スーアの事を祖父と呼んだ事で気付いた人もいるだろうが、彼の父は魔人の国を守護する神である。
ある日、トウクの母を見た神が一目惚れし、人の姿になって猛烈なアプローチをした。
長くなるので省かせて貰うが、紆余曲折あり遂には結ばれる事になった。
その際にトウクの母の存在を昇華し、結ばれる手伝いをしたのがスーアだ。
2人の結婚式は盛大に行われ、その場にスーアも新郎の親として出席した。神である事を明かして。
その正体は決して口外してはならない事として国中の魔人が知っている秘密となった。
それ故にスーアの正体はこの国の魔人ならば誰でも知っているが、他の国の者たちは決して知らない。
招待された外国の者たちにもスーアの正体は徹底して隠された。
2人は協力して国を治めていたが、トウクが生まれ育ったのを切欠に王を引退、トウクに王位を譲った。
神の子であるトウクを迎えない者など存在せず、幼いトウクを国を挙げて支えた。
トウク自身も神の父を持つ為か、本人の才能によるものなのかは判らないが幼くして賢く優しい王として善く国を治めた。
「そうか……相変わらずか」
呆れたような表情で天井を眺めるスーア。
と言うのもトウクの両親は……なんと言うか……よく言えばおしどり夫婦、悪く言えばバカップルなのである。
人目も憚らずに何処であろうとイチャイチャと、見ている方が恥ずかしい程である。それゆえのスーアの呆れ顔なのである。
「それで、お祖父様は何をしに来られたのですか? もし良ければしばらく滞在なさって下さい」
純粋な眼差しを向けながらの言葉にスーアは思わずトウクを抱きしめていた。
「ああ、トウクは良い子に育ってくれたなぁ。他の子供たちは一癖も二癖もあるように育っちまったからなぁ」
スーアの腕の中で若干苦しそうにしているトウク。
「いえ、叔父様や叔母様方には大変良くしてもらってます」
それを聞いたスーアはますます腕に力を込める。
この『世界』に住む神々は殆どがスーアが創り、生んだ子供達だ。つまり、殆どの神はスーアの性格等を僅かに受け継いでいる。
一癖も二癖もあると言うならそれはスーアが一癖も二癖もあると言う事に繋がるのだが、それを棚上げしている。
気付いていないのか、気付いているが見ないフリをしているのか。
「で、だな。この国にちょっと厄介な事が起こりそうだから、その芽を摘みに来たんだ」
トウクを解放し、真面目な顔をして話し始める。
その雰囲気を感じ取ってトウクも孫の顔から王の顔になる。
「厄介な問題?」
「ああ、異世界からの侵入者だ」
何時の間にか部屋の中にはスーアと数人の護衛しか残っていない。
恐らくはスーアが来た事の意味を推察して早々に退室したのだろう。忠臣と言えるのかも知れない。
「異世界? 異なる世界……進入と言うのは?」
「自己か故意かは分からないが、言うなれば不純物が混ざったって事だ」
『世界』とはそれだけで完結しているべきモノなのだ。
異世界から来る者、物は本来そこに在るべきではない。故に不純物。
放っておけば『世界』のバランスが崩れ、最悪『世界』が崩壊してしまいかねない。
「これからその不純物を取り除きに行こうと思っている。一応、王のトウクには言っておこうと思ってな」
「そうでしたか……分かりました。どうかお気を付けて」
最後にトウクの頭を強めにクシャッと撫でるとスーアは入って来たドアから出て行く。
スーアを見送り、周囲にいる護衛たちに口止めをすると、政務に戻る為に出て行った者たちを呼び戻すように指示する。
その顔はやはり、王としてのものだった。
「さて、侵入者を狩りに行きますか」