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62.『戯言しんふぉにー』
かつて「ろくじゅうに」だったもの
橙色の血液に滲んだ彼女の涙は、何故か甘かった。
苦しみの中に砂糖を混ぜ込んだような味がした。
交絡因子を取り除いた先に広がっていたのは、ただの空白。
夢を見たはずなのに、そこには何もなかった。
虫を歯茎に詰め込みながら笑う、それは狂気の名残なのか。
はたまた、無邪気な遊びの延長なのか。
雨粒を数える地蔵の眉間に皺が寄る。
やがて一滴、にらみを利かせると弾けるように消えた。
灰塵を溶かし、墓石に塗りつける。
その動作は決まって四拍子のリズムを刻む。
邂逅の瞬間、握りしめた押し花を潰し、飛行雲へと配る。
それは軽薄でありながら妙に屈強な姿をしていた。
豆電球が意味深に叫ぶ、その熱量はやがて痛みに変わる。
光は温もりではなく、鈍い刃のように皮膚を裂いた。
乾燥した愛情に刺すべき釘の数は、増えるばかりだった。
数えるほどに、心の空洞が埋まらなくなっていく。
三角の時計に嫌気がさし、未来を刻むことをやめた。
その明日はもう、二度と来ることはない。
歩きながら、食べながら、歌いながら、死んでいく。
過去も未来も巻き込みながら。