51.『白い箱の外は黒い』
かつて「ごじゅういち」だったもの
真っ白い部屋の中。
ここに閉じ込められて何日が過ぎたのか、もう覚えられなくなった頃だった。
無音の世界に突然、光が差し込み、壁に映像が流れ始めた。
カラカラと射影機が動く音が小さく響く。
その機械的な音は、この無機質な空間に奇妙な生命感をもたらしていた。
壁に映し出されたのは白黒の映像。
何台もの軍用機が空を飛んでいる。
その隊列はどこか荘厳で、思わず「綺麗だな」と心の中で呟いてしまった。
無意識の感想だった。
だが、次の瞬間、その美しさが崩れた。
軍用機の底が開き、黒い塊が雨のように次々と投下されていく。
爆弾だった。
わからないはずはない。
画面には空中から地面へと降り注ぐ爆弾の様子が映し出される。
爆風が舞い上がり、砂埃が空を覆っていく。
映像の派手さや迫力は伝わってきたが、そこにある悲痛さや絶望までは感じ取れなかった。
それがかえって気持ち悪かった。
けど、僕は知っている。
地上では多くの命が、一瞬で、嘘のように途絶えていったことを。
突然、画面は2つに分かれた。
片方には引き続き戦場の映像が流れ、もう片方には部屋の隅で丸まっている男の映像が映し出された。
その男は僕だった。
体育座りで縮こまり、頭を抱えている。
僕自身がこの部屋で過ごす姿そのものが、そこに映し出されていた。
戦場では爆弾が投下され、人々が命を奪われていく。
けれど、僕はこの白い部屋に閉じこもり、ただ黙って過ごしているだけだった。
何もできない。
いや、何もしようとしない。
映像の中の男が動き出す。
彼は立ち上がり、後ろ向きにゆっくりと歩き始めた。
逆再生されるかのように、部屋の奥に「ないはずの扉」が現れた。
男はその扉を潜り、外の世界へと吸い込まれていった。
映像は僕に訴えかけていた。
この部屋は牢屋ではない。
この世界は僕自身の殻であり、自分から逃げ込んだ世界だと。
そして、それが真実だと。
さらに映像は続ける。
「君がここで目を閉じている間に、外の世界では何が失われているのかを見ろ」
けれど、僕の体は動かなかった。
苛立ちすら感じない。
感覚を遮断してしまった。
もう何も感じないようになっていた。
「ごめん」
声にならない言葉が口から漏れる。
けれど、それ以上の何かをする気力は湧かなかった。
「それでも」
僕は目を閉じた。
そして、願う。
出来れば、もう二度と目覚めることがありませんように。
外の世界で何が起きているのかを知りながらも、
僕は目を逸らし、ただこの白い部屋の中で、自分だけの静寂に沈んでいった。