93/100
93.『戯言ながし』
かつて「きゅうじゅうさん」だったもの
音楽性を失った右目は、
昨夜の交響曲を拒絶し、
赤い絨毯の裏で静かに涙を流している。
眼鏡を撫でながら笑う前歯の軽薄さは、
誰の秘密も噛み砕かずにただ音を立てて崩れていく。
厳かな大腿に浮かぶ蛇の目傘は、
過去の土砂降りを記憶しているが、
雨を待ってはいけない。
近代哲学と巻き爪の因果を語ったかき氷は、
舌の上で沸騰して倫理学に新たな湿度を与えた。
金字塔を差し込まれた腋から夏の亡霊がすり抜け、
涼しい声だけが残響している。
あなたと私を隔てる鶏皮は、
火の通り具合を計りながら、
世界の境界線を炙っていた。
明朝体と踊るカポエラの鼻が削げてしまっても、
職員たちは誰一人として書類を落とさなかったという。
指で編んだ凧は空を目指さず地を這い、
土の感触だけを愛していたように思える。
お前の肩にお酒を載せても、
太陽は錯乱したまま責任をとろうとはしなかった。
月に肘打ちを繰り返す爆弾魔の子守歌は、
柚子胡椒のように辛く、尾を引いた。
灯篭流しの川で脈を比べてみると、
流れていったのは灯ではない。
ただただ、僕の不在だった。