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73.『見せない腕、消えない記憶』
かつて「ななじゅうさん」だったもの
僕は夏でも長袖を着る。
汗がにじんでも、袖をまくることはない。
その癖、額の汗は丁寧にハンカチで拭く。
不快感を取り払うように。
「こだわりが強いやつだな」
同僚は笑いながら、鍛え上げた腕をこれ見よがしに見せてくる。
努力の成果だと思う。
彼らが誇ることを否定するつもりはない。
けれど、僕の腕にも歴史が詰まっている。
子どもの僕が抱えきれなかった、苦悩の日々が。
刑務所の壁に爪を立て、時間の経過を刻むように、
僕は腕に線を重ねて、じっと、じっと耐え忍んだ。
それは 「家を出るまでのカウントダウン」 であり、
逃げるまでの痛みの吐き捨てだった。
家の柱に身長を記録するように、
僕の腕には、刻み込まれた過去があった。
僕はこれを「隠している」つもりはない。
ただ、思い出したい時にだけ見えるようにしているだけだ。
必要のない時には、心の端にそっとしまっておきたい。
だから、今日も僕は長袖を着る。
何もなかった顔をして、袖を引き下げる。
確かに夏は暑いから困らないわけではない。
けど、僕の腕の傷は冬にしか疼かない。
だから夏は嫌いではないのだ。