80.『珈琲で語る選択の難しさ』
かつて「はちじゅう」だったもの
「先輩は、山と海、どちらが好きですか?」
喫茶店の窓際の席で、コーヒーの湯気を揺らしながら、後輩が何気なく尋ねた。
いつもの雑談かと思い、適当に流そうとしたが、何となく真面目に考えてしまった。
「山は虫が家に入って気持ち悪いし、海は潮風で建物が傷みやすい」
後輩はきょとんとして、
「遊びに行く場所として考える方が多いですよ」
と、やんわり指摘してきた。
それもそうか。
しかし、僕にはそれぞれに難点がある。
「肌が弱いから、山は植物にかぶれるし、海は塩水が沁みて嫌だ」
後輩は深いため息をついた。
「理由はどうでも良いんです。どちらか、選んでください」
こいつは、やけに 「ことば」 にこだわる日もあれば、ときどきこうして雑な日もある。
仕方ないので、僕の好きな場所を答えることにした。
「川や湖の方が好きだ」
後輩は眉をひそめた。
「選択肢にないですよ」
「でも、淡水には優しさを感じるし、そこで生きる魚もどこか謙虚に見える。」
それは北海道で生まれ育ったせいかもしれない。
川は、春には雪解け水が流れ、秋には鮭が遡上する。
海のように荒々しくなく、山のように閉ざされてもいない。
しかし、二者択一を求められた場で、第三の選択肢を持ち出すのは反則だろう。
後輩は鼻で笑い、
「そうですか、ありがとうございました」
と、端的な言葉を残して店を出ていった。
残された僕は、窓の向こうの雪景色を眺めながら、コーヒーを啜る。
くしゃみをして鼻をすする。
温めるために体を抱え込む。
なんとなくだが、この質問は冬にするものではないと思った。