66.『戯言まんげきょう』
かつて「ろくじゅうろく」だったもの
サイの角を輪切りにする理由を問う君は、何故か袴を着ている。
膝の折り方が妙に丁寧で、足元に揺れる裾が風に流れていた。
そんなに雅ならサイも怒りを忘れてしまうだろう。
ベンチに座り、足を組みながら歌う君の靴下は、左右で違う色をしている。
片方は鮮やかな赤、もう片方はくすんだ青。
そのどちらも、君の声に合わせてリズムを刻んでいた。
空港の点滅する信号機に目を輝かせる君は、サングラスをかけている。
レンズの奥で、虹色の光が踊っていた。
瞬きを忘れた瞳が、まるで未来を透かして覗き込むように。
一礼三拍五礼する緑髪の君の信仰心は、奇麗に傾いている。
額を地につける姿はまるで折りたたまれた紙のようで、
その影が長く伸びて、地面と同化していく。
裏切りにナイフで答える君の母親は、お風呂が長い。
湯気の向こうで、ゆらゆらと揺れる影。
静かに閉じた瞼が、まるで時を止めたようだった。
「外人なんて言うなよ」と飛び跳ねる君の唇は、嘯いている。
音のない声が泡のように弾けて、
宙に浮いた言葉が、どこにも辿り着かずに消えていく。
ダンゴムシを毟っている君の舌は、青く色づいている。
手のひらの上で丸まった小さな命を転がしながら、
君の舌先が、ゆっくりと空を舐める。
「おはようございました」とお辞儀をする君の涙は、地面に染み込んでいく。
砂の上で静かに広がるその痕跡を、
誰かが踏みしめて、新しい朝を迎える。