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57.『名もない蝶と珈琲の香り』

かつて「ごじゅうなな」だったもの

寒さが強くなるほど、痛みに近づく感覚がある。


それを言うと熱いも痛くなるし、苦しみも痛みになるだろう。

そして、その痛みも極まると感覚が遮断される。


疼痛が消えるのか、意識が消えるのか、人には依るだろうが、

これは人間の防衛機構だろうと思った。


なんて呆然と考えているにも理由があって、久しぶりに風邪を引いた。

少しの熱で寝込む僕は、きつさを思考で紛らわそうとしていた。


滝のように鼻水が絶えず流れ続ける。

ティッシュで拭き取ってもすぐに次が現れて、ただその不快感に耐えるしかなかった。

体がこうして弱ると、普段当たり前だった健康がどれほど貴重か思い知らされる。


僕は毎朝、珈琲を淹れる。

その時は時間がゆっくり流れているように感じる。


それは他の何かに気を取られることのない、純粋に自分だけの時間。

蒸気が立ち上り、コーヒーの香りが漂う瞬間は他の何にも代えがたかった。


「楽しみがない」と嘆く声を聞くことがある。


けれど、それはあくまで「十分条件」であって、生きるためには必ずしも必要ではない。

楽しみがなくても、死ぬわけではないのだ。

ただ、楽しみがあることで、生が豊かになるだけの話。


動物が人間を襲うニュースを見た。

人間も動物を襲い続けている。

それは食べるためであり、生き延びるためだ。

どちらが正しいとか間違っているとかではない。

ただ、それが自然というものなのだろう。


人と話していると、なぜか怒られているように感じることがある。

相手の言葉のトーンや表情に敏感になりすぎているのかもしれない。

けれど、それは過去の何かが心に影を落としているのだろうか。

未だにその感覚を拭い去ることができない自分がいる。


現実から逃げて夢の中へと逃避した時、夢想の中でさえ、突然雷が鳴り響いた。

その衝撃で目が覚めたとき、夢もなかなか落ち着かない場所だなと思った。

逃げた先でさえ、自分から離れることはできないのだ。


名もない蝶が羽ばたくたびに、僕の寿命が短くなっているように感じた。

その小さな羽ばたきが、どこかで嵐を起こすように、僕の時間も少しずつ削られていく。

その儚さが美しくもあり、切なくもあった。


あゝ無常。


他国の言葉でありながら、その響きは、不思議と日本人の心に馴染む。

儚さ、移ろい、そして受け入れること。

それらすべてを含んだこの言葉が、僕の胸に静かに響く。


ああ、とりあえず早く風邪が治らないかな。

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