59.『砕かれた尊厳と健気な心臓』
かつて「ごじゅうきゅう」だったもの
彼女の言葉は、過去のものとなったはずなのに。
年を重ねても色褪せることがない。
あの冷たい言葉が、いまだに僕の心を犯し続けている。
それは単なる記憶ではなく、身体に染み付いた毒のようだ。
稚拙な人生の中で、僕は僅かな尊厳を積み重ねてきた。
それがどれほど貧弱なものであっても、それは僕の礎だった。
その僅かな誇りすら、彼女は無造作に砕き去った。
音もなく、粉々に。
指針を失った僕の頭は、何かを考えることすら放棄しようとしている。
意識を閉じたい。
それだけを求め、睡眠という逃避にひたすら溺れたくなる。
夢の中に沈むことが、唯一の救いのように思えた。
しかし、夢の中に救いなどないと知るのに時間はかからなかった。
僕の脳は、現実から逃げたいという希望すら諦め、僕を悪夢へとたらい回しにする。
狭く窮屈な夢の中、僕は無数の矢に射抜かれる。
血を吐き、唸りながら、それでもそこから逃れる術は見つからない。
「ああ、居場所はどこにあるのだろう」
夢の中でも、現実でも、自分のいるべき場所が見当たらない。
全てが虚ろで、無意味に思える。
けれど、そんな中でも、心臓だけは律儀に拍動を続けている。
その音がかえって虚しく響く。
ただただ道を歩くしかない。
何も考えず、足を前へ前へと運ぶ。
ふと目に入った剣を拾い上げ、それを自分の身体に突き刺してみる。
痛みを感じることで、自分がまだ生きていることを確かめたかった。
それでも、足は止めてはならない。
ひたすら歩き続ける。
まずは、ただそこにいること、存在していること。
それを唯一の目標にして、次へ、次へと向かう。
何もないかもしれない場所へ、それでも進む。
「まずは、この健気な心臓に報いてあげたい」
それが今の僕にできる、唯一の感謝の形だ。
まだ鼓動を続けるこの心臓に、少しでも報いるために。
僕は生きることをやめない。