49.『丸くなった背中』
かつて「よんじゅうきゅう」だったもの
霧に包まれた奥山のように、真実はその姿を晦ましてしまった。
かつて通い合っていた言葉や想い、それらはいつの間にか歪み、信頼という共通言語を失った。
誰もが僕に背を向け、避けるように目を逸らす。
それは職場での最後の日、別れの挨拶もろくに交わされなかった瞬間から始まっていた。
上司の言葉は曖昧だった。
「仕方ないことだ」と繰り返しながらも、結局のところ、僕は必要がなくなったのだ。
その現実を認めることができず、恐怖の沼に足を取られ、沈んでいく感覚に囚われていた。
相手の一つ一つの言動が、過剰に刺さるようになった。
些細な仕草や視線でさえも、僕に対する非難に感じられる。
職場の仲間だった彼らの顔を見るたびに、胃が鈍く痛み、胸がざわつく。
「きっと陰で僕のことを笑っているのだろう」
そうした穿った解釈ばかりが頭を巡る。
信頼があった頃の自分とは、まるで別人のようだ。
自宅に戻ると、溜め込んだ葛藤や嫌悪が蠢き出す。
それはあまりにも大きく膨れ上がり、どこかで吐き出してしまいたい衝動に駆られる。
思わず手に取った空き缶を壁に叩きつけた。
だが、それで何かが楽になるわけでもない。
自分の感情を物理的に排出できたなら、どれだけ楽だろうかとすら思う。
押し入れの奥に閉じ籠るように、僕は自分の心の中で体育座りをしていた。
自分の世界に鍵をかけ、誰にも見つからないように、そして、見つけてほしいように。
その矛盾した感情が胸を締め付ける。
「1人が気楽だ」
そんな言葉を心の中で繰り返しながらも、どこかで誰かが話しかけてくれるのを待っている。
けれど、現実の世界では誰も声をかけてくれない。
丸まった僕の背中。
それが、今の僕の目の前にある唯一の真実だった。
背中は小さく、微かに震えている。
情けなく、頼りないその姿。
霧の中で見えなくなった「真実」は、もはやどこにも存在していない。
それに怯える僕の目には、自分の背中しか映らない。
それでも、その背中を見つめることでしか、今の僕には前に進む道が見つからないのだ。
霧の中をさまようような日々。
それがいつまで続くのかは分からない。
だが、小さな光が差し込むことを、期待している自分がいることに気づいた。
そんな自分を情けなく思いながらも、僕は今日もまた丸くなり、霧の中に沈んでいく。