77.『まみまみむみむしゅー』
かつて「ななじゅうなな」だったもの
木の枝を折ったら、破片が口に入った。
思わず「うっ」と咳き込む。
唾液と一緒に吐き出そうとしたが上手くいかない。
こういう時に限って、喉の奥に張り付くんだよな。
あんらっきー。
雨が降っていたのに、帰宅に合わせて空は晴れた。
傘を持っていたけれど、それを広げることなく家のドアを開ける。
少し湿った空気が、ほんのり温かくて心地良い。
水たまりに映る雲が、ゆっくりと流れていくのを眺める。
らっきー。
トイレに行きたいのに、上司の指導が始まった。
あと10分、いや、5分でいいから早く終わってほしい。
そう願っても、上司の言葉はまるで終わりのない迷路。
言葉の一つ一つが膀胱を圧迫してくる。
あんらっきー。
年賀状の当選で、切手を手に入れた。
最近はメールばかりで、手紙なんて書かなくなったけれど、
せっかくの機会だから、誰かに送ってみようか。
便箋を選んで、久しぶりに万年筆のインクを手に付けながら、
ゆっくりと文字を書いてみる。
らっきー。
家の手前で、信号が赤に変わる。
あと数秒、もう少し速く歩いていたら間に合ったのに。
ため息をつきながら立ち止まり、
行き交う車の波をぼんやりと眺める。
そのうちの1台が、音楽を響かせながら通り過ぎる。
流れていたのは、なんとなく懐かしい曲だった。
あんらっきー。でも、まぁいいか。
エレベーターが1階にいて、すぐに乗れた。
誰もいないので閉じるボタンを押して、一人きりの時間を楽しむ。
こんなちょっとした瞬間が、意外と心を落ち着かせてくれる。
らっきー。
「らっきーがなかった、あんらっきー。」
「あんらっきーがなかった、らっきー。」
何も起こらなかった日。
特別に良いことも、嫌なこともなかった日。
そんな日は、まるで無味無臭の食事のようで、
何かを食べたはずなのに、思い出すことができない。
むみむしゅー。
気づけば、何日も、何週間も、そんな日が続いている。
時間は確かに流れているはずなのに、
何をしていたのか、何を感じたのか、思い出せない。
感情の起伏が、緩やかに磨耗していくようだ。
でも、これが平穏というものなら、
それはそれで悪くないのかもしれない。
明日もきっと、まみまみむみむしゅー。