53.『蝉の抜け殻と羽根の折れたキツツキ』
かつて「ごじゅうさん」だったもの
奇妙な音響に心臓が掴まれたようだった。
脳から全身に滲み出る油の感覚が、不快でありながらどこか現実感を薄れさせる。
その油は渇いた空気の中で毛糸のように絡まり、精神は不条理な力によって吸い取られていく。
そんな呆然と夏の日の下、ふらふらと出歩いていると、蝉の抜け殻を見つけた。
僕はそこに僅かな共感を覚えた。
中身のない殻であるにも関わらず、それには確かに存在の痕跡が残されていた。
それは虚であっても、体に宿る臓器の1つのように確かなものだった。
熱くなった体を冷やすためにスーパーに立ち寄った。
商品のためとは言え、多くの電力が必要なのは大変なことだ。
陳列されたカイワレダイコンが何故か間抜けに見えて笑いそうになった。
綺麗に並んで、背を伸ばして、それでもパックからは出られない。
「お前には何もできないよ」
昨日言われた言葉が頭から離れない。
本当に自分が無価値に思えてきた。
言葉が持つ力は見えないけれども大きい。
自分の在り方を考えているうちに、これから何をすれば良いのか分からなくなっていった。
「今までの自分を変えることは難しい」
それでも沈思黙考の果てに導かれたのは再構成だった。
バラバラになった考えを繋ぎ直して別の形に変える。
「人は簡単には変われないよね」
空を見上げると、格子状の雲が広がっていた。
その隙間から茜色の炎が差し込む。
その光景には何か鬼畜じみた強迫観念が潜んでいるように感じられた。
埋没主義という言葉が脳裏を過り、無理やり押し込められたような感覚に息苦しさを覚える。
「みんなで頑張りましょう」
浅薄で、外殻だけは妙に堅牢な存在。
世間や調和は型通りの人間を作りたがる。
芽生え始めた反骨精神は、将来の夢と聞かれると、赤い風船と答えたくなる。
家に帰るとお買い物マラソンで買ったスポンジが届いていた。
取り出したスポンジを3個並べ、これを喉に詰めたらどうなるだろうとふと考える。
「今日は鍋にしよう」
台所の窓を開けて、料理を始める。
ふと、追い越し車線を歩く亀たちが見えた。
彼らの姿は滑稽でありながら、どこか懸命だった。
一方、空を飛ぶ鶴は、地上に引かれた白線などに意味を見出すことはない。
どこまでも無視して飛び続ける。
テレビをつけると、羽の折れたキツツキが特集されていた。
その姿には痛々しさがあったが、周囲の樹木は一貫して無言を貫いている。
意味のあるもの、ないもの。
それらが交錯する中で、僕の心はその奇妙な音響に揺れ続けていた。
コツコツコツ。