97.『何が足りないのかな、秋じゃないかな』
かつて「きゅうじゅうなな」だったもの
今年もまた秋が足りないね、どうしてだろうと小さく呟いた。
日が落ちるのが早くなったとか、木の葉の色づきが遅れているとか、
そんな理由で納得しておけば良いのに、どうしても心がざわついていた。
最近、時間の進みが早すぎる。
それは年齢のせいか、それとも記憶の重さのせいか。
夢の中で、小学校に引き戻されることが増えた。
あの冬の教室。
真ん中に置かれたストーブは、灯油の匂いと共に鈍い温もりを放ち、
教室の空気に、妙な緊張感を付け加えていた。
子どもだったけれど、あそこには間違いなく社会があった。
順位と所属、仲間と敵。
居場所のない者は「その他」として、空気のように扱われる。
時には意図的に熱の近くで干されていた。
人を虐げ、笑いのネタにし、その目に薄く浮かぶ優越感。
私は今も忘れられない。
いま、彼女たちはどう生きているのだろう。
スマートフォンの先にある世界はやたらと鮮やかだ。
SNSという便利な道具を使って、執着を繰り返し想起する。
検索バーに、旧姓を入れる手の震え。
何度目かの「ポチポチポチ」。
出てきた画面には、優しそうな夫と、可愛い子どもに囲まれた彼女の笑顔。
心から無垢そうで、あの頃の面影など欠片もない。
きっと彼女は、私のことなんて思い出すこともないだろう。
私も思い出さないように生きてきた。
そうでないと生きられなかった。
秋の匂いや夢の断片が、あの頃の記憶を突然連れてくる。
まるで、破れた封筒から砂が漏れるように。
私はもう恨んではいない。
恨むにはあまりにも時間が経ちすぎた。
それでも、この脳裏に巣食う不快感に名前をつけることも、消し去ることもしない。
私は私のやり方で、向き合うしかない。
きれいごとにはしない。
汚いものは、汚いまま抱えていく。
それが私の生き方であり、私なりのささやかな復讐なのだ。