90.『焼き払われる文化、風は戦争を飛ばせない』
かつて「きゅうじゅう」だったもの
窓を叩きつける強風の無邪気さが憎い。
瓦を吹き飛ばし、木々を裂き、私たちの暮らしを破壊した風と、
いま牢の鉄格子を抜けて吹き込む風が、同じ音を立てている。
あれほどの被害をもたらしたくせに。
今日も何食わぬ顔で、天から降りてくる。
まるで自由の象徴のように、空を舞い、地を撫でる。
だが、ここにいる私たちには、その風がナイフにしか思えない。
凍えた布切れのような軍服は、肌の温もりを一切守ってはくれない。
その隙間から忍び込む風が、骨の奥まで凍らせ、私の名を奪っていく。
自由な風が憎くて仕様がない。
しゃがみ込んだ体をさらに小さく折り畳んでも、震えは止まらない。
毛布もなく、床から這い上がる冷気が内臓ごと感情を凍らせる。
心の奥で、何かが腐り始めているのがわかる。
希望を見出そうとしても、一瞬で乾いていった。
言葉はもう、音にならず、叫びも、笑いも、すべてが消えていく。
隣の男が、子どものように泣いている。
その涙が、凍てつく光のなかでまばゆく光った。
その一粒の震えに、私は一瞬、心臓が動いた気がした。
彼は、まだ「生きている」のだ、と感じた。
私は泣くことすらできないでいる。
こんなにも簡単に奪われるのか。
家族、名前、自由、言葉、夢、誇り。
私たちが命を削って積み上げたものすべてが、一夜の砲火と一つの命令で無に還る。
私は、善良に、誠実に生きてきたつもりだった。
国家に背かず、家族を想い、命を粗末にすることだけはしなかった。
けれどこの牢のなかでは、善も悪も、誠実も裏切りも、区別がつかない。
ただ、ここで過ごすだけが、与えられた義務のように続いている。
風よ、なぜお前だけが自由なのだ。
私の肺にも、お前と同じ空気が入っているはずなのに。
せめて、私の願いが、次の風の音にまぎれて、誰か一人でも救えるのなら。
私はまだ、ここで生きている意味を持てるかもしれない。
身体を丸めて祈りを続ける。
ただ淡々と。