88.『ガラス細工に不似合いなミミズ』
かつて「はちじゅうはち」だったもの
帽子を深く被って、誰もいない公園のベンチに座っていた。
喪服に黒い帽子は不釣り合いだった。
空は快晴だったはずなのに、突然の通り雨が音を立てて降り注いだ。
空も顔を歪めたようだった。
まるで何かを思い出して、涙をこらえきれなくなったみたい。
僕の身体は濡れていく。
はじめの数秒間は、服に雨粒が染み込むまでは、冷たさを感じなかった。
一度崩壊した堤防は機能を果たさない。
シャツの繊維が肌に張り付き、帽子のつばから水滴が一定のリズムで落ちていく。
だけど、僕は悲しみを超えた先にいるようだった。
空っぽになった心は、雨粒の衝撃すら通り抜けていく。
この冷たささえ、客観的な判断で、主観的な感覚はほとんど麻痺していた。
ポケットの中で古い携帯が震えていた。
防水だったかどうかも思い出せない。
電話に出る気もないけれど、不思議と電源を切る気にもならなかった。
僕はただ、動かなかった。
この場所で濡れていることすら、やがて身体が忘れていくのを待っていた。
視線を落とすと、足元の雑草に溜まる雨粒がガラス細工のようにきらめいていた。
その隣には、干からびたミミズの死骸があった。
交わってはいけない、異質な何かが邂逅したような気持ちになった。
誰にも気づかれずに、命が終わっていたのだろう。
それが人であっても、虫であっても、この世界は優しくも、残酷にも変わらない。
震える頬が、なぜか温かい。
それが涙かどうか、僕には分からなかった。