70.『監視カメラからの笑顔の気持ち悪さ』
かつて、「ななじゅう」だったもの
このビルの警備員を始めて3年が経っていた。
当直室でラジオを一人聞きながら過ごすのが習慣になっていた。
退職後の仕事にはちょうど良い内容だった。
金髪の華奢な女性が、無機質な廊下をゆっくりと歩いている。
監視カメラのモニター越しに、それを眺めていた。
突然、彼女の動きが止まる。
まるで時間が凍りついたかのように数十秒。
彼女は微動だにせず、ただその場に立ち尽くしていた。
夜遅くまで女性の社員がいること自体が珍しいが、
それが数十秒も止まるなんてカメラの故障だろうかと考えていた。
石像のように止まっていた彼女はゆっくりと向きを変える
そして、汚れた壁をじっと見つめ始める。
何を見ている?
表情からは何の感情も読み取れない。
肌は青白く、まるで蝋細工のように滑らかだった。
ただ、その異様な静けさが、妙に引っかかる。
彼女はゆっくりと首を傾ける。
右へ、右へ、さらに深く。
頭が肩に触れるほどに曲げた後、
ゆっくりと口角を上げて、微笑んだ。
「誰か」に挨拶するかのように。
何を見ているのだろう。
しかし、カメラの映像を拡大しても、壁には何もない。
汚れの一つさえ、見当たらない。
やがて、彼女は何事もなかったかのように、再び歩き始める。
赤いヒールが印象的で、
きっと大きな音を鳴らしているのだろうと思った。
・・・。
僕は、監視カメラでその奇妙な仕草を回想していた。
一体、彼女は何を見ていたのか?
別の角度からの映像に切り替えてみる。
・・・。
その瞬間、 背筋が凍った。
彼女が見つめていた壁。
それは 僕の正面にある壁だった。
息を呑む。
耳を澄ます。
時計の音がやけに大きく感じる。
この薄い壁の向こうからはヒールの音が、まったく聞こえなかった。
何より彼女は僕を見て微笑んでくれていたのだろうか。
コンコン。部屋の音がノックされる。