95.『戯言ぐるーぶ』
かつて「きゅうじゅうご」だったもの
鏡面上の青空を這う足取りは軽い。
風に逆らわず、ただ、雲の継ぎ目を踏みしめれば良いのか。
銀時計の針をめくる潮の味に時めく。
潮騒が時刻を裏返し、心臓の鼓動を巻き戻すことを想像はできなかった.
左手の曖昧な手相に押し花の香り。
読めぬ未来に、誰かの思い出が薄く滲むことがちょうど良い。
退屈を吐き出す黄昏れた胃袋。
夕日の色が、空腹にも似た感傷を染み込ませるまでが期限だろう。
街角で砕けたフルートの涙が響く。
メロディーを失くした音だけが、冷たい石畳を濡らすことを許された。
枯れ木に咲く受話器から漏れる秘密。
もう切れたはずの回線が、まだ誰かを呼び続けているのを応援する。
錆びた鉄橋を渡る風が纏う冬のスーツ。
ポケットの中には、どこかで拾った夢の欠片が敷き詰められている。
あなたの影を貫く光学式の紙飛行機。
折り紙の翼が、あなたの輪郭をすり抜けていくをただ見送るしかない。
手紙を飲み込んだ鯨の声は、深海で反響する。
返事のない愛は、潮流に揉まれ、声だけを残すことは言うまでもない。
空を突き抜ける傘の先には、星々が踊る。
布越しの宇宙に、ぽつりと願い事をひとつ弔う。
砂に書かれた詩は波によって再定義され、
そのたびに意味を変えたけれども、何度でも詩だった。
ガラス製の眼球が捕らえた朝の静寂に心和ませる。
割れることすらできず、ただ透明に世界を見守ることに命を捧げる。