52.『ニラの香りを起爆に灯る青い火』
かつて「ごじゅうに」だったもの
転換点は突然に訪れた。
中華街を目的もなく歩き始めて数分のことだった。
ニラの香りが鼻腔を抜けた瞬間。
ほんのかすかな刺激が鼻を経て脳まで届いた。
そして、久しぶりに感じた感覚に思わず立ち止まった。
「お腹が空いてきたのか」
呟いたその言葉に、胸が微かに震えた。
ある出来事を境に長い間、何を食べても無味無臭だった自分。
ついに味を感じられるようになったのかもしれない。
あの日、彼女の不義理は僕の脳を焼き尽くした。
心に空いた風穴をどうすることもできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
まるで干された魚のように薄くなった体は、微風にすら耐えられなかった。
それからは気道が狭くなり、息をすることさえ苦痛だった日々。
ただ時間だけが過ぎていく中で、何度もくじけそうになった。
それでも、僕は歩みを止めなかった。
敢為堅忍。
怒りに身を焦がしながら、歯を軋むほど食いしばり、決して涙は流さないと誓った。
曇り空を見上げながら、重たく動かない脚を無理やり引きずるように、一歩ずつ前に進み続けた。
最初はか細く揺れていた心の炎は、少しずつ静けさを取り戻していった。
その赤い焔は次第に落ち着き、青い光へと変わり始める。
怒りの熱量は厳かに保たれながらも、新たな形で灯り続けていた。
心地良い揺らぎに熱のこもった青い炎。
目に宿る光は以前とは違う。
新たな精気をまとった眼差しが、今の僕を支えてくれている。
「いまを生きる」
その言葉が口をついて出た。
かつての自分には想像もつかなかった言葉。
「明日よ、来い」
小さく呟いたその声には、かつて失った希望が確かに込められていた。
苦しみと絶望の底にいたあの頃から、確かに何かが変わり始めている。
そして、その変化は紛れもなく自分自身が掴み取ったものだった。
歩み続けた先に、味わったニラの香りのような、わずかな希望が広がっていく。
今はただ、その青い炎を胸に灯しながら、一歩ずつ、前に進むだけだ。