50.『復讐に解体された精神と肉体』
かつて「ごじゅう」だったもの
中心から始めるとすぐに終わってしまう。
そう判断して、僕は末梢から攻めることにした。
復讐は急ぐものではない。
じっくりと時間をかけて、相手が味わう苦痛を最大限に引き出すことが大切だ。
そんな計画的な冷徹さが、自分を支配していた。
爪を一枚ずつ剥がし、それを米で固めて彼に食べさせる。
彼が吐き出そうとしたなら、次の処置はすでに決めてあった。
亀頭の先から数ミリずつ切り落とす。
それは意外にも血管が多く、慎重な止血作業が求められた。
だが、その細かい手間さえも、僕にとっては必要な儀式のように感じられた。
「爪、皮膚、肉、骨の順番だ」
そう決めた自分のルールを、ただひたすら守る。
指が失われた彼が、それを痛がる様子は滑稽であり、どこか奇妙だった。
彼は実際に失われたものよりも、そこに存在しないはずの感覚に苦しんでいる。
「これがファントムペインか」
思わず感心してしまう。
人間の脳が作り出す錯覚は、こんなにも鮮烈で具体的なのか。
ああ、娘の無念に胸が締め付けられる。
それにしても末端から攻める選択は正解だった。
もし腕を先に落としてしまえば、この過程そのものが失われてしまう。
じっくりと進めることが、僕の怒りを形にする唯一の方法だった。
時折、彼が何かを呟いているのが分かった。
反省の言葉なのか、それとも命乞いなのか。
だが、もはやその声は届かない。
舌を失った彼の言葉は、ただ不明瞭な音となり、空気中に溶けて消えていくだけだ。
やがて彼は静かに黙り込んだ。
その間も、僕は自分の生活を崩さないように努めていた。
夜はしっかり眠り、朝は決まった時間に起きる。
健康的な生活を守ること。
それは、娘を殺された怒りの中でも僕が失いたくなかった唯一の「正常さ」だった。
彼が痛みで眠れないことは分かっていた。
だからこそ、夜には鎮静剤を注入し、最低限の栄養を流し込む。
彼には生きていてもらう必要があった。
苦しみを長引かせるために。
そして私の痛みを緩和するために。
そうして1か月が経った。
焦る必要がない僕は、じっくりとその行程を楽しむことができた。
爪を剥ぎ、肉を裂き、骨を砕き。
娘のためだと口にはしながら、同時に、ただの「憂さ晴らし」であることにも気づいていた。
復讐という崇高なものではなく、醜い自己満足に過ぎないことを。
最期に彼が口から出した言葉は、本音だったような気がする。
彼の瞳には、何か確かな感情が宿っていた。
だが、それが何だったのか、今となってはもう覚えていない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
僕の心に空いた穴は、埋まるどころか、さらに深く広がってしまったのだ。
彼が消えた後、悲しみの海が僕を静かに、しかし確実に沈めていく。
そこには終わりが見えない。
ただ深い孤独と喪失感が、暗闇の中で僕を取り囲んでいる。
復讐が終われば、僕は何かを得られると思っていたが、その期待は虚無に変わった。
「ああ、誰か僕を引き上げてくれないだろうか」
呟いたその言葉は、誰にも届かず、静かに闇に消えた。
目的を失った僕は、何もない空虚の中を漂い続ける。
娘を殺した男がいなくなった今、僕の怒りも、そして自分自身すら行き場を失っていた。
その空っぽの感覚だけが、僕の中で永遠に残り続けている。