75.『雲を抜けたら青について考える』
かつて「ななじゅうご」だったもの
重力加速度を感じたのも束の間。
気づけば機体は雲の天井に頭を差し込んでいた。
白い綿の層を突き抜けた瞬間。
そこは、澄み切った青の世界に変わる。
行儀よく並んだ雲たちは地平線を描いているようであった。
そしてこの景色は一様で、どこまでも続いているように見える。
機体はとんでもない速度で進んでいるのに。
進んでいるのか、止まっているのか、わからなくなる。
隣の席に目をやると、スーツ姿の男が鼾をかいて眠っている。
日常に疲れた顔が無防備に緩んでいた。
この時間だけは、彼にとっての安らぎなのかもしれない。
飛行機はなぜ飛ぶのか。
今さらそんなことを考えるなんて、自分でも少しおかしいと思う。
けれど、社会の仕組みを理解したつもりになって、新しいことを学ぶ機会も減ってしまった今。
この鉄の塊が空を飛ぶ原理すら、まともに説明できないことに気づく。
恥ずかしながら、僕は何も知らない。
半導体の仕組みも、時計が正確に時を刻む理屈も、このスマホの中に凝縮された技術も。
なんなら、知らなくていいと思っていた。
表面だけで満足していた。
エレベーターのモニター、タクシーの背もたれ、SNSの通知。
生み出したはずの時間を、コンテンツが奪おうと躍起になっている現代。
気づけば、何もせずに過ごすことができなくなった。
スマホを開けば、すぐに「時間を潰す手段」は溢れている。
けれど、それで本当に満たされているのか。
若い頃は、時間が足りないと嘆いていた。
けれど今は、手にした時間の使い道に戸惑っている。
僕は時間の使い方を知っていたのか?
それとも、「初めから知らなかったのか?」
反抗心が芽生え始めた僕は、
スマホを伏せ、窓の外へ目を向ける。
まずは、この景色に広がる青について考えよう。